仕事も育児もどちらも楽しみたい。 多様な選択を認め、いきいきと働ける社会へ。

育児をしながら、オンラインでコーチングを提供している佐伯さん。不妊治療をきっかけに、仕事と育児の両立について深く考えるようになったといいます。コーチングを通じて実現したい社会とは?お話を伺いました。

佐伯 早織

さえき さおり|ライフコーチ
1990年生まれ。京都大学大学院農学研究科修了後、2015年に株式会社ワークスアプリケーションズに入社。業務システムの法人営業に従事。2018年、コンサルティング会社に転職。大手企業向けの新規事業開発コンサルを担当。2021年に退職し、不妊治療に専念。妊娠中にコーチングの勉強を始める。2021年11月に第一子を出産。2022年4月から、コーチングを提供している。

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周りを気にする必要なんてない


北海道函館市に生まれました。子どもの頃から好奇心旺盛で、習い事などいろんなことにチャレンジしました。本を読むのも大好きで、他の人の考え方や生活が分かるのが面白かったですね。

中学生になると、勉強と部活動と生徒会、様々なことに全力で打ち込みました。やると決めたことは絶対にやる性格で、手を抜きませんでした。ときには体調を崩して親に心配をかけてしまうほどでした。

地元の中学、高校と卒業した後、京都の大学に進学しました。大学生活が始まってはじめて、私は周りの目を気にして生きていたかもしれないと気づきました。それくらい、一人ひとりが自分の好きなようにふるまう校風の大学だったんです。

良い意味で他人に関心がなくて、周りの人の行動をとやかく言う人はいませんでした。たとえば奇抜な服装の人が歩いていても、誰も気にしません。他者を認め合う空間が心地よかったですね。中高時代は「意識が高い」といった目線を向けられたり、周囲から浮いたりすることを避けて、自分を出し切れていなかったと思いました。大学生活では周りの目を気にすることがなくなり、のびのびと過ごしました。

仕事で見つけた意外な強み


大学では農業を学び、大学院にも進学しました。そのまま農業関係の仕事に就く道も考えましたが、農業はスパンの長い戦いであり、ベテラン勢も多い世界。もっと早く成長でき、ステップアップできる環境に身を置きたいと考えました。

入社したのはたまたま参加したインターンシップで雰囲気に惹かれたソフトウェアの開発会社。特に悩んだわけではなく、勢いで決めましたね。

はじめはシステムエンジニアを目指すつもりでしたが、研修を受ける中で営業職に興味を持ちました。その会社は営業を科学的に捉えていて、メソッドが確立されていたんです。営業は個人の話術に依存すると思っていた私は、驚きました。人と話すことが得意なわけではないけれど、メソッドがあるなら自分にもできるかもしれない。そう思い、急遽職種を変えて、法人営業に挑戦しました。

営業の仕事を始めてみると、人とコミュニケーションをとるのが得意だと気づきました。苦手だったのはテーマのない雑談であり、目的意識のある営業トークや聞き取りはむしろ得意だったんです。仕事を通してはじめて気づきました。

会社の雰囲気も好きで、仕事はとても充実していましたね。毎日、仕事に全力で打ち込みました。ただ、次第に新しい職種にもチャレンジしてみたくなり、3年目にコンサルティング会社に転職しました。そこでは、コンサルタントとして大企業の新規事業の立ち上げ支援に携わりました。世の中にない新しいものを生み出していくことがすごく楽しかったですね。会社としてもバリバリ働く風土があり、私も負けじと働きました。

子どもが欲しい。キャリアも築きたい

28歳のとき、結婚しました。夫と話をする中で、今は仕事に打ち込んでいるけれども、いつかは子どもが欲しいと思うようになりました。

しかし、いざ子どもを欲しいと思っても、なかなか恵まれませんでした。検査をしたものの、原因は不明。不妊治療を開始しても、なかなかうまくいきませんでした。むしろ不妊治療を続ける中で、仕事との両立が苦しくなってきて。仕事の大変さと妊娠できないことへの焦りで、心も身体もボロボロになっていきました。

不妊治療の情報収集をしていて、「ママが心身共に健康に過ごすことが一番大事」と目にしても、簡単にはできないとやるせない気持ちになりました。一方で、なにか行動しなければいけないとも感じました。私自身が苦しい状態だったら、授かるものも授かれない。会社を辞めた方がいいのかもしれないと考えました。

ただ、すぐに決断はできませんでした。これまで仕事一筋でがんばってきた。積み上げてきたキャリアが途切れてしまうことが不安だったんです。同時に、生命のしくみ上、女性側がなんとかするしかないことに諦めや憤りを感じましたね。

でも、子どもが欲しいし、これからの人生を考えたとき、仕事だけでなく家族も重視したい。将来の不安は一旦置いておいて、治療に専念してみようと、30歳で退職を決意しました。

コーチングとの出会い


その後、幸いにも妊娠し、子どもが生まれた後のキャリアを考えるようになりました。育児の負担が増えても、二足のわらじで家庭も仕事もがんばりたいと考えていましたね。

しかし、情報を集めるうちに、これまでの働き方で会社員として仕事と育児を両立するのは難しいかもしれないと感じました。求人を見ても、働く時間が短い分裁量が減るか、裁量がある分長時間労働になるかに二分されているように思えたんです。ニュースなどで仕事と育児の両立が大変だと聞いてはいましたが、実際に当事者となって、自分の理想の働き方を追求するのはこんなにも難しいのかと痛感しましたね。ダイバーシティや女性活躍が叫ばれているにもかかわらず、厳しい現実があることに悲しい気持ちになりました。

そこで、家で時間を調整しながらやりがいをもってできる仕事を検討するようになりました。これまで私が経験した仕事は基本的にはチームでの仕事であり、独立できるほどのスキルは身に付けられていません。妊娠中で時間がある今こそ、在宅でもできる仕事の勉強を開始して、今後のキャリアに役立てようと思いました。

調べていく中で興味を持ったのがコーチングでした。人の話を聞くのは好きだし、心理学などの学問的な背景があり、探求しがいがあると思ったんです。

コーチングの講座では、理論を学ぶだけでなく、コーチングを受ける体験を何度もしました。どんな働き方をしたいのか、家族とどんな暮らしをしたいのか、じっくり内省する時間になりました。今までもやもやと考えていただけの未来についても、以前より明確に描けるようになりました。

特に大きな変化は、能動的に目の前の決断ができるようになったことです。それまでは、大学や就職先など、なんとなく王道の選択をしてきたと思います。しかし、家庭や子育てというライフイベントには王道はなく、自分で決めていかねばなりません。コーチングを受けたことで自分の未来像が明確に描けるようになり、長期的な目標のもと、能動的に納得感をもって決断できるようになりました。

また、この仕事を自分の軸にしたいとじわじわ思うようになりました。私のように、自分の人生をデザインしなければならないタイミングでどうすればいいか分からず、悩んでしまう人は多いと思います。中には自分の中に明確なやりたいことがあるのに、それを実現できずにもやもやしている人もいるかもしれません。

その代表例が、仕事と育児の両立です。コーチングの問いかけは自分自身を見つめ直し、未来を考えるための有効な手段。過去の私のように岐路に立っている人を支える仕事がしたいと思ったのです。

自分らしい生き方をみんなが実現する


現在は0歳児の育児をしながら、コーチングを提供しています。コーチングとは、対話を通じて、気づきを促していくもの。本人が悩んでいるテーマについて問いかけながら掘り下げ、本人が新しい気づきを得たり、次の行動を起こすためのサポートをします。

コーチングの提供をはじめたばかりで、今後どうしていきたいのかについては、まだ見つめている最中です。私が目指す未来として今考えているのは、みんながお互いを理解して尊重した上で、気持ちよく働ける社会の実現です。

私が今直面している育児に限らず、人にはさまざまな事情があります。仕事と育児を両立したい人が肩身の狭い思いをする必要もなければ、家庭に専念したい女性が生きづらさを感じる必要もありません。多様なあり方が認められるべきです。

しかし、育児をしながら裁量のある仕事をするのが難しかったり、周囲の理解がないゆえに自らのキャリアを諦めざるを得なかったりする現状もあります。また、妊娠や育児に関する情報を見ていても、「これが正しい」といった固定観念が蔓延していて、窮屈さを感じることも。インターネット上で、自分と違う考えに攻撃する人を見かけることも少なくありません。他者に対して、良い意味で「どうでもいい」と考え、多様性を認め合える社会になればいいなと強く感じます。

そんな社会を実現するために、コーチングは有効だと考えています。私が特にコーチングを提供したいのは、自分の人生をデザインしなければいけないタイミングにあるにもかかわらず、目の前のことに精一杯で将来を考えられていない人や、現状を諦めている人たち。よくある解決策として経験者の話を聞くことが挙げられますが、自分に完全に合致した例はないため、必ずしも参考になるわけではありません。重要なのは、その人ならではの未来をデザインすることです。

1人で悩んでいてもなかなか解決策は見つかりません。コーチングの問いかけで自分自身を深く見つめ直すことで、視野が広がり、思考が整理できます。中には、本人が自分なりの結論で諦めてしまっているだけで、周りに働きかければうまくいくケースもあるはずです。自分のやりたいことを選んでもいいんだよ、他者と違っていてもいいんだよと、コーチングを通じて伝えていきたいです。

一方で、個人向けのコーチングだけでは限界があるとも感じています。たとえば子連れ出社など、会社の前例にないことや環境整備ができていないものは、まず周りの価値観が変わらなければ、解決できません。ゆくゆくは組織にもアプローチして、会社の風土を変えたり、受け入れ体制を構築したりすることにも携わっていきたいです。

ここまで理想の社会について語ってきましたが、私の一番のモチベーションは、私自身が理想の暮らしを実現すること。自分のやりたいことを諦めたくないから、今は子育てに比重を置きながら、コーチングという手段を使って働いています。いずれ子どもが大きくなれば、仕事と育児の比重が変わることもあるはずです。介護など、別の事情も生まれているかもしれません。コーチングはこれからも私の軸であり続けると思いますが、そのタイミングごとに自らと向き合い、自分の理想とする暮らしを実現していきたいです。

2022.09.15

インタビュー・ライティング | 林 春花
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