ジョッキーになると決めてから5年間、トレーニングを続けました。移動の時は常に走っていましたし、夜中の学校で筋トレもしました。その結果、千葉にあるジョッキー養成学校に入学できることになりました。

ただ、体重上限が43キロの中、僕は42.9キロで通過とギリギリだったので、合格してからも減量との戦いが続きました。毎朝4時に起きては減量トレーニングの繰り返し。体脂肪率は5.2%。口の中の唾液に嫌悪感を抱いて、ティッシュを口にくわえて寝るような心身共に追い込まれているような生活でした。


毎日のように体重測定があって、1グラムでも超えていたら馬に乗れないんですよね。それでも、体格や成長期ならではの問題もあって、制限を超える日が何日も続いてしまったんです。つらかったですね。もちろん、自分だけがそんな目にあってるわけではないんですが「なんで自分だけ」と思うこともありました。やめたいと言ったり、やめたくないと言ったり、自分でもよくわからないことを口走っていて、完全に情緒不安定でした。

結局、半年も満たない期間で学校をやめました。極限の状態までやったんですけど、そのときの自分には乗り越えられませんでした。

学校をやめても、地元には戻れませんでした。島を出るとき、地元のみんなが後援会まで立ち上げ、盛大に送り出してくれたことを思い出すと、合わせる顔がありません。しばらくは鹿児島の親戚の家に身を寄せていました。

親戚の家で僕の顔を見た祖母は「落馬で大怪我する前に元気で帰ってきてくれてよかった」と言いながら涙を流しました。僕を一番応援してくれる人たちが、僕に対して「頑張れ」と言いたいけど言えない気持ちを考えると、なんと言えばいいかわからないんですけど、ここで逃げ続けていてはダメだと思いました。そんなとき、中学校の先生から電話があり「これからどうするんだ?自分の人生なんだから自分で決めろ」と言われました。それがきっかけで、島に帰ることにしました。

その後、特例で中学に通わせてもらい、翌年には鹿児島の高校に進学しました。しかし、ジョッキーの夢を諦めた僕は、何をやりたいか分かりませんでした。人生をやり直すにしても何をしていいかわからず、惰性で生きている感じでしたね。