医療に他の領域を取り込みイノベーションを。
目の前の問題を解決し続けることが使命。

腎臓の医師として病院で勤務するかたわら、腎臓や生活習慣に関する情報発信サイトの運営やAIを用いた医者向けアプリの開発など、医療外の活動も積極的に行う森さん。「専門的な軸を持ちながら、外の概念を取り入れたい」と語る背景には、どのような想いがあるのでしょうか。お話を伺いました。

森 維久郎

もり いくろう|内科医
医師。腎臓に関する情報発信サイトの運営管理も手がける。 腎臓内科.com

医者になるんだろうな


三重県で生まれました。四人兄妹の三男です。父は地域でよく知られる開業医でした。街を歩いていると「あそこの息子さんだね」と言われることが多くて、それが嫌だと感じることがありました。僕自身はぱっとしない子どもなのに、医者の息子として自分を作らなければならない部分があって息苦しかったんです。

父は、医者にならなくていいと言いましたが、二人の兄も医者を目指していましたし、自分も当然医者になるものだと思っていました。国立大学附属の小学校に通い、中高は医学部への輩出数が日本一の学校に進学。医者にならないという選択肢はなかったですね。

一瞬の抵抗として、砂漠に植林する仕事がしたいと思ったこともあります。ただ、その仕事をしていた知り合いに相談した所、「それは無理だ」とボロカスに言われてしまって。他に興味を持てることもなく、結局、医学部に進みました。

医学部に入り、医者になる将来が決まりましたが、楽しめる自信はありませんでした。医者としての使命感や実現したいことが浮かばなかったんです。一方で、周りの医学部生は、自分の軸を持っている人ばかりでした。世界平和を目指して活動していたり、ウェブ系の会社を経営していたり、バーテンダーをやっていたり。派手ではなくても、みんな自分に正直に生きている感じがして、うらやましかったです。

そんな友人たちの影響や、将来医者にはならないかもしれないという思いから、大学ではできるだけ「医学部生がやらないこと」に挑戦することにしました。それで、勉強と部活の他に、DJやウェブサイトでの記事執筆、飲食店経営にも関わるようになりました。

他の人には無い感覚を学生時代に養ったことで、自分の誇りになりましたね。例えば、知り合いが運営する地域企業と大学生をつなげるメディアで、「医学部生として社会問題をどう考えるか」という切り口で記事を書きました。多くの人に読まれることを目的にするなら、過激なことを書けばいいだけですが、社会に与えたい影響や自分の書きたい主張と、読者が読みたいと感じることのバランスを考えるのが難しかったですね。そこが面白さでもありました。

DJも記事を書くのと似ていましたね。自分が流したい曲を選びつつ、お客さんが聞きたいと思う曲とのバランスも大事で。情報発信には、受け手視点と自分視点のどちらもあることを学べました。

医療を軸に外の概念を取り入れる


色々なことをやっているうちに、「新しい概念をつくる」とか「既存の概念に新しい視点を取り入れる」ことに快感を覚えると分かりました。それは、他の医学部生がやらないだろうと思って取り組んだことが、医療に反映できると感じる瞬間があったからです。

例えば、学校の仲間と、病院近くで飲食店をやっていたときのことです。病院の患者さんたちがたくさん訪れますが、僕たち大学生がお客さんにできることって、元気を届けることくらいなんですよね。でもそれが、病院に通っている地域のおじいちゃんおばあちゃんたちにとっての楽しみになったりして。そういう経験をする中で、医者になってからも、患者さんたちの居場所を作ればいいのではないかと気づいたりするんです。取り組んでいる最中には気づけなくても、後になって考えると、医療に反映できることがたくさんあると感じました。

そういう経験から、僕は外の世界と交わりながら、新しいことを生み出せる医者になりたいと思うようになりました。大学5年生の時には、1年間休学して、医療とは関係ない会社でインターンをすることも考えました。

ただ、どの業界であっても、会社が僕に求めるのは、医療の専門性なんですよね。今後、どこへ行っても医療の人と見られる。それなら、自分の軸を確立するのが最優先。自分の専門性を確立した上で、他の領域の概念を取り込めるようになるのがいいと分かり、休学することは取りやめて、医療の勉強に集中することにしました。何をしたいかがやっと見つかり、本気で医者を目指すようになりましたね。

腎臓で悩む人に早期に介入したい


専門分野は、小児科と救急科で迷っていました。子どもが育てにくい社会だという問題意識があったので小児科に興味がありましたし、救急医にはかっこいいイメージがあったんです。最終的には、学生時代にお世話になった先生が救急医だったという理由で、救急科に強い病院を研修先に選びました。ただ、すでに医者になっていた兄からは、研修医の2年間で希望は変わるのが普通だと言われていたので、やりたいことは変わるだろうと思っていましたね。

研修医として東京の病院に勤務する中で、同じ人が何度も入院する事実を目の当たりにしました。それは、腎臓の患者さんたちでした。救命センターで当直していたときに、一晩に5人の救急患者が運ばれてきたうち、4人が人工透析患者だったこともあります。

高血圧や糖尿など、腎臓の病気の原因の多くは、塩分の摂りすぎや運動不足など、生活習慣によるものです。何度も運ばれるということは、言葉を選ばずに言えば、体がボロボロになってしまっている状態。それまでにメンテナンスをしていないので、いくら一生懸命治療しても、すぐに悪くなってしまいます。

だからといって、患者さん本人を責めるのも違うと思います。たしかに生活にだらしない一面はあるかもしれませんが、たとえばダイエットだと「食べちゃだめなのに食べてしまう」という誰もがぶつかる話に理解を示せるのに、生活習慣病の話になると急に「だらしない」と責める形になってしまうのは、何か違うのではないかと感じました。指導する自分だって、毎日寝る前にお酒を飲んでしまうようなダメダメな人間です。果たして自分が患者だったら達成できるのかも分からず、後ろめたい気持ちで生活習慣や食生活の指導をしているんです。

それくらい、生活習慣を整えるのは難しさがあるので、もっと早い段階で医者が介入するタイミングがあるべきだし、テクノロジーやコミュニティーの力を使うなど、何らかの仕掛けをしていく必要があると思いました。

人工透析は、医療費の観点からも社会問題として大きく取り上げられていて、人工透析患者一人に対して、年間で500万円程度の医療費を国が負担しています。日本には約30万人の人工透析患者がいるので、単純計算で年間約1.5兆円が使われているといいます。

多くの腎臓内科医がこの事を問題視しますが、一方で腎臓の専門医は4000人程しかおらず、1300万人程もいる慢性腎臓病(まんせいじんぞうびょう)という腎臓が悪くなった状態の患者を全て診察する事は不可能な状況です。

そのころ、某テレビ局のアナウンサーが「透析患者は死ね」と発言したり、週刊誌が「透析で荒稼ぎする腎臓内科医」と報道することが立て続けに起きていました。そんな風に数字しか見ていない人間や、現場を知らない人間の発言の建設性のなさを痛感しました。まず自分の目で問題を把握しよう。自分のできる範囲のことから始めて、建設的な問題解決をしていこう。そう思って腎臓内科医になりました。

現場の活動だけでない


2年間の研修を終えたあとは、千葉県の病院で腎臓内科医として勤務を始めました。どこかの大学の医局に入らずに自分で研究を進めつつ、現場で診療できるのがその病院を選んだ理由でした。

臨床をはじめてすぐに、情報発信の大切さを感じました。腎臓の治療には特効薬がなく、患者さんが自らの生活習慣を改善することが重要になります。つまり、病院にいない時間をどう過ごしてもらうかが大事なんです。

しかし、患者さんは、医者が説明したことを、全て覚えていられるわけではありません。短い外来診療の中では、十分に伝えきれないこともありますし、毎回分かりやすく伝えられるとは限りません。そこで、インターネット上で情報発信をすることにしました。話した内容を患者さんが忘れてもチェックできますし、診療時には要点だけ説明して、詳細は後で見てもらうこともできます。

発信する内容は、患者の質問への回答内容が主で、ガイドラインを参照しながら僕なりの見解も入れます。例えば、患者さんから「タバコは腎臓に悪いのですか?」と聞かれた時に、上手く答えられなかったことがあります。なんとなく悪いことは分かっていたものの、その背景や歴史的な解釈がすぐに出てこなくて。その後、インターネットで情報発信をするために自分なりに整理することで、次からより正確に答えられるようになりました。

純粋に質問されたことに対して記事を書いているので、特別な負担もありませんし、一つひとつのテーマに対して深掘りして調べる癖がついたので、診療に厚みが増しました。

困っていることを、解決しているだけ


医師になって4年。現在は臨床を続けながら、腎臓に関する情報発信をしたり、医療者向けのアプリケーションの開発をしたり、臨床現場以外での活動も行っています。

最近作ったアプリは、『Google Home』などAIスピーカーを使って、必要な薬の投与量を音声で知らせてくれるものです。これまで医者が薬を調べる時は、広辞苑のような分厚い本を使っていたので、時間がかかっていました。ただでさえ短い外来の時間がもっと短くなってしまう。だから声で検索できて答えが一発で返ってくる、そんなシステムがあればいいなと思ったんです。

情報発信も、アプリづくりも、全ては軸足となる医療活動がさらによくなるためにしていることです。今後も、早期発見、早期治療を医者としてのライフワークにしていきたいと考えています。

そもそも情報が届かなかった、情報は届いていたけど行動を変えられなかった、結果透析になってしまった。そういう人達にアプローチしていきたいと思います。これって、言うのは簡単ですけど、達成は非常に難しいと思っています。本当に一つひとつ、テクノロジー、コミュニティー、医療制度、エンターテイメントなど様々な要素と関わりを持ち、進めていく必要があると思っています。

その一環として、情報発信もしていますが、勤務医なので、情報を見た人が僕を訪ねようとしても窓口はまだ無い状況です。知人の病院で外勤させてもらっていますが、最終的に何かの形で自分でクリニックを作らなければと考えています。土日だけ開けるなど小さい規模でもいいですし、雇われて場所だけ借りるのでも良いので、自分のところに来たいと言ってくれる人の受け皿は作らなければならないと思っています。

とはいいつつ、将来を明確に決めているわけではありません。「ビジョンを描きなさい」とよく言われますが、僕はビジョンなんて分からない。その時思ったことを解決する、それだけです。「今これに困ってる人がいるからやろう」って。そこに使命感はあんまりなくて、ただ楽しくてやってる感じですね。だから、ITで腎臓を良くしようとか発信で良くしようとか、そういう手段に対してのこだわりはありません。ただ、医療に他の力を入れて良くなるのであれば、それが僕の使命というかライフスタイルだなと考えています。

2018.06.06

森 維久郎

もり いくろう|内科医
医師。腎臓に関する情報発信サイトの運営管理も手がける。 腎臓内科.com

記事一覧を見る