変化を起こし続ける人間でいたい。
新しいことに取り組み続けいつか組み合わせる。
野球、学園祭、研究と小さいころから一つのことに集中して取り組み、やりきる癖をつけてきた伊東さん。今は会社員として働き「暗黒時代」を抜けて、改めて仕事をやりきるために力を注いでいる背景にはどんなものがあったのか、お話を伺いました。
伊東 敏
いとう さとし|ベンチャー企業勤務
Sansan株式会社にてマーケティングや営業の仕事に携わる。
個人Facebook
Sansan株式会社
Rare Disease Day (RDD) 世界希少・難治性疾患の日
広い世界を知る
僕は山形県で生まれました。
医者の家庭に生まれたのですが、親は何かを厳しく言うタイプではなく、
自由にさせてもらい、自分で決めたことを応援してくれていたので、
自信を持つようになっていきました。
また、小学校2年生の時に友人に誘われてから野球を始め、どんどんのめり込んでいきました。
毎日練習をしていたし、将来はプロ野球選手になりたいと思っていたんです。
中学生の時には県の推薦校として全国大会にも出ることができたのですが、世界の広さを知りましたね。
野球に限らず、普段自分たちの見えている世界は狭く、全国にはすごい人がたくさんいるんだと実感したんです。
そのため、将来は何をするにしても、様々な人が集まる東京に行きたいと考えるようになりました。
そして高校受験の時には、勉強もしっかりとでき野球もそこそこ強い、県内トップの公立高校を目指していました。
ただその高校以外行きたいと思える高校が県内にはなかったので、
滑り止めとしては仙台にある私立高校を受けることにしました。
結局、一生懸命勉強をしたのですが、志望校には推薦も一般の入試でも合格できずに、
仙台の私立高校に行くことになってしまったんです。
正直、志望校に合格できると思っていたのでショックはかなり大きかったですが、
仙台は都会なので、広い世界に出られることは嬉しく、すぐに気持ちを切り替えることができました。
抗癌剤に興味を持つ
高校では部活も大変でしたが、進学クラスに進んでいたため勉強も大変で、
山形から出てきたこともあり、一人暮らしも忙しかったのですが、野球の為だったので苦しいとは思いませんでした。
朝6時頃から朝練に行き授業に出て部活をして、帰ってからはご飯を作り掃除洗濯をする、そんな生活を毎日続けました。
身体を作らなければならなかったので、料理も自炊していましたね。
ただ、野球選手になるのは、実力的に難しいと悟っていたので、
プロ野球選手を目指していたわけではありませんでしたが、高校の3年間は野球をやりきたいと必死でした。
そして迎えた最後の夏の大会では、2回戦で強豪の仙台育英高校に敗れ去りましたが、後悔はなかったですね。
その後は受験モードになったのですが、それまで野球しかやってこなかったので、
将来何をやりたいか分かりませんでした。
親が医者のため、医療に関わる道に興味はありましたが、医学部を目指せるような成績ではなかったんです。
ただ、東京に行くということだけは決めていました。
そしてどの学部を受けたらよいか考えている時に、たまたま読んだ本で出てきた「抗癌剤」に興味を持つようになり、
薬学部に入って抗癌剤の研究をしたいと思うようになったんです。
もともと抗癌剤を服用する時に副作用が辛いことは話としては聞いていたのですが、
その小説でもリアルな描写がたくさんあり、この分野で研究することに意味があると思ったんですよね。
そして、たまたま受けた推薦入試で合格することができたので、
自分の成績よりもレベルの高い薬科大学に入学することに決めました。
薬学×ビジネス
その後、その大学が入学前に他の大学に統合されることになったので、
入る時には、より成績優秀な人が入ってくるようになり、
そもそも学力への自信がなかった僕は、入学後も必死に勉強しました。
また、2年生の時に大学の学園祭の実行委員長をすることにしました。
大学の運営体制が変わったことで、例年までとは全く違い、
学校に何かを許可してもらうときの窓口がそもそもどこか分からないし、
協賛金も今まで出してくれていたところが出せなくなってしまい、
自分たちで見つけなければならなかったので大変でしたが、その分交渉する力はつきましたね。
そして3年生になった時に、研究者を目指すのか就職するのかを考えた時、
正直やりたいことは見つかりませんでした。
ただ漠然と「何かおもしろいことはないかな?」と模索していたときに
たまたま薬剤師でMBAに通っていた人の記事を新聞で読み、これだと思ったんです。
自分の強みや特徴を考えてみれば、研究者として一人で黙々と研究をするよりも、
ビジネスの世界で人をつなぐ潤滑油のような存在になる方が、イメージできたんです。
自分のやっている薬学の研究をしっかりとビジネスに結びつけたらおもしろいと感じ
色々な人に話していたら、たまたま同じことを考えていた大学院の教授と知り合うことができ、
その教授の研究室で研究しようということになったのです。
そのため、大学院に進学することに決めました。
変化を起こす人材へ
大学院での研究は、普通は最初に先輩の論文などを読み前例を学ぶのですが、
新しい研究だったのでそれもなく、ゼロから開拓していくのが大変でした。
薬学部で研究される薬が、どうやって市場にアプローチしてビジネスになっていくのかを研究するため、
ビジネススクールの授業に出たり、海外で勉強させてもらったり、色々な経験をしました。
私はその中でオーファンドラッグという、患者が少ない希少な疾病向けの薬をいかにビジネス化するかの研究に取り組みました。
患者が少なく、莫大な研究開発費を費やしても多くの人に使われるわけではないので、
一般企業は製品開発に前向きではないんですよね。
ただ、こういった社会に必要とされているけどまだ実現されていないものを、
いかに形にしていくか考えることが必要だと思ったんです。
そんな研究や学生団体の運営をしながら、大学院1年では就職活動もしました。
将来はやはり研究者ではなく、ビジネスの世界で何かしたいと思ったんです。
また、「人生は積み重ねではなく、組み合わせである」という考え方があったので、
それまでやってきた薬学にこだわらず、ゼロベースで就職先は探すようにしました。
何かのために積み重ねるのも大事だと思うのですが、その時その時のことをやりきることで、
いつか将来いろんなものが組み合わさっていくんじゃないかと考えていたんです。
そして、社長に惹かれ、Sansanというクラウド名刺管理サービスを提供する会社に行くことに決めました。
就活中に「変化に対応できる人材になってほしい」という言葉をよく聞き、それに違和感をもっていたところ、
Sansanの社長は「対応できるのではなく、変化を起こす人間が欲しい」と言っていたのが印象的だったんです。
この時、僕が今までやってきた学祭の運営も、大学院での研究も、まさに自分で起こした変化だったと気づけたんです。
目の前のことをやりきる
入社してからは最初はうまくいっていたのですが、1年目の終わり頃から暗黒時代に陥ってしまいました。
プライベートで人生における大きな転換点があり精神的に負担になり、仕事もうまくいかなくなってしまったんです。
営業をしていたのですが全然数字は達成できないし、会社の考え方にも違和感を覚えるようになったんです。
しかも、気力も全く起きなくて、営業の数字が出なくても悔しくもないし、
それまでは土日は趣味で読書や資格の勉強をしていたのですが、それも一切やる気がでなくて、
毎日だらだらしているだけになってしまいました。
そんな自分も嫌だったんですが、どうしても何もできなかったんです。
数ヶ月そんな生活を続けたのですが、さすがにこのままではまずいと思い、
新しく習い事を始めることにしました。
すると、ゼロからものを学ぶ楽しさを思い出したし、
そこでは自分より若い人も多くいて、その人たちが夢を語っている姿に純粋に感動したんです。
気づけば、いつも同じ会社の人と会うだけのルーティンの生活に慣れていて、
変化を起こせない人間になっていたんですよね。
この習い事を始めてから土日の活力が戻ってきて、
大学院時代から携わっていた希少疾病関連のボランティア団体にも改めて関わっていこうと思うようになりました。
そして何より仕事への向き合い方も変わり、少しずつ自分らしさを取り戻し、
今は、会社の仕事をやりきるため、集中できている自分がいます。
今までは会社の中でも文化に馴染んでいく側の人間だったと思いますが、
今後は文化を創っていく側の人間として、価値を出していきたいですね。
いろんなことに興味を持ちやすい性格で、一生今の会社で働くというイメージは持っていませんが、
目の前のことをやりきらないで次にいくことは逃げになってしまうので、暫くはこの会社で仕事をやりきりたいと考えています。
これまでも野球も学園祭も研究も、ぜんぶやりきったと言えるからこそ、今の自分があると思っていますし。
今後も一つひとつのことをやりきり、やりきったことの組み合わせで新しい何かをしていきたいです。
そして将来はオーファンドラッグの研究のように、
満たされていないニーズを持つ人に貢献できるようなことに取り組みたいと思います。
それが医療や製薬に関わる分野であればなお良いですね。
2014.09.26
伊東 敏
いとう さとし|ベンチャー企業勤務
Sansan株式会社にてマーケティングや営業の仕事に携わる。
個人Facebook
Sansan株式会社
Rare Disease Day (RDD) 世界希少・難治性疾患の日
編集部おすすめ記事2019.10.11
編集部の伊藤です。秋は悩みの多い季節と言われます。例えば、ファッション。先週真夏日があったと思ったら、今週は台風到来と秋は天気が激しく変わるので、何を着るか悩みますよね。でも、そこで無難なファッションを選ぶと気分が上がらない。ファッションが心理状態に与える影響の大きさは様々な研究が示していますが、実はanother life.にもその実例があるんです。今回は、ファッションをきっかけに自分に自信がついた3名のストーリーをご紹介します。ぜひご覧ください。
寝たきりの17歳と社会を繋いだファッション。恩返しのためにパイオニアとして切り拓く道。
ファッションを通じて自信を取り戻してほしい!コンプレックスをチャームポイントに。
人生にBefore/Afterを!「短髪・体育会・ジャージが私服」だった私だからできること。