発酵技術で、未利用資源を価値あるものに。
無駄なキャリアなんてない。つながった経験。
休耕田の米からエタノールを作る発酵技術を活かし、化粧品や石けんなどの製造販売を行う酒井さん。銀行からの出向先で、「社会的意義のある仕事をしたい」と感じて、30歳で出会った発酵技術で起業。銀行、政府系機関、ベンチャー、証券会社、2度目の大学生活を経て、「無駄なキャリアはなかった」と語る酒井さんの半生とは。
酒井 里奈
さかい りな|発酵技術を用いた未利用資源の活用
休耕田の米からエタノールを作る発酵技術を活かし、化粧品や石けんなどの製造販売を行う株式会社ファーメンステーションの代表取締役を務める。
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意義のある仕事に取り組む人への憧れ
東京都杉並区に生まれました。中高は私立の女子校に通い、明るく、特に悩みのない、そこそこ勉強する学生でした。父や塾の先生など、周りの大人から「好奇心を狭めてはいけない」と言われて育ち、社会問題に関心がありました。かといって何か行動を起こしていたわけではありません。将来のビジョンもなかったですね。
大学は国際基督教大学に行きました。海外に関心があったのと、真面目に勉強する環境だったことが理由です。リベラルな雰囲気で、多様な価値観を認める人が多く、社会問題に関心を持つ人もたくさんいましたね。
ぼんやりした自分を恥ずかしく感じることもありました。とはいえ、周りと比べて秀でたものがないことをコンプレックスに感じるようなことはありませんでした。結局、飲んでばかりの呑気で楽しい生活でしたね。
大学卒業後、富士銀行(現:みずほ銀行)に入社しました。色々な産業と接することができることや、社員が生き生き働く点に惹かれました。父が企業戦士で楽しそうに仕事をしていたので、働くことが楽しみでしたね。
しかし、働き始めてからは、ダメダメの社員でした。真っ直ぐ印鑑が押せないし、研修中に眠くて起きていられない。支店では「いらっしゃいませ」の声が、まるで品のない八百屋のようだと言われました(笑)。
役立たずで先輩に迷惑をかけましたが、たくさんのチャンスをもらいました。手をかけて育ててもらい、仕事には前向きでしたね。
入社3年目、国際交流基金に出向しました。自分から手を挙げての異動です。特定非営利活動促進法(NPO法案)ができた翌年で、日本の市民セクターを伸ばすためにアメリカのNPOとの交流を作るプロジェクトでした。「色々な分野に触れられる」銀行の利点を活かせるという意味で、出向にはずっと関心がありました。
出向先では、魅力的な人にたくさん出会いました。皆あまり愚痴らないんです。自分でその仕事を選んで働いている人が多くて、サラリーマンとは違う世界でした。意義のある仕事を、その意義に満足してやっている人はすごく素敵だなと思いましたね。
アメリカのNPOと仕事をするのも勉強になりました。気合いで仕事するだけじゃなくて、色々なやり方があるんだなと思いましたね。社会問題と事業性の折り合いのつけかたに関心をもちました。NPOにもビジネスにも興味があり、その中間のような仕事ができないかなと感じたんです。出向先で仲良くなった人たちに、恥ずかしくない仕事をしたいなと思いましたね。
思いだけではダメ、あえて対極へ
出向から戻った後も、社会的意義のある仕事に関心がありました。「縁があって出向した私が、ぼんやり銀行に戻るのでは意味がない」「銀行の中でできる社会的意義のある活動を考えよう」と自分に課しました。
出向後の配属は、プロジェクトファイナンスの営業でした。非常に難しい仕事でしたが、面白かったですね。海外のエネルギー案件への融資の担当でした。ダイナミックな仕事でしたね。自分なりに、銀行にいる私がNPOの人たちに出来ることはなんだろうと考えて、金融の力で社会課題の解決支援をすることに興味を持ちました。銀行に対して、「社会的責任投資とは何か」というレポートを勝手に作って出したこともありましたね。
5年程働き、プロジェクトが一段落したタイミングで、誘いをいただいたベンチャー企業に転職しました。
「社会的意義のある仕事がしたい」といっても、思いだけで事業は成り立たないと感じていました。社会性の高い事業であっても、綺麗事だけじゃない。まず、自分自身にビジネスのスキルがなきゃいけない。一度社会性を封印してでも、ビジネススキルを身につけられる環境に行こうと思いました。あえて社会性と対極にある、ベンチャー経営やM&Aに関わることにしたんです。
ニュース番組の衝撃、30歳で大学へ
転職先のベンチャーで、とにかく仕事に没頭しました。2年働いた後、上司と一緒に証券会社に転職しました。仕事に打ち込みながら、社会的な課題・社会的意義のある仕事に対するアンテナは常に張っていました。
銀行を辞めて8年が経った頃、テレビ番組で、生ゴミをエネルギーに変える研究を見ました。「自分にもできそう」と思いましたね。それまで、エネルギーを作ることなんてすごく難しいと思っていました。しかも、石油の代替エネルギーなんて風力発電や地熱発電しか知らない。難しそうじゃないですか、私文系出身だし。でも、お酒だったらなんかできるような感じがしたんです。で、その日のうちに本を買って読んでみたら、何となく理屈が理解できたんです。「これならできるかもしれない」と思いました。既にある程度技術が確立されているとも言っていたから、やってみたいなと思いました。
迷いはなかったです。「やっと見つけた!」と大騒ぎしていましたね。失敗しても、最悪お酒は作れるようになるし、ネタとしても面白いかなと思いました。すぐにそのテレビ番組で出ていた大学の研究室を訪ねて、入学しようと決めました。
無事合格し、東京農業大学の応用生物科学部醸造科学科に入学しました。大人になってから勉強するのはいいなと思いましたね。醸造を学んだことで、食卓も豊かになっていきました。卒業したら、「利用されずに眠っている資源をエネルギーにする技術」で起業しようと決めていたので、必死に勉強しました。授業は一番前で聞いて、授業中うるさい子には注意してました(笑)。
研究テーマは、「未利用資源の有効活用技術の開発」です。具体的には、休耕田など地域に眠っている資源からバイオエタノールを製造する技術を研究しました。研究を始めてみると、思った以上に難しかったですね。化学を理解できず、家庭教師をつけて勉強しました。事業化のノウハウをつけるため、会社でアルバイトをしていました。
岩手での成功体験
卒業後の起業を決めて入学したのですが、大学の卒業が近づくと迷いました。目の前にお客さんがいる訳ではないし、どこかコンサルティング会社に入社してしまおうかなとも思いました。でも、それじゃあ意味がないんですね。ここまでしてサラリーマンに戻るのかと。もし誰かが同じ事業をやったら自分を呪うなと思いましたね。自分でやらないとダメだと感じました。
36歳の時、「発酵で楽しい社会を!」というビジョンのもと、会社を立ち上げました。
起業後1年間は研究生として大学に籍を残し、研究室のプロジェクトに参加していました。その中で、岩手県奥州市主導の、米からエタノールなどを作るプロジェクトに、参加させてもらいました。奥州市は稲作が盛んな町ですが、3分の1が休耕田、耕作放棄地、転作田です。そのまま休耕にしておくと田んぼとして機能しなくなりますし、景観としても良くありません。農家の収入の観点でも、農地活用は地域にとって大きなテーマでした。休耕田を復活させて米を作り、米からエタノールを生成するというプロジェクトでした。
最初は米から作ったエタノールを車の燃料にしようと考えました。ただ、車の燃料としてはあまりにコストが高く、実用化できませんでした。他の用途を研究し、商品化できたのが化粧品でした。国産で、かつ、製造過程が目に見えるエタノールはほとんどありません。消費者の安心感から、高単価で販売することができます。発酵の過程で生まれる粕を石けんにしたり、鶏のエサにしたり。地域循環型産業の仕組みをつくれました。
時間をかけて未利用資源が人の役に立つものに変わった時は、すごいなと感じましたね。「こうしたら」「ああしたら」と言って周りの方ができることを広げていってくれて。良い仲間がいるなと感じました。
研究生を卒業した後も、プロジェクトのコンサルティングという形で関わり続けました。市の方針でプロジェクトが終わることになった時に、会社の事業として市から引き継がせてもらいました。思い入れの強いプロジェクトで、「なくなったらもったいない。もっとできることがある」と、ずっと続けていこうと決めました。
発酵技術で、無駄になるものを減らす
現在は、株式会社ファーメンステーションの代表取締役として、発酵技術を使って、未利用資源を人の役に立つものに変えるというテーマで、複数のプロジェクトを進めています。
岩手県奥州市のプロジェクトも継続して携わっています。米から作ったエタノールは、原料として法人向けに販売したり、化粧品として消費者に販売しています。他にも、発酵時にでる粕は石けんにして販売したり、エタノールを作る発酵・蒸留システムを法人向けに販売することも検討しています。
消費者向けの商品を作るのにあたって、安心安全であること、科学的な根拠があること、デザイン性があることを大事にしています。
大切にしていることを形にした象徴的な商品が虫除けスプレーです。全て国産の米由来で、化学品を含まないため、肌が弱い人や乳幼児でも使うことができ、実験から虫除け効果も見込めます。休耕田から作ったという社会的意義をあえて押し出していません。社会的意義に関係なく、普通に買ってもらうために、社内にクリエイティブ事業部を作り、デザインにも力を入れています。
「未利用資源を価値あるものに変えること」が、一番のモチベーションですね。時間はかかりますが、本当に価値あるものに変わるんだなと実感しています。
他の人が得意なことは、その人がやればいいと思うんです。でも、周りを見渡した時に、実用化として未利用資源をエタノールにしようとしている人はいなかったんですよね。このビジネスなら、やる気をもってずっと続けていけると思いました。それまでの経験が繋がって今の活動に辿り着きました。無駄なキャリアなんて全く無いんだなと感じていますね。
奥州市での取り組みを、今後国内外で展開していきたいと思っています。捨てられる果物の種を使った新商品も考えています。
使われていない資源は世の中にたくさんあります。発酵技術を通じて、無駄になるものを減らしていきたいですね。
2016.02.15
酒井 里奈
さかい りな|発酵技術を用いた未利用資源の活用
休耕田の米からエタノールを作る発酵技術を活かし、化粧品や石けんなどの製造販売を行う株式会社ファーメンステーションの代表取締役を務める。
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