目指すは人の幸せを生み出す、ものコトづくり。
無意識に身を任せ、ワクワクする人生を生きる。
人工知能を使ったテクノロジーで課題解決に取り組む会社を経営する末吉さん。経営の傍ら、笑顔認識技術を使った「人の幸せ」に関する研究にも取り組んでいます。コンピューターサイエンスの世界から、人の幸せの研究に至った背景とは。お話を伺いました。
末吉 隆彦
すえよし たかひこ|クウジット代表取締役社長 兼 空実プロデューサー
1992年、ソニー株式会社入社。2005年、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)リサーチャー。2007年、ソニーCSL初のスピンアウト企業となるクウジット株式会社を設立、人工知能やデータ解析技術を活用した未来予測と因果分析を手掛ける。2015年、慶應義塾大学大学院SDM研究所研究員。「人を幸せにするおカネ(エミーとゼニー)」など、笑顔とお金に関する共同研究を行っている。2016年から虎ノ門の街づくりを行うグー・チョキ・パートナーズ株式会社、2018年から笑顔づくりの社会装置を手掛けるマイネム株式会社の共同創業者でもある。
自分の発明で、人が喜んでくれるのが好き
東京都中野区に生まれました。高校職員の父、母、2歳下の弟の4人家族です。昆虫や両生類が大好きで、近所の子どもとたちと一緒に虫取りやカエル取りをするような活発な子どもでした。
ある日、魚釣りの道具でトカゲがつれるかもしれないと思い、線路の枕木にエサを仕掛けてトカゲ釣りをしてみました。すると、目論見通りトカゲが釣れたんです。「これは発明だ」と思いました。トカゲを釣れたのを見て、周囲の友達は大盛り上がり。自分が作ったもの、発明したもので、周りのみんなが喜んでいるのを見るのが嬉しかったですね。
小学生から模型やアニメ、ゲームも好きでした。学校が終わったら都内の模型屋に通ったり、流行していたロボット型プラモデルを買うために店に並んだりしていました。自宅の中はプラモデル製作に使う溶液の臭いが充満していましたね。ゲームセンターにもよく入り浸っていました。オタクでしたね(笑)。
大学に進学し、3年生から本格的にコンピューターの研究を始めました。ゲームを通じてコンピューターに馴染みがあったのと、デジタル回路の授業がわかりやすくて好きになったからです。コンピューターでプログラムを組み立てて、モニター画面ですぐに作ったものを確認できる即時性に魅力を感じました。複雑な現実社会が、デジタルの「ゼロイチ」で表現されるのも面白いと思ったんです。
研究室は、コンピューターが大好きなツワモノばかり。毎晩、遅くまで研究室の電気の明かりが消えることはありませんでした。研究しながらみんなで寝食を一緒にする部活動的な感じで、自分にとって最初のコミュニティーでしたね。
モノを作って仕込む面白さ
大学卒業後は大手電機メーカーに就職。研究開発の部署に配属されました。仕事にのめり込み、アメリカの会社と日本を行ったり来たりしていましたね。日本では研究開発の部署はチームで動きますが、アメリカは単独で動く実力社会。1人1部屋の個室があり、一番環境がいいとされる角部屋に一番優秀な人が入居していました。ただ、入居する人は週単位でどんどん入れ替わり、評価がわかりやすい環境でした。
角部屋に入居する人たちはみな天才肌で頭のキレもよく、主義主張がはっきりしていて強気、それでいて実力も飛びぬけていて、口も手も達者なんですよね。そんな人たちに触れて、今後はコンピューターテクノロジーやインターネットが台頭する時代になっていくだろうなと、ひしひしと感じました。コンピューターサイエンスをベースとした実業界で生きていく決意が固まりました。
4年ほど研究開発の部署にいた後、一般ユーザー向けのパソコンを作る部署に異動しました。自分たちでパソコンを作るのは初めてで、試行錯誤の連続でした。ものづくりの仕事は魂をいかに込めるかの根気勝負で、会社に寝泊りにしたこともありましたが、この事業部時代は楽しかったですね。
自分たちが開発した最初の商品が発売される日、電気街で知られる東京・秋葉原に行きました。自分たちの商品をお客さんが手に取っているのを、店の陰に隠れて一日中見ていたんです。お客さんが困った顔をしているのを見つけると、店員でもないのに説明していました。自分で作って仕込んだもので、みんなが喜んでくれるのが嬉しかったんです。
パソコン産業が盛り上がっていく中で、独自路線を打ち出したコンセプトの商品開発担当に立候補し、既存のモデルよりも小さくてカメラの付いたパソコンも作りました。珍しがられ、通好みの商品として認知されましたね。新しい企画を考えてどう実現するか、商品開発をしているときも面白かったです。これが世の中にでたらみんながどんな反応をするのか、多くの人が喜んでくれる世界を想像してニヤニヤするのが好きでした。
ただ、パソコン産業が成熟化してきたこともあり、新商品開発のペースが落ちてきたため、もっと新しいことをやろうとグループ会社の中にある研究所に異動しました。
様々な研究開発を行う中、最も力を入れたのは位置情報を特定する技術の開発です。上司でインタラクション研究の第一人者の研究をベースに商品化することにしました。通常、位置情報は、人工衛星から発射される信号を使って測定します。しかし、屋内や地下だと衛星からの電波が取れないので、位置情報が取得できないんです。
研究の結果、屋内や地下でもその場にある無線LANの電波を集めて分析すれば、ある程度の位置を特定できることがわかりました。そこで、人工衛星の信号が取れないところでも位置情報がわかるよう、全国津々浦々を歩いて「電波集め」することにしたんです。
作業は1年ほどかけてやりました。現地に行って、「この電波が観測できるのはあの町の1丁目」「この電波は2丁目」と一つ一つデータを登録していくんです。データを集めれば集めるほど、情報の精度は高まります。この位置情報は会社が発売するゲームに使われることが決まっていたので、「これができたら世界がすごいことになる」と思い、これまたニヤニヤしながらデータを集めていましたね。
消費されて終わり、では薄っぺらい
当初は1年ほど研究所にいて、商品開発に活かせるネタを見つけて会社に戻ろうと思ってたのですが、結局2年強在籍しました。開発した位置情報技術で勝負することを決めて退職し、研究所の上司、同僚メンバー3人と共同で自分たちの会社を立ち上げました。
独立した会社では位置情報を使ったサービスを提供し、博物館や空港など、空間とのコラボレーションの機会が増えました。そこで、徐々に空間プロデュースも手がけるようになったんです。その一環として、笑顔認識技術を使ったイベント広告の提供を始めました。
笑顔認識技術を利用したサービスは、やはり前職の研究所にいた時の上司の研究を元にしています。人は「自分が笑っている」と自分で認知すると、幸せな気分になってくるんです。ずっと笑う練習をしていると柔らかい顔になるし、表情も豊かになる。「幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになる」のです。
「笑顔は凄い力を持っている」というコンセプトの下、人の笑顔を認識するデジタル広告や、笑顔を認識してスコア化して笑顔がたまると募金できる取り組みを展開。徐々に「笑顔を使ったまちづくり」に会社の取り組みを移していきました。
しかし、続けるうちにこうした取り組みが薄っぺらいと感じるようになりました。せっかく人が笑顔になっても、それは一瞬のこと。広告やイベントなどのアプローチだと、短期的に消費されて終わってしまうと思ったからです。笑顔や幸せを語る上で長期的なアプローチをするにはどうすればいいのか考えるようになりました。
同じ頃、会社の事業が立ち行かなくなりました。持続可能な事業を作れず、組織を半分ぐらいに縮小しなくてはいけなくなったんです。最初は3人で始めた事業でしたが、メンバーは20人ほどになっていました。事業を持続可能なものにして経営を回すことができなれば、みんなを不幸にさせてしまうのだと身にしみて感じました。
そこで一度立ち止まって、やりたいことを改めて考えました。自分が本当にやりたいのは、気の合うみんなと好きなこと・面白いものをつくる空間を持つこと。その場が持続可能であるようにしていきたいと思いました。
幸福学で学んだ「無意識に道あり」
ある日、笑顔認識技術の話を学会に出展した時に、「幸福学」で有名な教授を紹介してもらいました。幸福学は「人はどうすれば幸せになれるのか」を科学に基づいて研究する学問です。その教授は元々、ロボット工学が専門だったので、研究手法がコンピューターサイエンスの世界にいた自分になじみました。
もともと、ものづくり自体も好きでしたが、作ったものを通して人が喜んでいるのを見るのが何より好きでした。科学の手法を使った幸せの研究は、自分のやりたいことに近いのではないかと思い、SNS経由で「一緒に研究したいです」と教授にメッセージを送りました。教授は快諾してくれました。すぐに会いに行き、自分の思いを話したところ、教授は「一緒に研究しよう」と言ってくれたんです。
幸福学の研究を進めるうちに、「無意識に道あり」という考えに至りました。それまでの座右の銘は、アメリカの元大統領・リンカーンの言葉「意志あるところに道は開ける」でした。やりたいことは、意志がないと実現しないと思っていたんです。
でも、幸福学を研究する人たちと接する中で、幸せに生きるためには自分の意志よりも潜在意識や無意識の方が大事なのではないかと思うようになったんです。まだ認識できる形になってないだけで、無意識は答えを出しているんですよね。だから、「幸せ」を上位概念に置いて無意識に身を任せ、流されていくことがもっとも重要なのではないかと思ったのです。無意識を頼りに、ワクワクする方に流れてみる。そう考えるようになってから、人との出会いが広がり、活動の幅も広がっていきました。
面白い・ワクワクに身を任せた人生に
現在はクウジット株式会社の経営者として、人工知能を使って課題を解決するサービスなどを展開しています。会社の名前は般若心経に出てくる「色即是空」から取っています。「空(くう)」と「実(じつ)」をつなぐことで社会貢献するのが会社のコンセプトです。
例えば、ある会社から工場の不良率が上がってしまった原因を解明して欲しいという依頼を受けます。一見、人が工場を観察してもわかりません。でも、データを集め分析することで、作業員のクセや工場の設備などにあった原因を、人工知能が見つけるのです。一見しただけではわからない複雑系の「空」の世界を、私たちが認識できる「実」の世界に落としていく。つまり「空」と「実」を繋げて、人がつかめない原因と結果を認識できるようにしていくんです。
幸福学では「人を幸せにするお金とは何なのか」について研究を重ねています。お金の使い方には、利益を最大化するためと、昔の地域で使われていたような感謝を最大化させるための2種類あると思っています。後者のような人の笑顔を生み出すお金についてや、両者のバランスについてなど、研究成果でもあるゲーム型ワークショップなどを通して様々な人と考えていっています。
さらに、東京都港区の虎ノ門でまちづくりを行う会社の共同創業者としても名を連ねています。イベントスペースで、「笑顔とお金」の研究に関するワークショップや対話会を開くなど、地域のコミュニティー活動を行っています。
一見バラバラな活動のようですが、自分が一貫してやりたいのは「人を幸せにする●●」をつくることです。クウジットでは人を幸せにする技術を、幸福学では人を幸せにするお金を、虎ノ門では人を幸せにする地域コミュニティーを、それぞれ研究して生み出したいと考えています。「人を幸せにする」ことを上位概念にしたときの、社会制度や考え方にも興味がありますね。事業が儲かることももちろん大事ですが、上位概念は「幸せ」であること。面白いこと、ワクワクすることに身を任せて、ものづくり・コトづくりを続けていきたいです。
2019.10.28
末吉 隆彦
すえよし たかひこ|クウジット代表取締役社長 兼 空実プロデューサー
1992年、ソニー株式会社入社。2005年、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)リサーチャー。2007年、ソニーCSL初のスピンアウト企業となるクウジット株式会社を設立、人工知能やデータ解析技術を活用した未来予測と因果分析を手掛ける。2015年、慶應義塾大学大学院SDM研究所研究員。「人を幸せにするおカネ(エミーとゼニー)」など、笑顔とお金に関する共同研究を行っている。2016年から虎ノ門の街づくりを行うグー・チョキ・パートナーズ株式会社、2018年から笑顔づくりの社会装置を手掛けるマイネム株式会社の共同創業者でもある。
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