スポーツを通して、人を幸せに。
自分が愛を持てることを、好きな仲間と。

ユーザーが欲しているあらゆる情報を、情報技術と人の力によって整理して届けてくれる、スポーツに特化したキュレーション型プラットフォーム、『ookami』を運営する尾形さん。 20歳までサッカーに打ち込み、大学卒業後は一度就職するも、自分で事業をやろうと決めたそうです。 その背景にはどのような思いがあったのか、お話を伺いました。

尾形 太陽

おがた たいよう|スポーツプレイヤーのための情報プラットフォーム運営
スポーツプレイヤーのための情報プラットフォーム「ookami」及びスポーツをする人に最適な情報環境をつくるためのサービスを開発している、
株式会社ookamiの共同代表を務める。

株式会社ookami

学生時代のほとんどをサッカーに費やした


僕は小学校4年生からサッカーのクラブチームに入り、学生時代のほとんどをチームでの活動に費やしていました。

もともとサッカーはなんとなく始めただけだったのですが、とにかくチームのことが好きだったので、
自分が練習を頑張ることで、チームに何かしらの貢献をしたい、という思いでやっていたんです。

自分が下手でいらいらしていた時に、監督をこれ以上ないほど激怒させてしまい、
合宿中にもかかわらず、一人だけ帰らされてしまうなどということもありましたが、
サッカーを辞めてしまいたいと思ったことは一度もなかったですね。

だから、とにかくクラブチームでの活動を優先するために、
中学も高校も部活には入りませんでした。

高校に入ってからも、大学受験に向けた勉強などの時間でさえ、サッカーをするために使いたいと考え、
指定校推薦の枠があり、チームの練習場所だった千葉に通いやすい大学という理由で、
進学先を決めました。

また、小学生のチームのコーチもやりながら、よりチームに深く関わる中で、
指導者として稼ぐことは難しいということや、
小学生たちが、サッカーについて知っていることはメディアで取り上げられた、有名選手の話ばかりで、
自分たちが今するべき練習方法など、肝心な情報を知ることができてないということなど、
スポーツの世界の課題もたくさん知るようになりましたね。

そのため、それだけ深くチームに関わり、キャプテンまで務めたものの、
現実的に自分を見つめていたので、プロになろうとは思わなかったんですよね。

また、20歳でサッカーを辞めようということも、いつしか自分の中で決めていました。
なんだか、サッカーだけをやっていると視野が狭くて、
周りのことを何も知らない人になってしまうという危機感があったんですよね。

これからも、好きなことをして生きていきたい


そして大学入学後、20歳の時に本当にサッカーを辞めました。
高校生の時からやっていた、小学生のチームのサッカーコーチの仕事は続けていたものの、
それまでの人生のほとんどの時間を費やしてきたものが急になくなったので、
本当に時間が有り余ってしまい、何をすればいいかわからなくなりました。
そして、何もしないで油断していると、無駄に時間を消費して終わってしまうという危機感を覚えたんです。

そこで、これまでは練習があって行くことができなかったものの、
ずっと行きたいと思っていた海外へ、たくさん行ってみました。
ロンドンに叔母が住んでいたので、そこを拠点にヨーロッパ中を回ったり、
インドにバックパッカーをしに行き、現地の人の家に泊めてもらうほど仲良くなったりと、
様々な体験をしましたね。

そしてこの旅の経験から、英語を学ばなければと感じたので、
大学3年生の春から秋まで大学を休学し、アメリカに留学をすることにしました。
語学留学という名目ではありましたが、世界の技術の先進である、
アメリカの西海岸を自分の目で見たい、という気持ちが強くあったんです。

留学期間の後半は、シリコンバレーに行って、有名な企業を見せてもらったり、
UCLAなどの大学の講義に潜って、興味がある講義を聞いたりしていました。
特にTwitterの本社は、社員がソファーでくつろぎながら仕事をしていて、
成果を残す人というのは、自由であるべきなんだなと思わされましたね。

そして日本に帰国すると、ちょうど就職活動の時期を迎えました。
そこで自分自身について考えてみると、今までサッカーという自分の好きなことをやって生きてきたので、
これからも自分が最も愛を持てるものをやって生きていきたいという思いがあったんです。

そうするためには、会社に雇われていてはできない気がしていて、
自分で事業をすることが一番の近道なのではないかと感じました。

また、大学に入学してから、自分で様々な本を読んで勉強していく中で、
孫正義さんに特に憧れるようになったんです。

そのため、孫さんが作った組織を見てみたいと思い、
実際にソフトバンクの社員の方にもたくさん会わせて頂いて、
やはり自分もこの組織で働いてみたいと感じて、就職することに決めました。

やりたいことと、仲間がいればやっていける


その後、就職活動が終わってからは、たまたま友人に誘われて、
スポーツのイベントを企画運営する会社を、一緒に起業することになりました。

これからもスポーツに関わることをしていきたいと思っていたので、
「スポーツを通して人を幸せにする」というミッションを掲げ、
人々にスポーツをするきっかけを提供するイベントを行うようになりました。

ただ、事業としてやっていたものの、なかなか稼ぐのは難しく、
自分は就職をすることを決めていたこともあり、会社は卒業と同時に辞めることにしたんです。

その後、入社したソフトバンクでは営業をしていました。
孫さんの作った組織を知れればいいと思っていたので、
3年間くらい勤めたら、自分で事業を起こそうと思っていましたね。

ところが、入社1年目の夏頃に、大学時代に一緒に事業をやっていた友人から、
もう一度、世界基準を作れる何かをやらないかと誘われたんです。
この時は、さすがに入社して間もなかったので、少しだけ考えました。

しかし、自分の中で学生時代から変わらず、「スポーツを通して人を幸せにする」というミッションがあり、
サッカーのクラブチーム時代から、プレーヤーたちが知るべきことを知れていないということなど、
スポーツの分野で解決すべきことはたくさんあると感じていたので、
やりたいことと、一緒にやっていきたい仲間がいるならば、挑戦してみるべきだと思ったんです。

加えて、入社前から様々な方にお会いさせて頂いていて、社内の人との繋がりをたくさん持っていたので、
組織のことをある程度知ることができてしまっていました。

そんな背景もあり、やはり会社を辞めて、スポーツの分野で事業をしていこうと決意できたんです。

世界中からプレーヤーが集まってくる場所に


ただ、事業をやろうとは言ったものの、ミッションが決まっているだけの状態だったので、
会社に勤めながら、友人とともにサービスについて考え始めました。
また、日本国内のスポーツのトッププレーヤーである、為末大さんに会わせてもらってお話を伺うなど、
様々な方に会ってヒントを得ながら、サービスの中身をふくらませていったんです。

そこで、スポーツはいかにトップ層に関わるかや、いかに良質な情報を得られるかということが、とても重要であるにもかかわらず、
世の中には様々な情報が溢れすぎていたり、地方との情報や環境の格差があることなどに、改めて課題を持ちました。
そこで、こういったスポーツに関する様々な環境を整えることに貢献できるサービスを作ろうと考えたんです。

そして勤めていた会社を辞め、2014年の4月に会社を創立し、
スポーツに関する情報をキュレーションするスマートフォンアプリ、『ookami』をリリースしました。
このアプリでは、スポーツに関する世の中に溢れた情報を集約し、
トップアスリートや他のユーザーとのコメントを通じて、スポーツの最前線を知ったり、
その情報自体がどのように評価されているのかを知ることができるようにしました。

現在はまだ、サービスをリリースして間もないですが、今後はスポーツ関連商品を買うことができるチャネルにしたり、
プレーヤーたちを強化できるトレーニングコンテンツを配信したりして、
世界中からスポーツプレーヤーが集まってくる場所にしたいと考えています。

今後も、会社としてスポーツに関することで世界中に価値あるものを提供し続けるという姿勢は変わりません。
そして、世界中に価値を届けるという意味でも、スポーツという分野でお金を稼ぐことができることを証明した会社である、
『Nike』を超えられる会社にしたいです。

自分自身も、自由に自分の好きなことをして生きていくことに変わりないんです。
僕にとって、スポーツが愛を持って取り組めることだからこそ、
これからも続けていけるんだと思いますね。

2014.10.02

尾形 太陽

おがた たいよう|スポーツプレイヤーのための情報プラットフォーム運営
スポーツプレイヤーのための情報プラットフォーム「ookami」及びスポーツをする人に最適な情報環境をつくるためのサービスを開発している、
株式会社ookamiの共同代表を務める。

株式会社ookami

記事一覧を見る