岡山県の倉敷市で、3人きょうだいの長男として生まれました。両親は、良いことをすれば褒めてくれるし、悪いことをすれば叱ってくれて、のびのびと育ててくれました。特に父は、困っている人がいたら誰にでも手を差し伸べるような優しい人でした。家族旅行でも車椅子のひとを見るとすぐに駆け寄って「どうしたん?手伝うよ」と声をかけたり、お年寄りにも手を貸したり。そんな姿を当たり前のように見て育ちました。

地元の小学校に入学し、2年生の3学期で転校しました。最初の学校では三枚目キャラで、授業でもどんどん発言するようなタイプだったのですが、転校先ではグループが出来上がっていて、馴染むのに苦労しました。

3年生の冬休み、同級生と喧嘩しました。ちょうど母が入院していた時期だったので、気持ちがしんどかったことも重なって、ちょっかいを出されて腹がたったんです。相手は喧嘩の強い子だったのですが、僕が圧勝してしまい、翌日から学校生活が一変しました。みんなの見る目が一気に変わって、給食がいきなり大盛りになったり、知らない子が「福田くん福田くん!」とか言って突然話しかけてきたり。急に態度が激変することに戸惑いを感じながらも、学年の中での地位が確立され、一気に友達が増えました。

中学校では、バスケ部のレギュラーとして充実した毎日を過ごしていました。漫画『スラムダンク』の全盛期だったので部員数も多く、にぎやかで楽しかったですね。

1年生の夏休みの宿題で「ちいさな親切」というテーマで作文を書くことになりました。何を書けばいいのかピンと来なかったので、母のアドバイスで近所の高齢者施設でボランティアをさせてもらうことにしました。

3日間のボランティアで、まず1日目はおじいちゃんと将棋をして楽しく過ごしました。ところが次の日、同じおじいちゃんに話しかけると「お前誰や」と言われてしまったんです。昨日あんなに楽しく遊んだのに、なんで覚えてないねん!ってなるじゃないですか。志村けんがテレビの中でやってるコントと同じことが目の前で起こっているわけです。めっちゃおもろいやん!って。

3日間過ごすうちに、おじいちゃんたちの反応がくるくると変わることも知りました。関わるスタッフによって、楽しそうな顔をしたかと思えば、そっけない顔もするんです。反応が素直なんですよね。嘘をつかない高齢者たちに、喜んでもらえるような人に自分もなりたいと思うようになりました。

あとは、入居者の心情が日によって全然違うのも僕にとってはすごく魅力的でした。同じ人たちと接しているのに、毎日空気が違うんです。同じ場所で同じ人と働くのはなんだかつまらないと思っていたので、こういう職場が理想的でした。

それで、家に帰ってすぐに「俺、将来福祉施設で働く」と家族に宣言しました。親も「お前優しいからええんちゃうか」と賛成してくれましたね。すぐにボランティア協会に登録して、部活が休みの日はボランティア協会の活動に参加するようになりました。