人の思いやりでバリアフリーを実現する。
障がいを持つ人たちと一緒に舞台に立ちたい。

障がいを持つ人と色々な「遊び」を行ったり、バリアフリーな場所を増やすためにコンサルタントとしての活動を行ったりする川崎さん。独立という道に進むにあたって「不安はあるけど、子どもに一番見せたい輝いている姿だから」と語る背景には、どんな思いがあるのか。川崎さんにとって「遊び」とはどんな意味を持つのか、お話を伺いました。

川崎 尚哉

かわさき なおや|バリアフリーコンサルタント
i-STAGEの代表を務め、障がい者と健常者が共に笑える世界を目指す。

一般社団法人i-STAGE
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人とは違う道を


私は東京で生まれ、小さな頃から遊び好きでやんちゃな子どもでした。
しかし、祖父が厳しく、いたずらするたびに怒られていたので、どんどん萎縮して自分を出さないようになっていきました。

ただ、人と同じことをするのは嫌で、変わったことをしたいという思いが強く、
図工の授業でもみんなが本棚を作る中、一人だけスライドで開閉できる箱を作ったり、
夏休みの工作では自動で仰げるうちわを作ったりしていました。
そんな風に自分で考えて何かをつくるのが好きだったので、中学卒業後は工業高校に進むことにしました。

黙々と一人で作業するのは得意だったので成績も良く、工業大学から推薦入学の話をもらっていました。
しかし、周りが工業大学に進んでいるのを見て、同じではつまらないと思ったんです。
その時、『スターウォーズ』の映像のように、細かいコマ割りでの映像を撮ってみたいという思いもあり、
映画製作の専門学校に進学して映像を学ぶことにしました。

専門学校では、撮影、音響、脚本など、映画製作の全体的なことを学ぶことができ、
実際に自分たちで作品も作りました。
しかし、それには演者が必要で、みんな自分の得意分野の担当をしたがる中、
私は色々なことを学びたいと思っていたので、役者もしてみました。
演じることを学んでいたわけではないので、あまり面白くはなかったものの、
自分を表現して人から注目を浴びること自体は楽しかったですね。

そして、卒業後は周りがフィルム会社やテレビ局に就職する中、周りと同じじゃ面白くないと思い、私は劇団に入ることにしました。
就職した友だちは初任給で十数万円もらっている中、私は月給5万の劇団員としての生活がスタートしたんです。

より広い世界で自分の可能性を


その劇団は20人程のメンバーで、地方の町興しとコラボレーションし、東北地方を回りながら公演をしていく劇団でした。
最初の半年間は役者としてではなく裏方の仕事をしていたものの、それでもすごく楽しかったです。
ただ、同じメンバーでずっと居続けると自分の可能性を狭めてしまう気もして、
もっと広い世界で自分を磨きたいと思うようになっていきました。

そこで、海外に行くことを決めました。
まずは英語を勉強し、1年後に試験を受けて大学の芸術学科で演劇を学ぼうと思ったんです。
そして、海外経験はなかったものの、行ってしまえばなんとかなるだろうと思い、オーストラリアでの生活を始めました。

しかし、全く英語が分からず、銀行口座も作れないし、ホームステイ先への帰り方も分からない、そんな状況になってしまいました。
流石にまずいと、それからは一心不乱に勉強し、
1年半程で大学受験資格に必要な英語の試験に合格する程度にはなりました。

ただ、大学の芸術学科に進むには、実技試験が必要でした。
英語でシェイクスピアの一部や、即興で役を演じること。
流石にそこまで英語レベルではなかったので、今度はカナダの友人のもとで生活しながら、
ネイティブレベルまで英語力を磨こうと考えるようになっていきました。

そして、一時日本に帰国し、カナダへ行く準備をしていると、
女優の奈良橋陽子さんが主催する役者養成学校の第一期生を募集しているのを知りました。
そこで、受かったら国際派の俳優を目指せるし、落ちてもカナダにいけば良いと、
ダメ元でオーディションを受けると、なんと合格することができ、そのまま養成所に入ることにしたんです。

あと一枚の壁


養成所は厳しい場所で、特に自分の内面をひたすら見つめないと良い演技はできないと、
自分と向き合う時間が非常に多くありました。
そのため、多くの人が心を病んでいき、私も漏れずに病んでしまった時期もありました。
また、留年もしてしまい、人よりも1年長く養成所に通うことになりました。

しかし、そこで役者としてどうあるべきか多くのことを学べました。
尊敬する1人の先生は、究極は言葉がなくとも同じ空気の中でコミュニケーションがとれるから、
いつか言葉のない舞台をやりたいと言っていて、個人的にも非常に興味を持っていました。
とは言え、自分の役者として未熟な部分は多く、
先生にも「あと一枚壁を超えられたら・・・」と、よく言われていました。
舞台の上で表現している時は自分でも一番開放され、気持ちいい瞬間だけど、
「あと一枚の壁」を自分でも確かに実感していました。

卒業してからは学校お抱えの劇団や、自分たちで主宰した小劇団で役者を続けていき、
ある時、障がい者の役を演じることがありました。
私は親戚に障がいを持つ人が何人かいたし、母も障がい者施設で働いていて後見人にもなっていたので、
そういう人が周りにいるのが当たり前の環境で育っていたので、違和感はありませんでした。
また、この役作りのために様々な施設でみんなの話を聞いて回りました。

すると、舞台上で自分に何かが憑依したような感覚があり、壁を超えた状態というのを体感することができたんです。
見てくれた人からの評判も良く、自分では舞台上でのことは覚えていない程でした。
最終日には、この役をもうできないと思うと自然と涙が出てきて、
自分でも分からない何かとシンクロした感覚があったんです。

心からやりたいこと


その後も、壁を超えた感覚を、舞台に上がっている間中ずっと持てるような演技がしたいと役者を続けていました。
ただ舞台に上がるたびに理想には届かなく、辞めようと思ってはまた次を目指すといったことを繰り返していました。

とは言え、30歳を過ぎてくると結婚の話も出てきて、生活のために就職活動も始めました。
しかし、普通に就職するのは難しいことが分かり、今度は資格を取ろうと考え中小企業診断士の勉強も始めました。
コンサルタントという仕事が面白そうだと思ったんです。
ところが、試験当日と舞台の日程が被ってしまい、私は舞台を取ってしまったんですよね。

そんなこともあり彼女と別れた後は、信頼できる友人から営業として働かないかと誘ってもらい、
役者活動は一時休止してフルコミットで仕事をするようになりました。
さらに、知り合いが福祉事業を立ち上げるということになり、その会社にコンサルティングを提供するため取締役として参画することにしたんです。
黙々と作業する事業計画を作ったりするのは好きだったし、生活も安定していきました。

でも、心の底から楽しいとは思えなかったんですよね。

そんな時に知人に誘われた勉強会に行くようになり、自分を見つめ直す時間が増えていきました。
すると、やっぱり自分は表現・演劇の道から心を離すことができなかったし、障がいを持つ人に対して何かしたいという気持ちがあったんです。

そして、障がいを持つ人と一緒に舞台に立ちたいと思い、
2013年の勉強会の締めくくりで、その思いを話してみたんです。
すると、自分でもそう考えていたんだと整理できたし、周りからのフィードバックももらえ、
やりたいと思う気持ちが固まっていきました。

一緒に遊んでいく


そして、取締役で入っていた会社からも2014年4月には抜け、5月から知人と一緒に障がい者の人と一緒に「遊び」始めたんです。

障がいを持つ人は人前に出ることは慣れていないので、いきなり一緒に演劇をするはハードルが高すぎます。
そこでステップを踏むため、一緒に料理教室を開いたり、朗読劇を開催したり、バリアフリーの映画上映など、気軽にできることから始めています。
マイクロバスを借りて車いす利用者と一緒に高尾山に行ったこともあります。
一人で行くだけでなく、家族も友だちも一緒に行けることをみんなが喜んでくれるのがすごく嬉しかったですね。

ただ、障がいを持つ人が気軽に遊びに行ける場所自体がそもそも少ないので、
2015年からは、飲食店など生活に深く関わる場所から、障がいを持つ人を受け入れられる場所を増やしていこうと考えています。
受け入れるとは、スロープや点字ブロックを設置するとか設備の問題ではなく、
むしろ、そんなものがなくても、少しでも気遣いできるスタッフがお店にいることが大事なんです。
車椅子の人が来たら少し持ち上げてあげ、目が見えない人が来たらメニューを読み上げておすすめを教えてあげる。
その思いやりがあれば、バリアフリーになるんです。

そこで、今後はお店に対してコンサルティングや教育などを行っていき、
どこに行っても、障がいを持つ人もそうでない人も当たり前に同じ空間で生活している、そんな環境を作っていければと思います。

障がいを持っている人と接する時、少しでもこちらがフィルターを通して見てしまうと、相手にもそれが伝わってしまいます。
だからこそ、そんな人たちと話すと、自分自信が純粋な状態に戻れる瞬間でもあるんです。
その純粋な状態でいることが、私にとっては「遊んでいる」状態だし、舞台で表現している時に近いんです。

そうやって生活の中でも、仕事を通じて表現していき、
いつかは障がいを持つ人たちと一緒に舞台に立ちたいと思います。

2015.01.27

川崎 尚哉

かわさき なおや|バリアフリーコンサルタント
i-STAGEの代表を務め、障がい者と健常者が共に笑える世界を目指す。

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