生きる本質は、楽しむこと。
アラスカとアフリカが教えてくれた大切なこと。

伊原 和良さん/ピザ屋経営

はてぶ

東京の八丈島にてピザ屋を営みながら、自分が最高に楽しめる生活を送る伊原さん。東京で建築設計の仕事をしている時、価値観を大きく変えてくれたのはアラスカとエチオピアに行ったことだったそうです。どのような気づきがあり、島への移住を決めたのでしょうか。お話を伺いました。

父の会社に入らないという選択

千葉県松戸市で生まれました。姉二人と兄が一人いる末っ子です。父は会社を経営していたので、将来は父の会社で働くものだと思って生きていました。

性格はおとなしかったですね。家でものを作ったり、絵を描いたりするのが好きでしたね。運動を始めたのは中学生からです。中高は剣道をやり、大学ではレスリングをやりました。強くなりたいとは思わず、練習も嫌いでした。端っこで目立たないようにしていましたね。かといって、やめようとも思わないんです。ただひたすら続けていました。

それは、高校の時に牧師に言われた言葉の影響でした。練習がきつくて部活をやめたいと話たら「じゃあやめればいいんじゃないの?」って言われたんです。その時、「あ、そっか。やめようと思えばいつでもやめられるんだ。じゃあもうちょっと頑張ろう。自分が好きでやってるんだから」と思ったんですよね。自分には選択肢があると。

大学卒業後は父の会社で働くつもりだったんですが、年を重ねるうちに、それは面白くないと感じるようになりました。すでに兄が会社にいたので、そのまま入社したら、常に「兄の弟」なんですよね。その関係性が変わらないのはつまらない。じゃあ何をやろうかと考えた時、建築士になりたいと思いました。

建築士が出てくる『スリーメン&ベビー』という映画をみた影響です。映画の中で、建築士の人がスーツの上にヘルメットと作業服を着て、建設現場行って指示を出したり図面を見たりしているのがかっこいいなと思ったんです。また、テレビCMで「アーキテクト」っていう職業を紹介していて、何かと調べたら建築家で、これまたかっこいいなと。

会社に入らないなんて言ったら、親父には家を追い出されると思っていましたね。それで、最初は4年間だけ好きなことやらしてくれと言ったんです。専門学校に2年行き、残りの2年は設計の仕事をやって、そしたら家の仕事に入るからって。

ただ、4年経っても、やっぱり設計の仕事を続けたいと思いました。覚悟を決めて親父に話したら、「うん、じゃあしょうがねえな」って言われました。予想に反して、全然反対されないんです。それで、建築設計の仕事を続けられることになりました。

アラスカの大地が教えてくれたもの

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