交通事故で悲しむ人をなくしたい。 道路交通法違反の見える化で事故のない社会を。

交通事故のない社会を目指し、ジェネクスト株式会社を創業した笠原さん。会計知識を身につけ起業したものの、やりたいことが見つからなかったと言います。そんな中、父が交通事故に遭ったことが転機に。笠原さんが見つけたやりたいこととは? お話を伺いました。

笠原 一

かさはら はじめ|ジェネクスト株式会社代表
1971年生まれ。福島県郡山市出身。青山学院大学経済学部卒業後、株式会社第一興商に入社。その後、会計事務所に12年間勤める。2009年にジェネクスト株式会社を創業。安全運転を促進するクラウド型車両管理システム「AI-Contact(アイ・コンタクト)」を開発。

技を身に付けたい


福島県郡山市で生まれました。幼少期は、背が高く痩せていて、あまり体が強くありませんでした。鍛えるためにスイミングスクールに通っていましたね。

近所の空き地には、いろいろな年齢の子どもが集まって遊んでいました。小学生になると、お小遣い稼ぎにゴミ捨て場で瓶を拾い、酒屋に持って行ってお金にしてもらっていました。酒屋に瓶を持っていくと、10〜30円で交換してくれるんです。

どこにゴミ捨て場があるのかチェックして、場所を絵で描いて、誰がどこに行くか決めて。一人では回りきれないので、仲間を集めて、どういう風に回るのが一番効率的で稼げるか考えて実行していましたね。

一方、勉強は嫌いでした。宿題が本当に嫌で、ギリギリまでやらずに授業前の休み時間に一気に片付けるんです。地元の中学校に進み、学力に合った公立の高校に進学しました。自分で選ぶというよりは、このくらいの成績ならここ、と決まっている感じでしたね。選択できる余地はありませんでした。

大学は、とにかくたくさん受験をして、その中で受かった東京の私立学校に入学しました。大学生になると、遊びとバイトに明け暮れましたね。

その後、第一興商を経て、28歳ごろになり、将来どうしようかなと考え始めました。このままじゃまずいと感じ、今後のキャリアのために技や知識を身につけ、手に職をつけたいと思ったんです。そこで簿記の資格を取り、会計事務所へ転職。会計であれば広く役に立つし、武器になるのではないかと考えたのです。

久しぶりに感じた楽しいという感情


会計事務所では、業種を問わず様々な中小企業の決算や税務を担当しました。様々な事務所を転々としましたが、仕事は毎年ほぼ同じ。毎年同じ決算修正を入れたり、ほぼ変わらない処理をすることに、疑問を感じるようになりました。

加えて、強みが欲しくて会計の知識を身につけたものの、人の労働力に依存している労働集約型のビジネスにも限界を感じたんです。

そこで、違った形のビジネスをやろうと起業。会計のことがわかれば事業をやっても成功するんじゃないかと思っていたんですよね。しかし、それは頭でっかちの甘い考えでした。店舗のコンサルティングなど少しずつできることは見えてきたものの、これといった事業が作れずに迷走しました。

そんなある日、父が交通事故に遭ったんです。父はタクシーの運転手をしていたので、車にドライブレコーダーがついていました。映っている映像を見ると自分が悪いように思えないけれど、過失割合が大きくなっているので、良い弁護士を紹介してほしいと相談を受けたんです。ドライブレコーダーが証拠として認められない時代だったので、立証できる弁護士の先生も見つからず。それなら自分がやるよと、事故の意見書や申立書を作ることにしました。

どうすればいいか考えやり方を見つけ、カメラが映した1コマ1コマを分析し、車の位置と速度とを割り出して事故の証明をしていきました。

クレイジーなんですけど、映像に映るものから事故当時の状況を証明していくことが楽しかったんです。直感的におかしいと思ったことが正しかったとわかる過程も、逆に映像だけだとわからない複雑な状況を、最適な分析手法を考えて検証していく過程も、すごく楽しくて。本当に楽しいという感情は久しぶりで、没頭しました。

結果として、父に非がないと立証することができました。もともと安全運転義務違反で免許から15点減点される予定でしたが、私たちの主張が認められ、0点でお咎めなしになったんです。

父の事故がきっかけではありましたが、映像から何が起きているか分析、検証していく過程の面白さに気づき、特許を取得して、交通事故の鑑定を事業化することにしました。

悲しむご家族をなくしたい


交通事故鑑定事業を始めると、中には死亡事故などの重大事故もありました。事故に遭われた方が亡くなられたり、後遺症が残ったりするような場合もあります。そんな事故の鑑定の場合は、ご家族の方の「なんとかしてほしい」という祈るような強い想いを受け止める必要がありました。

あるとき、高校生が亡くなる事故があり、親御さんから鑑定を依頼されました。これまで私は、会計事務所に転職した時のように、人間には技や知識が大切だと思ってきました。でも、お子さんを亡くした親御さんの強い気持ちを真正面で受けて鑑定結果をお伝えするとき、それに勝てる技などないと思ったんです。

人間が必死になった時には、技じゃないんですよね。受け止めるために大事なのは、想いや魂なんです。感情的なご意見をいただくこともありますが、それを受け止めて、誠意を持ってお話しする。間違いやミスがないように最大限の注意と努力を払った鑑定結果を、魂を込めて真剣にお伝えすることが大切だと気がつきました。

それからも、たくさんの鑑定をし、大勢の事故の当事者や家族と真剣に向き合いました。その中で、目の前で悲しむ人を一人でも減らしたいと思うようになったんです。交通事故は誰も得しません。交通事故をなくすにはどうすればいいか考えるようになりました。

ドライブレコーダーの映像を鑑定する中で、道路交通法を守れていないと事故が起こるということがわかってきました。事故に至るまでの経緯を見ると、道路交通法違反がなければ事故にならない、事故になったとしてもここまで酷くはならないものがほとんどでした。

ご家族の想いに応えるためには、事故が起こった後の処理、手続きだけでは不十分。徹底的に道路交通法違反をなくし、事故を未然に防ぐ必要があるのではないか。そう考え、道路交通法違反を見える化するシステムを作ろうと、開発を進めることにしました。

道路交通法違反の見える化を


考えたのは、GPSの位置情報と道路の情報とを突き合わせて、走行中に道路交通法違反があったか判別できるシステムです。道路交通法違反を見える化することで、事故を減らそうと考えました。

そこで、まずは企業向けに、登録した車両の位置情報と、交通ルールを守っているかどうかの状況がわかるようなサービスを作ることにしました。

開発を決めてからは大変でした。ゼロからプロダクトを作ることも大変ですし、その資金調達も必要です。一人じゃできませんから、社員も募集しなければなりません。ありがたいことに、交通事故のない世の中にしたいという我々の掲げる想いに共感して、出資してくださる株主の方が多くいらっしゃいました。その方たちの応援を裏切れないと思い、辛くても前に進むしかなかったですね。

バグや不具合は多少ありましたが、やるぞと決めた最初の設定通りにプロダクトが出来上がり、きちんと動いてくれました。修正はしていきましたが、大きな方向転換することなく進められて。最初は専用端末を作っていましたが、導入にハードルがあったので、皆さんに気軽にお使いいただけるようにスマホのアプリにしました。

そしてようやく、「AI-Contact(アイ・コンタクト)」というサービスをリリースすることができたんです。

交通事故のない社会を目指して


現在は、ジェネクスト株式会社の代表として、大きく2つの事業を展開しています。1つ目は、交通事故の鑑定。弊社の特許を使って、ドライブレコーダーの映像から事故に至るまでの経緯を分析し、裁判所に提出する鑑定書や意見書を作っています。

2つ目は、交通安全事業。安全運転を促進する車両管理システム、アイ・コンタクトを展開しています。現在、70社に約6500台が導入されています。特に導入が多いのは外回り営業が盛んな会社ですね。社用車に導入することで、1人1人がどういった運転をしているのか、道路交通法を遵守しているかどうかを見られます。

アイ・コンタクトが導入されたことで社員の運転意識が高まり、ある企業では、保険料を年間約2億円削減できました。さらに、年間40件あった事故がゼロになったという事例も生まれています。

2019年の死亡事故は約3千件ありましたが、その全てに道路交通法違反が認められています。交通ルールを守れていないことが、事故を引き起こしているのです。道路交通法を守る人を増やすことで、事故を減らしていけると考えています。

さらに、お客様から「ここまでの違反が検知できるのだから、そもそも違反をさせないためのものを作ってほしい」という要望を受け、車両走行時の未来予測ができるサービスを開発しました。運転者の道路交通法の順守状況などパーソナルデータを踏まえ、事前に道路の制限情報、標識情報をアナウンスする。違反を抑止するシステムを作ったんです。「無事故の日」である6月25日にリリースする予定です。今は企業中心でやらせていただいていますが、いずれ個人向けにも展開していきたいと思っています。

今後は、昨今社会問題化している、高齢者の免許返納問題にも切り込んでいきたいですね。

現状だと、75歳以上のドライバーが特定の違反行為をすると臨時認知検査が必要になります。この、75歳という年齢だけが基準になっているのが気になってですね。我々の見解では、年齢が危ないのではなく、認知機能が低下して道路交通法に違反する行為をすることが危ないんです。逆に言えば、歳を取っていても道路交通法違反をしなければ事故にはなりません。

例えば、70歳ぐらいからアイ・コンタクトを導入いただいて、年齢を重ねるごとに違反が増えていないかどうかモニタリングします。違反が増えているようであれば免許を返納する必要がありますが、違反が減っているのであれば運転を続けられる。そんな風に、ご家族が道路交通法の遵守状況をモニタリングできるツールをご用意していきたいですね。

加えて、それはいつかくる自動運転の時代にも役に立つと考えています。ある企業の自動運転の実証実験のデータによると、自動運転車両よりも、人が運転している相手車両の道路交通法違反によって、事故が起きているそうです。自動運転の車両が安全でも、一般車両が道路交通法を守らなくては意味がありません。私たちはどんな車両に対しても道路交通法を守っているかどうかを確認することができるので、自動運転の世界がきても、技術を提供する用意はあります。

目指すのは、交通事故のない社会です。SDGsにも世界の交通事故死者数を半減させるという目標があるので、さらに取り組みを進めたいですね。

人々が安全に過ごせる事故のない社会へ。交通事故で悲しむ人を一人でも減らすために、これからも事業を続けていきたいです。

2021.06.14

インタビュー | 粟村 千愛ライティング | 高橋 明子
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