人生の転機に貢献する「進路相談」を。
心の穴を埋めたアドバイスを、他の誰かにも。

【人生の転機を支える人間力 特集】医療系人材に特化した人材紹介事業を行う「医療ワーカー」との協力でお送りする特集です。看護師向けのキャリアコンサルタントを務める大山さん。競馬の騎手を目指し中学卒業後は厩舎で働き、高卒で仕事をしながら23歳から大学・大学院に進学。ユニークなキャリアを歩む大山さんが、自らの経験をもとに、「人生の転機の選択に貢献したい」という目標を掲げた背景にある思いとは?

大山 勇樹

おおやま ゆうき|看護師へのキャリアコンサルティング等
看護師や介護士等、医療系人材に特化した人材紹介事業を行う「医療ワーカー」(TSグループ)にてキャリアコンサルタントを務める。

※この特集は、株式会社TS工建の提供でお届けしました。

医療ワーカー(TSグループ)では、更に成長を加速する為、看護師紹介事業部の強化しています。 今年は飛躍的に会社を成長させる為、将来の経営陣の一角を担う「第二創世記メンバー」を募集中です。

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15歳で浪人して目指した騎手の夢と挫折


私は大阪府高槻市に生まれました。ギャンブル好きの父親の元で育ったこともあり、小さい頃からよく競馬を見ており、特に騎手に強い憧れを抱くようになりました。小中学校とサッカーにも打ち込んでいたのですが、騎手への思い入れはそれ以上に強く、中学3年の秋に、競馬学校を受験しました。

ところが、業界的に身内のつながりの強い閉鎖的な時代だったということもあり、特に家族に関係者等もいなかった私は不合格に。不利な状況を覆すほどの実力もありませんでした。高校に進学してもう一度受験することも考えたのですが、普通高校に進むと周りに流されてしまう不安もあったため、中学を卒業してからは、学校に通わず厩舎で働きながら再度競馬学校を目指すことに決めました。

しかし、1年働いて迎えた2回目の受験では、165cmという身長制限をオーバーしてしまい、再び不合格になってしまったんです。元々基準ギリギリで、周りを見てもかなり大きい方だったので、仕方が無いという思いもありつつ、1年準備して臨んだこともあり、すごく悔しかったですね。

それからは、なんだか心に穴があいたような感覚でした。とりあえず地元の高校に入り直し、次の目標を考えようとしたのですが、騎手ほどに情熱を注げるものは中々見つかりませんでした。入学して最初の1ヶ月は、1つ下の学年に入ることへの気まずさも多少ありましたね。

その後、高校を卒業してからは自動車のディーラーとして働き始めました。元々人と話すことが好きだったため、営業の仕事がしたいと考えていたんです。勉強が嫌いで全くしていなかったため、大学進学は考えませんでした。

実際に働き始めると、仕事に一定の楽しさは感じつつも、「早く帰りたい」「もっと休みが多くならないかな」とあまり前向きではありませんでしたね。周りにはかなり年上の方が多かったのですが、自分も同じようにずっとこの仕事をしたいかというと、そうではない状況でした。騎手に憧れていた時のように、もっと華やかな業界で、大きなことに挑戦したいという思いがあったんです。

将来への不安と可能性、23歳の大学受験


2年ほど働いたある時、友人から一緒に働かないかと誘われ、カーナビやカーオーディオの販売を行う会社に転職することに決めました。ディーラーの仕事よりも時間が取れて条件も良かったので迷うことはありませんでした。

すると、新しい職場で、カーナビの全国トップセールスを誇る方と一緒に働かせてもらう機会がありました。数ヶ月しか一緒に働いていないものの、他の方とは違うものを感じ、仕事もできるその先輩を私はとても尊敬していました。

そして、ある時、その先輩から大学進学を薦められたんです。元々、その先輩も高卒で働いていたものの、将来への危機感から半年必死に勉強して大学に進学したとのことでした。元々、大学は賢い人が行くものだと思っていたのが、半年努力すればよいという話は新鮮でした。正直、最初は現実味が無いと思い興味を持てなかったのですが、毎日その先輩から薦められるうちに、もしかしたら自分でもできるかもしれないと思うようになったんです。大学に行ってどうなるかは分からないけれど、このまま仕事を続けた自分よりも、大学に行った自分の方が大きな可能性を感じたんですよね。

そこで、23歳のタイミングで会社を辞めて予備校に通い始めました。高校では全く勉強をしていなかったこともあり、本気で勉強をするのは中学ぶり。現代文だけなんとか偏差値が40あり、あとは全て30すらないという所からスタートしました。

そんな状況だったこともあり、受験勉強は苦しさしかなかったですね。同期は社会人になる中、自分は車も手放して18・19歳と一緒に勉強をして、「俺なにしてんねん」という言葉が常に頭を回っていました。それでも、ここまでやって落ちたらカッコ悪いという思いもあり、必死に勉強を続けました。大学進学を薦めてもらった先輩が通っていた関西大学を目指し、逃げ出そうとする自分を机に向かわせる毎日を過ごしました。

そして1年間勉強をした結果、なんとか後期受験で合格することができたんです。前期試験で不合格になった際は、半分以上心が折れており、もうこれ以上凹みたくないから後期を受けるのは止めようかと思いました。ただでさえ倍率が上がるため、受かる気がしなかったんです。しかし、応援してくれた人に申し訳ないという思いから受験をし、敗者復活で合格したような状況だったので、特別嬉しかったですね。

大学生活に感じたギャップと、心の穴を埋めるための新たな挑戦


しかし、念願の大学生活は、想定と非常にギャップのあるものでした。教養や経験を積みたいと思い進学したのにも関わらず、周りはキャピキャピしていて遊びに来ているような感覚。いわゆる「普通」でない道を歩むことへの抵抗は減ってはいたものの、それでも、「もしあの時普通の選択をしていたら・・・」と葛藤することもありましたね。

また、授業を選択していく中で、一定の満足は得ながらも、このままでは将来の進路が描けないという不安もあり、大学2年のタイミングで、卒業後は大学院に進学することを決めました。元々、漠然とですが経営に関心があったので、京都大学大学院でMBAを取ろうと考えたんです。まだ心の中に穴が残っており、何かい没頭したいというモヤモヤもあり、院試の勉強を始めたような側面もありました。その他にもボクシングを始めたり、学費を稼ぐため、高給だった実演販売の仕事を始めたり、没頭できるように生活を変えていきました。

その結果、昼は大学院の勉強、夜はボクシングジムに行ってからアルバイト、週末は地方に出張して実演販売のイベントでプレゼンと非常に多忙な日々を過ごすことになりました。精神的にも肉体的にも鍛えられ、しんどいことがあっても、あまり弱音を吐かなくなりましたね。大学に所属している感覚はありませんでしたが、充実した生活でした。仕事も楽しかったので、そのまま実演販売の会社に就職をしようかとも考えたのですが、なんとか院試に合格することが出来たため、大学を卒業後は京都大学大学院に進学することに決めました。

「進路相談」を仕事にしたい


大学院に進学してからは、それまでと環境が一変しました。授業の予習復習だけで毎日大忙しで、アルバイトは続けられず奨学金をいただくことになり、ボクシングではプロのライセンスを取りながらも、頻度は減っていきました。しかし、高い目標を掲げて目的意識が明確な人が集まっていたため、授業は非常に充実していましたね。「これが勉強か、これがキャンパスか」ととても驚きました。ストレートで進学した23歳から、上は60代まで幅広い学生が集い、それまで自分はどこか浮いた存在だったのが、周りと伸び伸びわいわいと過ごすことが出来ました。

そして、29歳のタイミングで卒業を迎えると、MBAホルダーの慣例に漏れず、金融や経営コンサル、自ら起業など、様々な選択肢を考えました。しかし、「ほんまにこれがやりたいことなのか、情熱を注げるのか?」という疑問に答えが出ず、思い悩む日々が続きました。

そんな時、大学院で一番仲の良かった韓国人の留学生の知人がいつも相談にのってくれていました。自分も忙しいにも関わらず、市場や業界の話から私の性格や志向性の話まで、幅広く話を聞いてくれ、本当に助かりました。そして、ある時、「これを仕事にできないだろうか?」と考えるようになったんです。大学進学を先輩から薦めてもらったことも含め、自分自身が周りからのアドバイスや相談で大きく変わったからこそ、同じように悩んでいる人の役に立ちたい、と。

そこで、人材業界を考え始め、中でも社会性が高い分野で働きたいという思いから、医療に関わる人材系の企業を探すようになりました。中でも、キャリアコンサルタントも求人側のクライアント営業も一気通貫で出来ること、大企業ではなく成長中のベンチャー企業であることに惹かれ、求職中の看護師と求人したい医療機関を繋ぐ「医療ワーカー」でキャリアコンサルタントとして働き始めることに決めました。

人生の転機の選択に貢献する


大学・大学院を経て久しぶりに社会人に戻りましたが、今まで以上に仕事に力を注いでいます。私自身、熱い思いを持ってキャリアコンサルタントになったものの、看護師さんはその点を求めていないケースもあるので、相手に合わせたコミュニケーションを心がけています。看護師の方とは電話や直接の面談を経て面接の同行、入職後のフォローまで行うのですが、話が好きな方にはジョークを交えて、経済面の優先順位が高い方にはファイナンシャルプランナーの資格を生かした相談を、冷静さを保ちながら熱意を持った相談をしています。

また、求人を出す医療機関側の営業も一貫して行うため、求められているタイミングで求められている人材をご紹介できるよう、思った以上に中立的な視野で価値を提供できるように務めています。

やはり、人の人生の選択をサポートできる点は何度やっても非常に嬉しいですね。納得感を持って選択してもらうために、しっかりと各求人のデメリットも含めて伝えますし、ご本人が気づいていない点も含めた提案を意識しています。そうすることで信頼していただき、「全部大山さんに任せます」と行っていただける時は本当にやりがいを感じます。

騎手の夢を諦めて以来、同じように情熱を注げる目標を見つけられずに悩んだこともありましたが、今は、人生の転機の選択に貢献することを新たな軸として見つけることが出来ました。一人でも多くの人に価値を届けることで、業界自体も前に進めていきたいですね。

2015.08.13

大山 勇樹

おおやま ゆうき|看護師へのキャリアコンサルティング等
看護師や介護士等、医療系人材に特化した人材紹介事業を行う「医療ワーカー」(TSグループ)にてキャリアコンサルタントを務める。

※この特集は、株式会社TS工建の提供でお届けしました。

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