福岡県春日市に生まれました。親父が高校のソフトボールの監督だったので、赤ちゃんの頃から野球場に連れて行かれてましたね。僕自身、小学2年生で野球を始めました。

背が小さく力もなかったのでホームランは打てない代わりに、足の速さで勝負するプレースタイルでした。6年生の時には、全国こそ逃したものの、年間で24大会優勝する好成績を収めることができました。

中学ではプロ選手を輩出するようなクラブチームに入り、ピッチャーでした。クラブチームの練習は真面目にやっていたんですけど、学校では先生も手を付けられないようなワルガキでした。PTAから色々言われたり、親に迷惑をかけたりしたけど、そういうのがかっこいいと思ってた時期でしたね。中学の時は警察にお世話になるような環境でしたから。

中学卒業後は、野球推薦で地元の強豪校に入りました。中学のチームメイト一緒に、野球部が新設される他県の高校へ行く話もあったんですけど、地元の友達と離れたくなくて自分だけ地元に残りました。進学した高校も甲子園に出場するような高校だったので、練習はきつかったですね。クラブチームと違って学校にも行かなきゃいけないし、最初はしんどかったです。

そんな時に、中学の友達はみんな遊んでるわけじゃないですか。それを耳にすると、やっぱり気持ちも楽な方に流れるんですよね。ある時、中学の友達に「俺、野球やめようかな」とぼやいたんです。

そしたら、返ってきた言葉が「野球があるなら絶対やめん方がいい」って。「そうやって何かに打ち込めるのは本当に羨ましい」って言われたんです。まさか、そんな言葉があいつらから出てくると思ってなかったから、僕の中ですごく響いたんですね。そこから会話が続かなかったんですよ。それぐらいハッとして。そこから本気で甲子園に行きたいと思い始めましたね。

結局、野球を続けて、高1の夏は甲子園に行きました。