奈良県橿原市で生まれました。元気な性格で、何でもやりたがる子どもでしたね。人を笑かすのも好きでした。ただ、意外と真面目な一面もあって、自分のことは普通で面白くない人間だと思っていました。

親は新聞をよく読んでいて、興味がある記事を私にも見せてくれました。世界では自分の知らないことがあって、触れたことがない価値観や考え方が存在する。それに気づかせてくれるのが新聞でした。高校生になった時には、新聞記者になりたいと考えていました。

高校卒業後は、マスコミに強い大学で社会学を学びました。できれば記者として海外に行きたいと思ったので、英語研究部にも入りました。

私にとって、記者の仕事は「見えない部分を伝えること」だと考えていました。現場に自分が行って、その場で見たことを言葉にして伝えていくこと。特に、難民問題などを伝える記者になりたいと思っていましたね。生まれながらにして過酷なところ、マイナスのところからスタートするような人たちの力になりたいと思ったんです。

それで、長期休みを利用して海外の難民キャンプなどに足を運びました。すると、現地では予想外の光景が目に入りました。みんな意外と楽しそうに暮らしているし、夢を語っているんですよね。多くの人がイメージしている「貧困」とか「悲壮」とは違うんです。

次第に、「支援してあげる」というのが、おこがましい気持ちだと分かってきました。勝手なイメージを抱くのではなく、そこにいる人に寄り添い、リアルな暮らしや営みを伝えたいと思いましたね。

テレビなど他のメディアと比べて新聞がいいと思った理由は、言葉として残せることです。歴史を残しながら伝えられるのが新聞だと思っていました。