演劇を仕事にし、理想のライフスタイルを実現。
挫折を乗り越え見つけた、大切なものを守る道。

0歳から入場できる演劇と音楽の場をつくる「キッチン・ワルツ」の代表を務めるほか、子どもたちへの演劇の指導や演劇の要素を活かした研修の講師など、幅広く活動する平井さん。一般企業への就職を経て、キッチン・ワルツを発足することになった経緯とは。お話を伺いました。

平井 真奈

ひらい まな|「言葉と音の本棚 キッチン・ワルツ」代表
0歳児から入場できる演劇と音楽による場づくりを行う「言葉と音の本棚 キッチン・ワルツ」代表。フリーで演劇講師、演劇の要素を生かした企業向けの研修の講師を務める。

舞台の上で体感した奇跡


大阪府で生まれ、4歳のときに千葉県の船橋市に引っ越しました。本が好きで、自分でも書いてみたいと思っていました。幼いころは「将来は本屋さんになる」と言っていましたね。本屋さんは、自分で本を書いて売るんだと思っていたんです。

家族とは仲が良く、日曜日に朝ごはんを食べた後、母と6個上の姉と女3人でずっとダラダラ喋るのがお決まりでした。その時間がすごく楽しかったです。父はよく、好きな本がたくさんある図書館に連れて行ってくれました。家族の存在は大きく、何かに落ち込んだときも「帰るべき場所がある」と思うことができましたね。

中学生になったある日、演劇部の練習を見に行きました。おじいさんが青春を振り返るストーリーで、おじいさんが学生時代に好きだった女性の墓前で思い出の曲を歌って、2人が間接的に再会するラストシーンがあるんです。そのエンディングがとにかく美しくて。リハーサル段階で何度も泣きました。「こんな舞台を作る側になりたい、私も参加したい」と強く思い、入部を決めました。

練習を重ねて迎えた初舞台。舞台に立ち紙吹雪を浴びる中、お客さんの顔がばっちり見えました。その顔に、感情が動く瞬間を見ることができたんです。絶景でした。中には涙を流す人もいて。舞台上には何か物があるわけじゃないのに、そこにあるはずのない物語を会場にいるみんなで体感している。奇跡だなと思いました。

そこからどんどん演劇にのめり込み、脚本にも挑戦。一度、私の書いた平安時代の話を上演しました。みんな一生懸命演じてくれて。公演後には、ほかの中学の子からも「上演したい」と言ってもらえたんです。大きな手応えを感じることができました。

中学校卒業後は、演劇推薦で高校へ進学。演劇部は県大会に行ったと聞いていたので期待していましたが、入部してみると指導が合わず楽しめなくて。ただ、専門性特化の高校だったので「宝塚を受けたい」など明確な将来の目標を持っている子が多くて、そんな友達と話すのがおもしろかったです。私は漠然とですが、「舞台で活躍する人になりたい」と思っていました。

演劇より理想のライフスタイルを選んだ


高校卒業後は、演劇専攻のある短大へ進学しました。「朝から晩まで演劇のことしかやらない」と聞いていましたが、本当にその通りでしたね。演劇に没頭する毎日を過ごしましたが、進路を決めなくてはならない時期になると、どうするか決めきれない自分がいました。

劇団に入るとか、芸能事務所に入るとか、選択肢はいろいろあったんですが、どれもピンとこなくて。「ここに入りたい」と思うところも見つけられなかったんです。

私には、演劇を続けたいという思いの他に、実現したいライフスタイルがありました。自分がそうやって育ててもらったこともあり、母と同じように、平日の昼間は働いて夜は家に帰って子どもの面倒をみる、土日は休みというのが理想だったんです。

演劇を続けると、毎日稽古があって夜も遅い。このままでは理想の生活が送れない。好きなこととライフスタイルを両立する道が見つけられず、「あれ?私どこにも行き場ないじゃん」と、迷ってしまいました。

母とは「同じ年齢の人達が就職する年までには自立できるようになる」と約束していました。短大卒なので、猶予は2年。演劇を続けながら、収入を得るために会計事務所でアルバイトを始めました。

2年間自分なりにやってみましたが、演劇だけでは自立できる収入が確保できず、将来に対する不安も拭えないままでした。結局、アルバイトをしていた会計事務所にそのまま就職することにしました。

一般企業への就職は、大きな挫折でした。演劇で成功できるのは、自分の望むライフスタイルを諦め、捨てられる人だけ。それを捨てられなかった私は、ダメなやつなんだと思いました。「諦めた人」なんだと。

大切なものを守りながら、好きなことができる道


就職したものの、働くうちに、会計事務所での仕事は私には向いてないと感じるようになりました。演劇には言ったことややったことを褒める文化がありますが、会計の仕事は、100点で当たり前。できても褒められることはなく、できないと責められるように感じました。理想のライフスタイルは実現できたものの、そういった減点式の考えは自分には合いませんでした。

就職した後も、演劇は続けていました。好きだから、完全にやめることはできなくて。仕事以外の時間をすべて費やして、依頼いただいたイベントや公演に出演していました。

そんなある日、学生時代に仲が良かった子のうちの1人から突然連絡がきました。その子は20代前半で結婚・出産していたのですが、話してみると産後うつ気味になっていたんです。

彼女の話を聞いているうちに、「一番の原因は孤独なんじゃないか」と思いました。彼女の立場を自分に置き換えたとき、やりたいことができず、活躍していく友人たちを遠目に見るしかない中で子どもにずっと泣かれたら、私もうつになるんじゃないかなと、すごく怖くなりました。

そこから、孤独な母親をつくらないために、子どもがいても気兼ねなく参加できる、演劇や音楽を楽しめる場所があればいいのにと思ったんです。参加する側にも、出演する側にも、観る側にもなれる、いろいろな人が参加できるプラットフォームを作りたいと考えるようになりました。

アイディアを形にしたいと思っていたとき、あるピアニストの女性と一緒にイベントをする機会がありました。出演依頼を受けたイベントで音楽が必要になって、共通の友人の紹介で名刺交換をしていた彼女に演奏を依頼したんです。

私は彼女のブログをチェックしていて、「この人面白いな」と思っていて。文章の書き方や内容で「好きなものとか考え方が近いんじゃないかな」と感じていました。急にオファーしたにも関わらず、彼女は「やりたい!」と言ってくれて、一緒にイベントをすることができました。

イベントが終わった後、彼女が「集まったお金で利益が出たら、私に返金するんじゃなくて、次の開催の費用に充てたらいいんじゃない」と言ってくれたんです。私は1回でもいいから一緒にやってみよう、という気持ちだったのですが、その言葉を聞いて「これからは彼女とやっていけるんだ」と、すごく感動しました。 一緒に将来を見てくれる人に出会えたことがうれしかったです。

2012年に2人で「言葉と音の本棚 キッチン・ワルツ」を立ち上げました。大人も子どもも楽しめて、0歳から入場できる空間を作ることがコンセプトです。私が脚本と演劇、彼女が音楽を担当して、世界の名作童話を上演するミュージカルや、物語仕立てのコンサートを始めました。音楽やお話に合わせて、入場者に歌ってもらったり踊ってもらったり、時には舞台に上がって参加してもらったりするコンサートです。

楽しんでもらう一方で、教育的な観点も大事にしました。一方的に発信するのではなく、想像力を育むために、お客さんが想像できる余白を作るように。また、難しい言葉はあえて省かないようにして、子どもの「わからないこと」を大事にすることを心がけてステージを組み立てて行きました。

演劇が上演以外の形で社会の役に立つ瞬間を


キッチン・ワルツとして活動を続ける一方、会計事務所の仕事も続けていました。あるとき、他の会社の経理を合理化するプロジェクトのメンバーに入ることになりました。依頼先の会社に行ってみたら、システムの問題以前に、経理の女性たちの人間関係がうまくいっていないことがわかったんです。女性たちは直接話さず、私を介して会話をするほど。業務効率が悪い理由は、仕組みだけでなく、チームワークがないからだということがわかりました。

チームワーク向上のためになにができるか考えたとき、コミュニケーションの重要さを体感してもらい、これまで築かれてしまった隔たりを取り払うために、演劇で学んだことが役に立ちそうだと思いました。演劇の練習で使われるロールプレイングやエクササイズ、ゲームをやることで、普段はないコミュニケーションが生まれるのではないかと考えたのです。

社内で「コミュニケーション研修をやってみたい」と提案したら認められ、他の会社にコンサルタント的に関わりチームワークを向上させる「企業向けコミュニケーション研修」が1つのサービスになりました。

研修では、十数人でエクササイズやゲームをしてもらいます。シナリオを設定して1分間のロールプレイングをしたり、社員で「だるまさんがころんだ」をしたり。たとえば人と手を繋いで「だるまさんがころんだ」をすると、大変だけど一人でやるより楽しいんですよ。これは仕事の上でも同じです。実際に体感してもらうことで、みんなで何かすることの楽しさや大切さを伝えられるようにしています。研修をすることで、コミュニケーション量が増え、社内の引き継ぎもスムーズになるんです。

会社で演劇が活かせるようになる一方で、ご縁をいただいて小学生から高校生までを対象にした演劇講師もできることになりました。演劇も研修も、お客さんが笑って「楽しかったよ」という顔を向けてくれるのがうれしかったですね。

そんな経験を積むうち、劇団や事務所に所属するような道には進めなかったけれど、自分には自分の役割があるんだと思えるようになりました。芸術性を高める部分はほかの人がやってくれるから、私がやるべきなのは演劇の良いところを、劇場での上演以外の形で社会の役に立てることだと。

大好きな演劇を続けながら、自分の役割を定めることができました。

自分が1ミリ行動すれば、世界は1ミリ動く


現在も、キッチン・ワルツの活動のほか、演劇講師や研修の講師を務めています。小学校や高校の授業、地域センターの講座などに携わっていますね。会計事務所には週3日勤務し、経営者的な考え方や、演劇を持続可能な活動にするための採算のとり方などを会社から学んでいます。仕事は17時には退社できますし、子どもたちに向けての公演は午前中に終わることも多いので、演劇に関わりながらプライベートも大事にできる。理想的なライフスタイルを実現できています。

「キッチン・ワルツ」は今まで2人でしたが、最近事務局のような形をつくり、他のママさんにも仕事をお願いしています。育児をしながらなにかやりたいと思っている人たちに、一緒に盛り上げていってほしいなと思うんです。

また、今後は私が出演するだけでなく、産後も演劇や音楽をやりたい人と場とをマッチングさせる仕組みを作りたいと思っています。産後も活動を続けたい気持ちはあるけれど、いろいろな事情でできない人ってたくさんいると思うからです。

たとえば、フリーランスのアーティストは、正社員として働く人よりも入園条件を満たすのが難しく、子どもを保育園に入園させにくい現状があります。仕事を演劇や音楽の活動一本に絞り、一所懸命に頑張っていこうと思っていた人ほど夢が遠のいてしまうことになり、多くの方が活動かライフスタイル、どちらかを手離さなきゃいけないことになります。

子どもが幼稚園に入園するまでの間だけでも、どちらも両立させたい人たちに、「あなたが演じてくれることで、喜んでもらえる場がここにあります」と提示できるようになりたいです。

これまでは、自分のライフスタイルを捨てられる人だけが演劇の世界で成功できるんだと思っていました。でも、人と出会い、自分なりのやり方を見つけたことで、ライフスタイルを守りながら演劇を続ける道をつくることができました。

もし、暮らしとやりたいこととの両立で悩んだら、自分のやり方を模索しながら両方守っていけばいい。守りたいものを守りながら自分が1ミリ行動すれば、世界も1ミリ動くと思っています。これからも、理想のライフスタイルの実現に向け、挑戦を続けていきたいです。

2019.04.25

平井 真奈

ひらい まな|「言葉と音の本棚 キッチン・ワルツ」代表
0歳児から入場できる演劇と音楽による場づくりを行う「言葉と音の本棚 キッチン・ワルツ」代表。フリーで演劇講師、演劇の要素を生かした企業向けの研修の講師を務める。

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