歌と絵で優しい気持ちを届けたい。
一度は諦めた夢を実現するために。

音楽と絵を用いた独自の表現活動を行う「歌う絵描きさん」のひさすえさん。20代で一度は諦めた夢を、もう一度目指そうと思わせてくれたきっかけとは、いったいどんなものだったのでしょうか。お話を伺いました。

ひさすえ さえこ

ひさすえ さえこ|歌う絵描きさん
デザインの仕事をするかたわら「歌う絵描きさん」として、音楽と絵を用いた表現活動を行う。

絵と歌が好きな子ども


神奈川県で生まれました。小さい頃から、絵を描くのが好きでした。絵が好きな母に連れられ、美術館へよく行っていた影響だと思います。ピンクのクレヨンを手に、大好きなお姫様の絵ばかり描いていましたね。

絵だけでなく、歌も好きでした。3歳の時に保育園の先生からもらったメッセージカードには「歌っている時のさえちゃんの顔が好き」と書かれていたほど、歌っている時は充実していました。褒めてもらえることが多くて、人前で歌うことは小さい頃から好きでした。

それなのに自分に自信がなくて、歌以外では人前に出るのが恥ずかしくって、目立ちたがりだけど人見知り。よくわからない性格でしたね。

小学生の頃は、将来漫画家になりたいと思っていました。漫画全般が大好きで、特に『幽遊白書』は何度も読みましたね。小学生位までは周りに溶け込んでいたんですが、中学生になると、こうしたアニメや漫画の趣味は、友達にあまり理解されなくなってしまいました。話が合わなくて、どう接していいか分からず、クラスの友達とは距離を置くようになっていきました。

仲の良い友達もいたにはいたんですが、休み時間はひとりで絵を描くことが多かったです。周りとうまくコミュニケーションできないことで、ますます自信をなくしていきました。学年が上がるにつれて、少しずつ周りとの接し方も分かってきたんですが、コミュニケーションへの苦手意識といったものはその後も持ち続けていました。

高校では軽音楽部に入り、バンドを組みました。歌が好きだったのに、私が選んだパートはボーカルではなくギター。本当は歌いたい気持ちもあったんですが、何せ自信がなくて。自分からボーカルをやらせてくれとは言い出せなかったんです。それでも「プリンセスプリンセス」の曲をコピーしたりと、仲間と音楽活動を楽しんでいました。

この頃には、美大に進みたいと明確に考え始めていました。舞台を観ることにハマっていて、舞台美術をやりたいと思ったんです。舞台はステージ上での演技を観るだけでなく、観客席とステージが一体となる感覚を味わえるのがたまらなく好きでした。そこに自分も加わって、舞台を支える裏方の仕事をしたいと思ったんです。

自分の心に素直になろう


高校卒業後、美大のデザイン科に進学しました。勉強の中心は平面デザインでしたが、空間デザインやディスプレイデザインもほんの触り程度は学びました。幅広い領域に関われたのがよかったですね。

大学では美術の勉強をしながら、合唱部で歌もやりました。高校時代に抑えていた「歌いたい」という気持ちが急に溢れてきたんですよね。純粋に歌そのものを楽しみたかったので、バンドではなく合唱にしました。

でも美術と歌、どちらもやっていたことで、本当は自分が何をやりたいのか、分からなくなってしまいました。就職活動の時期になってもそれが分からないまま。学校で学んだことを活かすことを考えるなら、印刷会社などでデザインをするのが妥当でした。ただ、舞台美術や音楽の道も捨てがたい。そんな中途半端な状態だったので、会社の面接に行っても、熱意をうまく伝えられませんでした。

選べなかったのは、自信がなかったからだと思います。絵も音楽も、どちらか一本で生計を立てていけるという確信が持てない。失敗するのが怖くて勝負に出れなかったんです。就活がうまくいかないことでなおさら自信がなくなり、負のサイクルにどんどん陥っていきました。

結局、就職先が決まらないまま大学を卒業しました。そのまま2、3ヶ月は就職活動を続けたのですが、状況が変わるわけでもありません。でもある時、ウジウジしている自分が嫌になって、急に気持ちが吹っ切れました。自分の気持ちに確信を持てない状態で就職したってダメ。将来「これをやりたい」としっかり言える状態になったらその時就職すればいい。そう決めて、無理に就職することをやめたんです。「大学を卒業したら就職しなくてはならない」みたいな社会規範からくる思い込みを全部取っ払ってみることにしたんです。

自分の心に素直になって、一番やりたいと思ったことに力を注ぐことにしました。その時に一番やりたかったのは、舞台だったので、地域の市民ミュージカル団体に入りました。お給料が出るわけではありませんが、アルバイトで生活費を賄いながら、できる限り舞台に関わり続けたいと思ったんです。

世間の常識が再びのしかかる…


所属したのは小さなミュージカル団体で、みんなでセットや道具の準備など裏方の仕事をしつつ、キャストとして舞台に出演もします。私は初めての公演でいきなり主役を任されました。嬉しかったのですが「本当に私がやっていいのかな?」という不安もありました。

でも、本番は最高に楽しかったですね。緊張して、本番前は何度もトイレに行きましたが、いざ舞台が始まって第一声が出た瞬間、一気に緊張がほぐれました。一言出てしまえば平気なんです。舞台の上からでも、お客さんの表情はよく見えます。自分の歌にお客さんが反応してくれるのが何より嬉しかったですね。

この時、自分のやりたかったことは、はっきりと歌だと分かりました。「やりたいことは歌です」と誰に向かっても言い切れるほど気持ちが高まったんですよね。それからは、市民ミュージカルと並行しながら、個人では、ステージのあるバーで歌わせてもらうようになりました。

ただやはり、バーで歌っていても、ほとんどお金にはなりません。積極的に自分を売り込んでいたわけでもないので、時間ばかりが過ぎていきました。

市民ミュージカル団体のメンバーは、日に日に入れ替わっていました。結婚や子育てなど、様々な理由で抜けてしまうんです。そんな仲間を見ているうちに、私もこの生活を続けて良いのか不安になってきました。年齢的にも、就職や結婚などを考えなければならないのではないか。吹っ切ったはずの世間の常識が、また重くのしかかってきたんです。

そんなプレッシャーに耐えられなくなって、結局、大学を卒業して5年ほど経った頃、音楽の道を諦めることにしました。デザインをもう一度学び直し、DTPの資格を取って就職しよう。そう決めました。

自分から動くことの大切さ


デザイン系の仕事を始めたと周りに話すと、歌や舞台をやっている知り合いからポスターデザインなどを頼まれるようになりました。そんな中、市民ミュージカルに所属していた時の仲間からもチラシ制作の依頼がありました。その人はすでに自分の劇団を立ち上げていました。

最初は依頼されたデザインの話をしていたのですが、打ち合わせの会話の中でふいに、その人から「歌も絵もやめなくていいじゃん」と言われました。せっかく歌も絵も立派な表現力があるのにもったいない。あなたが表現したことで多くの人に影響を与えることがきっとあるはずだから、やめないほうがいい。そんなことを言われました。

それまで大した成果を挙げていたわけでもなく、ずっと自信がなかったのに、それをそんな風に認めてもらえるなんてすごく嬉しかったですね。とにかく何か創作活動をした方がいい、手始めに絵を描きなよと言われたので、私もその気になってデザインの仕事とは別で、似顔絵などを描くようになりました。それまでの数年は音楽のほうに集中していたので「どうして今さら絵なんだろう?」と、半信半疑でした。ただ、言われた通りとにかく動くことにして、間もなくして歌のほうも再開しました。

描いた絵をSNSに投稿したり、イベントで歌を歌ったりする中で、子育て支援施設に行くことがありました。そこで子どもの似顔絵を書いてあげると、子どもの祖母から「優しくて品がある絵だね。これからも続けてね」と言われました。そのたった一言に私は本当に救われました。こんな自分の絵でも、それが誰かの価値になる。私は創作活動を続けていいんだ。自分の歌や絵、そしてこれまでの私の生き方全てを許すことができたんです。

自分から動けば、何かしら返ってくるものはあるんだと実感しましたね。この「自分から動くことの大切さ」は、ある絵本作家の方と出会ってより強烈に感じるようになりました。

ある講演会で出会った方なのですが、その人の行動力はとにかくすごいんです。売れっ子の絵本作家なんですが、名前が売れているにもかかわらず、作品は必ず自ら出版社に持ち込むんですよね。また、講演会を開く時には、それまでお会いした方一人ひとりに個別のメッセージを送っているとも聞きました。その行動力に圧倒されてしまいました。こんな売れっ子になっても自分の足で動いているなんて、と私には衝撃でした。

その人みたいに自ら行動していけばいいんだと私は勇気づけられ、一ファンとしてその作家さんを追いかけるようになりました。講演会などに足繁く通っていると顔を覚えてもらい、次第にお話もするようになりました。そしてついには、イベントの手伝いもするようになりました。

自分の表現活動を続けながら、自分から動くことの大切さや動き方をそばで学ばせてもらったんです。

地球にみんなのやさしい想いを届ける


現在は、デザインの仕事をするかたわら、個人で創作活動をしています。歌と絵、どちらもやるので自ら「歌う絵描きさん」と名乗っています。歌は、作詞作曲も最近では自分の曲を作ってカフェでライブをしたりしています。夢の一つだった、CDを出すことにもなりました。

歌と絵、一見全然違うように見えますが、私にとっては同じで、どちらも自分の中から出てきたものを表現する手段です。どちらも、自分の内なる「想い」から生まれてきたものです。私の場合、想いを巡らせていると、だんだん「映像」が頭に浮かんできます。その映像がメロディーや言葉になりそうだったら歌にして、そうでなければ絵として表現します。

例えば、『ぬくもり』という曲を作った時は、「空が綺麗だな」とかそういう想いから発想が広がりました。雨上がりの道で、ふと葉っぱについている水の雫が目に止まって。そこから自然の愛しさみたいなものを感じることができて、最終的には曲として表現しました。

アイデアが浮かんでくるのは、日常のふとした瞬間なんですよね。本当に些細なことから、想いや感情、イメージが膨らんでいきます。

創作活動は、どの瞬間も楽しいんです。アイデアやイメージが湧いてくる瞬間も、実際にカタチにした瞬間も、それが誰かに伝わっていると感じた瞬間も、全部好きです。歌の場合は、特にお客さんの表情を見ながら歌うのが好きですね。

今後は、表現活動だけで生活できるように、力をいれていきたいです。私の表現を受け取った人が、癒やされたり、優しい気持ちになってくれたらそれが私の最大の喜びです。人にポジティブな影響を与えられる表現者でいたいんです。インターネット上での炎上騒ぎやバッシングを見ていると、今の社会は、どこか心の余裕を失ってしまっているように感じます。私は表現を通じて、今を生きる人たちの心の豊かさを育んでいけたらと思います。

できることなら、いずれは田舎で暮らして、自然の中で表現をしていきたいと思っています。私たちはみんな地球の一部。地球にやさしい思いを届けて、地球が元気になれば、人も動物も自然も元気になるんじゃないかと思っています。私たちが本来十分に備えているやさしい気持ちを膨らませ、みんなの地球に届けるためにも、私はこれからも表現活動を続けていきます。

2016.06.07

ひさすえ さえこ

ひさすえ さえこ|歌う絵描きさん
デザインの仕事をするかたわら「歌う絵描きさん」として、音楽と絵を用いた表現活動を行う。

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