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子どもの頃の夢が叶うのが、種子島の魅力。
導かれるようにたどり着いた場所で生きる。

栗原 雅洋さん/飲食店経営、島の商品企画

はてぶ

鹿児島県の種子島で、飲食店の経営や、島の素材を使った商品開発に取り組む栗原さん。東京、オーストラリア、湘南、静岡と様々な地で暮らす中で、種子島への移住を決めた背景とは。お話を伺いました。

1年で会社を辞める

東京都足立区で生まれました。兄が一人いる次男です。

小さい頃はプロ野球選手を目指していました。地区大会で毎回優勝するようなチームに入り、中学でも野球部で練習しました。

高校も強豪校に行こうと思ったんですが、練習を見に行った時にちょっと違うと思ってしまいました。みんな死に物狂いで練習していたんですが、甲子園に行くほどの学校ではありません。やっぱり、生まれ持った身体条件や、センスも大切。プロになるのはちょっと無理そうだと思い、高校では硬式ではなく軟式の野球部に入って、遊びで野球を続けました。

同級生は大学に進学する人が多かったんですけど、僕は大学に行く気はありませんでした。3つ年上の兄が大学受験に失敗するのを見ていたので。兄は一浪してもどこの大学にも受からなくて、兄が落ちるなら、自分には無理だろうなって思ったんです。

ただ、まだ働きたくはなかったので、観光系の専門学校に行くことにしました。家から近かったのと「ツアーコンダクター」という響きに惹かれたという軽い理由でした。学校にはほとんど行かず、友達と遊んでばかりでしたね。資格も取れませんでした。

卒業後は、学校の掲示板に貼られていた求人募集の中で、給料が一番高い会社に行くことにしました。リゾートの会員権を営業する会社です。

仕事は、ずっとテレアポです。アポイントが取れると、お客さんに一度オフィスまで来てもらい、タイミングを見て上司が出てきて、契約が取れるまで粘るんです。

アポイントはすぐには取れませんし、かなり苦痛でした。また、例えこの会社で上がっても、やる仕事は、今の上司の仕事で、契約書に判子を押すまで帰さないようにすること。それはやりたくないと思って、1年経たずに会社を辞めました。

サーフィン目的でオーストラリアへ