人よりもちょっと得意なことで誰かの役に立つ。
相談者をよりよい未来へと導く、鳥の目として。

せきこ(関美穂子)さん/可視化グラフィックライター

はてぶ

鹿児島県にある甑島を拠点として「可視化グラフィックライター」として活躍する関さん。自分の特性を活かした仕事を、離島で始めるまでには、どんな背景があったのでしょうか?お話を伺いました。

文化の違いに対する驚きと興味

鹿児島県鹿児島市で生まれました。小さい頃は本を読んだり、絵を描いたりするのが好きでした。みんなが鬼ごっこをしている中、ひたすら落書きのような絵を描いていましたね。

小学2年生の時、奄美大島に引っ越しました。奄美は鹿児島とは全然違っていて、見るもの聞くものすべてが新鮮でした。例えば、島太鼓のチヂン。奄美の伝統芸能で、私のいた小学校の運動会では、ペットボトルと紙で自作したチヂンを持って踊るんです。

また、一番衝撃を受けたのは、卵焼きですね。うちの実家では塩と砂糖と醤油で甘く味付けするんですが、奄美大島の卵焼きは塩だけで味付けするのでしょっぱいんですよ。「しょっぱい!」って驚きましたね。同じものでも鹿児島とは色々と違っていて、文化の違い一個一個が面白かったです。

小学5年生の時に鹿児島に戻り、私立の中学に進学。この頃から、図やイラストを駆使したオリジナルのまとめノートを書くようになりました。歴史だったら、紫式部なんかのイラストを描いて「これってこういう意味だよ!」って喋っているようなやつです。癖というか、何か書いたら必ず絵や図も描いちゃうんですよね。

筆算みたいに、図を描きながら整理した方が、自分の理解がより深まるんです。自分のために描いていたら、友達の間で回し読みされたり、先生がコピーをとったりするようにもなりましたね。

高校生になってからは、文化への興味がより強くなりました。学校で色々な国の文化を学ぶ機会が多かったんです。まだ有名じゃなかったハロウィンがあったり、本格的なインドカレーを手で食べるような授業があったり。一つひとつが面白くて、もっと色々な文化を知りたいと思い、大学では文化人類学を専攻しました。

文化人類学の勉強は楽しかったですね。例えば、コーヒーカップでコーヒを飲むという文化だって、どこかで陶器というものが発明されたり、コーヒー豆から汁を取るという行為が生まれたりした結果。脈々と続く歴史の中で、何かひとつでも欠けていたら生まれなかったもの。そう考えると、文化ってすごく貴重だし、もし無くなるなら、その前に記録に残したいなって思いましたね。

文化と観光が繋がって

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