オーダースーツの文化を日本に取り戻したい!
やっと見つかった、やりたいこと。
フリーのスーツスタイリストとしてメンズのオーダーメードスーツを提案する上原さん。工業高校から電気関係の仕事に就いていて安定した生活を送っていたところから、未経験のファッション業界、そしてフリーとして活動するまでには、どんな背景があったのか。「スーツは作業服ではない」と語る上原さんにお話を伺いました。
上原 アキラ
うえはら あきら|スーツスタイリスト
代官山のSuit Stylist Salonや会社オフィス、自宅などに行き採寸する、フリーのスーツスタイリストとして、活動する。
Suit Stylist Salon
ペルーから日本へ
私はペルーの首都リマで生まれました。父親はペルー人家系、母親は日本からの移民の家系で、ハーフだけど家族に日本語を話せる人はいませんでした。小学校2年生の時、父が日本で仕事を探すと決め、両親と兄と私の家族4人で千葉県に移り住むことになりました。日本に行くと聞いた時は不安などはなく、むしろ楽しみでしたね。
とは言え、最初は日本語が全く分からず、かなり苦労しました。たまたま隣の席に座った女の子が親切で、家族ぐるみで日本に慣れるように色々教えてくれたので、かなり助かりました。海外から来たので、周囲の友達にはちょっかいを出されることはありましたが、日本の子どもたちは、ペルーの子どもと比べて幼いと思っていたので、「子どものすること」と感じて、特に気にはなりませんでした。
日本に来て1年半ほどすると、学校の先生に「最近よく喋るようになったね」と言われました。気づけば日本語もだいぶ話せるようになっていたんです。
中学では柔道部に所属しました。最初はサッカー部に入ろうと考えていましたが、1歳上の兄に「サッカー部は全員坊主」という話を聞き、それは嫌だと思い、兄が所属していた柔道部に入ることにしたんです。
そして、親戚に機械に詳しい人がいて、何でも知っているその姿に憧れ、将来は電気・機械関係の仕事に就きたいと、工業高校に進学することにしました。
電気系の仕事に進む
高校に入ってからは、すぐに選択を誤ったかなと感じました。そもそも男ばかりで女性がかなり少なく、青春は終わったなと。(笑)勉強する内容も、機械の部品であるネジを作るなどかなり専門的で、やりたかったことと少し違う感覚があったんです。
ただ、電気関係の勉強は面白く、使えなくなった100年前のエンジンを修復再現するうちに、モーターなどにも興味がわき、将来は車関係の仕事をしたいと考えるようになりました。
また、周り友達の影響で、ファッションにも興味を持ち始めました。初めて買った雑誌で「男の行き着くファッションはスーツだ」という記事を読んだ時に心が動かされ、将来はスーツを着る仕事をしたいと思い始めたんです。
3年生になると、本格的に進路を考え始めました。兄が大学に進学したので経済的に厳しいこともあり、進学ではなく就職の道を選びました。しかし、行きたかった車メーカーはちょうど求人がありませんでした。地方には行きたくなかったこともあり、地元の電気設備の制御をする会社に入ることにしました。
その会社での業務は、工場などの大型施設に電気を送る送電線や変電所などの管理・制御をしていました。技術的に非常に難しく、一歩間違えば大停電や損害も起きるし、人の命にも関わる仕事だったので、最初はプレッシャーと自分の仕事のできなさで、鬱になりそうでした。
しかし、少しずつ仕事が分かるようになると期待もされ、それに応えられる楽しみを見出していきました。積極的にやりたい仕事も見つけるようになり、達成感はあるし給料も悪くなかったので、楽しく過ごしていきました。
自分が本当にやりたいこと探すため、会社を辞める
4年程働いた22歳の頃、東日本大震災が起きました。その時、会社が傾いたこともあり、今の仕事は自分が本当にやりたいことなのか、初めて考えるようになったんです。数十年先を行く先輩たちの姿と自分を重ね合わせ、「将来なりたい姿か?」と考えた時、別の道を進みたいと感じてしまいました。
また、言われた仕事をやる立場、会社に縛られていることに違和感も感じていたので、今しかないと思い、本当にやりたいことを探すため、会社を辞める決意をしました。次のことは何も決めていませんでした。
生活のため仕事をする必要あり、初めて東京に目を向けることにしました。自分を変えるためには、ペルーから日本に出てきた時のように、環境を変えることが一番大きいと考えていたんです。
実際、東京ではそれまでに会ったことがないような色々な人と知りあうようになりました。何かに縛られずに自分のやりたいことを追求している人が多く、人脈も広がりましたね。
仕事はガテン系の職場も試してみたのですが、体力的に厳しくすぐに合わないと分かり、電話営業の会社で働き始めました。最初こそ苦労したものの、人と話すのは好きだったので、コツを掴むと自分の実力で稼げる実感はありました。ただ、やりがいを感じているとは言いがたく、常にアンテナを張って色々な人と会いつつ、自分が何をしたいのか考えていました。
スーツに関わる仕事に誘ってもらう
ある時、SNS上で、オーダーメードでスーツを作っている人を知りました。元々スーツは好きだったし、それまでオーダーで作ったことはなかったので、その人に連絡を取ってスーツを作ってもらうことにしました。
その人は、それまでずっと女性アパレル関係の仕事をしていて、メンズスーツの分野に新しく挑戦をしようとしている面白い人でした。オーダーのために採寸をしてもらっている間中、スーツが好きであることなど色々と話していたら、なんと、新しく出す店舗で一緒に働かないかと誘ってもらったんです。
昔から大好きだったスーツに関わる仕事ができるなんて夢にも思っていなく、これこそ自分のやりたいことだと思い、それから一緒に働くことにしました。
スーツの歴史やルーツを学んでいくと、スーツに対する考え方が変わっていきました。日本の社会人はスーツを着ている人が多くても、既成品を買って作業服感覚で着ている人も多いのですが、実は戦前の日本では、スーツといえばオーダーメードでおしゃれに着こなしていたことを知りました。
そして、日本のスーツ文化自体をおしゃれなものに変えていきたいと考えるようになったんです。その後、2013年12月、誘ってくれた人を店長とし、出資者のオーナーに加えてもう1人のスタッフと4人で、代官山にメンズオーダースーツの路面店を立ち上げました。
フリーのスーツスタイリストになる
店長もオーナーもメンズスーツの店は初めてだし、いきなりの路面店、それもオーダーメードのお店だったのでハードルは高く、ふらっと入ってくれる人はほとんどいませんでした。オーダースーツに慣れている人が店舗に足を運んでくれることはありましたが、逆に私たちがどんな接客をしてよいか分からず、最初はかなり苦労しました。
しかし、あるスーツ工房の社長に出会い、色々と教えてもらうようになってからは少しずつリピートのお客様もつくようになりました。
その社長は、ファッションモデルや販売員の経験、自社ブランドの経営から今は工場を持つまでと、ファッション業界に長年いる重鎮の方だったんです。その人は、若い頃から地方のお客様のところに行きオーダースーツを作っていて、今でも個人として何百人のお客様がいて、よく地方に行った話などを聞かせてくれました。
その話を聞くうちに、店舗という場所に縛られずに、色々な場所で自由に働くスタイルに憧れるようになっていきました。スーツを作るための採寸は、店舗じゃなくてもお客様の元に伺えばどこでもできるんです。
そして、店長もオーナーも「若い内にどんどん外に出ていった方がいい」と言ってくれ、フリーのスーツスタイリストとして働くようになったんです。
スーツは作業服ではないと伝えたい
今は、個人としてお客様を担当させてもらい、代官山の店舗にお客様が来る時はそちらの店舗で、そうでない時はお客様のオフィスや自宅などに伺い、スーツを作るための採寸等を行っています。
お客様と一緒にどんなシーンで着たいのかイメージを合わせていき、理想のスーツに辿り着ける瞬間が何よりも楽しいですね。そのスーツを着た感想をもらえることも多いので、やりがいがあります。
今後は、スーツは仕事のための「作業服ではない」ということを伝えていき、スーツでおしゃれを楽しむ文化を、日本でも作っていけたらと考えています。そのためには、既成品のスーツだけではなく、自分の身体にフィットして、かつ利用シーンをイメージしたオーダースーツを、しっかりと広めていきたいです。
海外では成人のタイミングなどに初めてのスーツを作る時は、多くの人はテーラーに行って自分の身体にフィットするものをオーダーするんですよね。1回オーダーするとその良さが実感できるので、その後もリピートしてくれるんです。
また、どんなに仕事ができる人でも、見た目がついていかないと周りの人に耳を傾けてもらえないこともあるので、外見的にもカッコいい人を増やしていけたらと思います。
私は自分の本当にやりたいことが何か分からずに悩んでいる時期もあったし、考え始めたのだって一回就職をしてからでした。でも、今は心からやりたいことに取り組めています。自分自身が縛られずにやりたいことをやり続ける生き様を見て、多くの人が「自分にもできるかも」と自信を持ってくれたらいいなと思います。
2015.03.02
上原 アキラ
うえはら あきら|スーツスタイリスト
代官山のSuit Stylist Salonや会社オフィス、自宅などに行き採寸する、フリーのスーツスタイリストとして、活動する。
Suit Stylist Salon
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