大好きな歌と踊りで元気を届ける。
応援してくれる人がいる限りアイドルでいたい。

【日本経済大学提供】幼少期から歌や踊りが大好きだった大内さん。5歳から芸能事務所に所属し、15歳で念願かなってアイドルとしてデビュー。現在も日本経済大学に通いながらアイドルグループ「美人餅屋(びじんもちや)」の一員として活動しています。応援してくれる人がいる限りアイドルを続けたいという思いの原点とは。お話を伺いました。

大内万凜

おおうち まりん|アイドル
日本経済大学経営学部経営学科1年。大学で経済を学びながら、仙台を中心に活動するアイドルグループ「美人餅屋」のメンバーとして芸能活動を行っている。
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※この記事は日本経済大学の提供でお送りしました。

歌って踊るのが大好きな子ども


宮城県仙台市に生まれました。家の外では恥ずかしがり屋で友達ともあまり話さない一方、家の中では歌ったり踊ったりするのが大好きでした。大塚愛さんやミニモニ。さんの曲に自分で振りをつけて、汗を流しながらずっと踊っていました。

5歳のとき、ある芸能事務所のチラシを見た母から「オーディション受けてみる?」と勧められました。好きな歌と踊りができるのが楽しそうだったので、受験してみることに。結果は合格。その事務所に所属して芸能活動を始めました。

入所後は年の近い子と一緒に5人でユニットを組みました。週に1、2回レッスンを受けて、週末にはライブハウスや住宅展示場などのイベントステージなどで踊っていました。

それまでは一人で自由に踊っていたため、他の4人と一緒に踊らなければいけないことが面倒で、辞めたいと思うこともありました。しかし、小学校に入学した頃から新しい振りを覚えるのが楽しくなってきて、みんなで踊るのもだんだん苦ではなくなっていきました。友達からも「ダンスやっているなんてすごい!」と言ってもらえましたし、自慢できるのが嬉しかったです。

性格は内弁慶なままで、人前で発言できず、人に合わせて動くタイプでしたが、ダンスでは目立ちたいという思いが強かったです。踊っているときは学校にいるときの自分とは違って全然恥ずかしくないんです。発表会も大好きでした。

小学3年生の時、いつも通り住宅展示場のイベントのステージを終えて帰る途中、ある男の人から「応援してるよ」と話しかけられたんです。

イベントでよく見ると思っていた方でした。それまで声をかけられたことはなくて、初めて自分に「ファン」がいることを実感した瞬間でした。人見知りだったので、「ありがとうございます」程度のことしか言えませんでしたが、とても嬉しかったです。

念願のデビュー


中学校に入って環境が変わり、他の小学校出身の人たちと話す中で、友人の前でも自分を出せるようになり、おしゃべりになりました。

芸能面では引き続き、ユニットで活動していました。事務所にはユニット組とアイドル組がいて、メインはアイドル組。ユニット組はダンスで会場を盛り上げる前座でした。

ライブハウスでアイドルの前座としてパフォーマンスをしながら、自分も早くアイドルになって、マイクを持って歌いたいと思っていました。アイドルになる時期は決まっているわけではなく、社長の判断です。周りの同世代の子が先にデビューしていくのを見てすごく焦りました。

それでも、将来はアイドルとして生きていこうと決めていました。自分に何ができるんだろうと考えた時に、友達からは「ITとかいいんじゃない」と言われましたが、比較的勉強のできない自分にITは無理だと思いました。芸能活動以外私は何もできない、じゃあ芸能活動しかないなって思ったんです。

将来は芸能の道へ進もうと決めた中学3年の終わりごろ、急に社長から事務所の待合室に呼び出されました。行ってみると、他にも見たことある子が3人来ていました。社長が現れて、「今から君たちは美人餅屋だから」と言ったんです。この4人でアイドルグループを組んで活動しなさい、と。本当に突然のことで、美人餅屋ってなんだろうと不思議に思いながらも、「わかりました!」と返事をして。ようやく自分もアイドルになれたんだ、と喜びがこみ上げてきました。

デビューが決まって、美人餅屋のSNSのアカウントが開設されました。これまで活動の場はステージ上だけでしたが、SNSのアカウントができたことで自撮りや1日の出来事を発信できるようになりました。ステージ以外でも毎日アイドルとして活動できるので、とても嬉しかったです。

デビューが決まってからすぐ、仙台でお披露目ライブを開催しました。これまでユニット生としてたくさんパフォーマンスをしてきましたが、お披露目公演のステージはそれまでとは全く違いました。ものすごく緊張したんです。舞台に立って、これから私はユニット生としてではなく、アイドルとして見られるんだと気がつきました。

このとき、自分の中で気持ちが大きく変わりました。これからはみんなにアイドルとして認識され、アイドルとしてお金をいただく。だからこそ自分磨きを頑張らなければいけないと思いました。踊りや歌だけではなく、今まで気にしたことのなかった笑顔の作り方なども練習するようになりました。

ファンがいるからこそ


高校生になってラジオにも出演するようになり、徐々に活動の幅が広がっていきました。しかし、デビューから半年たったころ、自分以外のメンバー3人が学業を優先するという理由から、美人餅屋をやめてしまいました。

それを知って、自分もやめようと思いました。1人で歌って踊ることへの不安が大きく、1人では続けていける自信がありませんでした。

しかしその時、デビューした時から面倒を見ていてくれたマネージャーさんに「あなたはアイドルになりたくて美人餅屋に入ったんじゃないの?こんなことで本当にやめていいの?」と言われたんです。それを聞いて、「あっ、やっぱりやめたくない」って。アイドルになるためにずっと活動してきて、やっとデビューできた。これまでのことを思い出して、アイドルに対して持っていた強い思いがよみがえり、1人でも続けていこうと決心しました。

今まで4人で手分けしてライブなどの準備を行ってきましたが、1人になってそれらすべてのことを自分でやらなければいけなくなりました。特に、3人に任せっきりだったセットリストやMCは大変でしたね。パフォーマンスも、1人でも舞台が華やかに見えるよう、試行錯誤を重ねました。

その大変さから、1人でやっていくと決めた後もやめたくなることはありました。そんな時、ファンの方の応援が力になりました。ライブ後の特典会では「大変だと思うけど、ちゃんと応援してるから頑張りな」と言っていただいたり、街中でも「餅屋さんですよね」と声をかけていただいたりするんです。応援が一番のモチベーションになりました。

高校3年になると、芸能活動に支障の出ない大学に進学しようと考え始めました。所属している事務所が仙台と東京に拠点を持っていたので、仕事の多い東京に行こうと決め、大学を調べました。その中で、日本経済大学に芸能マネジメントコースがあり、授業の一環でダンスを習えると知ったんです。「ここに絶対入りたい」と受験し、無事に合格することができました。

応援してくれる人がいる限り続けたい


今は日本経済大学に通いながら、月に3回ほど芸能のお仕事をしています。

大学では、経営学からダンスまで幅広いジャンルの授業を取っています。中でも経済学が面白く、この先も学んでいきたいと思っています。たとえばCDが売れる仕組みや効果的な販売方法などを学んで、芸能活動にも活かしていきたいです。

授業以外でも、いろんな人と交流できるのが楽しいです。最近では日本人だけではなく、外国人留学生とも仲良くなりました。はじめはなかなか話しかけられませんでしたが、授業でフランクに話しかけてくれる子も多くて、授業の回数を重ねるごとにどんどん話せるようになりました。

美人餅屋としては、数カ月前から新たに加わった4人と、一度辞めて戻ってきた1人を合わせて6人で活動しています。私以外のメンバーは仙台で活動しているので、月に1度は仙台で6人一緒にステージに立ち、東京では私1人でライブを行っています。やっぱりファンの方と交流できるのが楽しいですね。特に特典会では直接お話しできるので力をもらえます。

ソロ活動にも力を入れ、映画やバラエティ番組に出演しています。これからは、特にバラエティ番組に力を入れていきたいと考えています。海外のリポートなどにも挑戦したいです。身体を動かすことや話すことが好きなので、アイドル活動を続けながらトークや演技などの技術を磨き、マルチに活躍できるようになりたいです。

挑戦したいことはたくさんありますが、一番嬉しいのは自分が誰かの力になれること。私を見て「元気になった」と言ってもらえた時が一番、アイドルをやっていてよかったと思える瞬間です。ひとりでも応援してくれる方がいるのであれば、永遠にこのお仕事を続けていきたいです。

2018.08.29

大内万凜

おおうち まりん|アイドル
日本経済大学経営学部経営学科1年。大学で経済を学びながら、仙台を中心に活動するアイドルグループ「美人餅屋」のメンバーとして芸能活動を行っている。
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