未知の世界に飛び出せば心震える出会いがある。 人や場所をつなげて「感動体験」を増やしたい。

全日本空輸株式会社(ANA)でプロジェクトマネジメントに携わりながら、ONE JAPANでの社外活動で地方創生にも精力的に取り組んでいる高野さん。幼少期から、未知の世界を知ることで「感動体験」をしてきたという高野さんが、実現したい世界観とは?お話を伺いました。

高野 悠

たかの ゆう|ANA Assistant Manager
1989年、神奈川県横浜市で生まれる。横浜国立大学海洋空間システムデザインコースで航空宇宙工学を学んだ後、全日本空輸株式会社(ANA)に総合職技術職として入社。整備に関わる受託や委託、プロジェクトマネジメントに従事しながら社内のアバタープロジェクトも兼務し、新規事業開発に携わる。社外では大企業の若手中堅有志団体の実践コミュニティ「ONE JAPAN」による大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE by ONE JAPAN」に応募、「地方創生航空券」の事業化を提案。

航空機への憧れ


横浜市で生まれました。父は飛行機好きで、よく僕に航空アクション映画を見せたそうです。繰り返し見続けた結果、泣いていてもその映画を見ると泣き止むようになりました。そんな風に繰り返し映画を見たり、飛行場に連れて行ってもらったりするうちに、気づけば航空機が好きになっていました。あんなに大きな鉄のかたまりが、たくさんの人を乗せていろいろなところに飛んでいける。率直にかっこいいなと思いましたね。

幼い頃は、色白でひ弱な体格で、物静かな子どもでした。親の言うことにも素直に従うような聞き分けの良い性格だったみたいです。

小学1年生の時、サッカーを始めました。それまでの学校生活では何かに本気で取り組むことがあまりなかったけれど、負けたくないから本気になって、夢中になっていきました。チームで動き、協調性が問われるサッカーをやっているうちに、よく喋る活発な性格に変わっていきました。

小学生の頃はサッカーだけではなく、塾や水泳など習い事をたくさんやっていました。でも、本当にやりたいことを絞っていくうち、最終的にはサッカーだけに。両親は、最初の選択肢はいくつか与えるものの、そのあとは僕の意志を尊重してくれました。「やりたい」と言ったことは基本的にやらせてもらうけれど、結果は自分で引き受ける。自分で決断する癖がつきましたね。

未知の場所での感動体験


小学6年生の時に、サッカーをやっている日韓の小学生が交流する機会があり、ソウルにホームステイできることになりました。僕にとって初めての海外です。初めての体験の連続で、文化の違いに驚き、とにかくワクワクしましたね。韓国のサッカー少年たちの練習量や、ストイックに取り組む姿勢にも刺激を受けました。知らない場所に行って、自分が知らない世界を知るってこんなに楽しいんだと思いました。

その後、地元の中学校を卒業し、県内の進学校へ。そこでもサッカーを続けました。高校2年生の時、サッカー部の遠征でスペインに行くことに。街を歩いていると、路上でストリートサッカーをしている子どもたちがいたんです。混ぜてもらって、一緒にサッカーを楽しむうちに、気づけばすごく仲良くなっていました。日本にいたら絶対にできないであろう刺激的な体験に、大きな感動を覚えました。

自分が知らない場所や、今までいた世界の外に行けば、新しい人やものに出会える。そうやって自分の世界がどんどん広がっていくことで、心が震えるような「感動体験」ができるんだと知りました。もっと知らない世界を見て、そんな体験をしてみたいと思うようになりました。

面白い人をつなぎ、面白い企画を


将来は、理系に進もうと考えていました。父の影響です。父は理系の大学を卒業して、工場勤務から鉄鋼会社の社長になっていました。現場を知った上で、会社を牽引する立場になったのがかっこいいなと思い、ひそかに尊敬していました。自分も技術を学び、いずれは経営者になりたいと思っていたんです。

幼い頃から航空機が好きだったこともあり、理系の中でも航空系の技術が学べる大学を選びました。

入学はできたものの、僕が希望する航空宇宙工学の研究室は受け入れ人数が少なく、狭き門でした。なので、大学の4年間はがむしゃらに勉強して、常に良い成績でい続けるよう努力しましたね。

希望の研究室に入って学ぶことができ、就職活動では、航空宇宙関連の企業に絞って受けていました。メーカーなど数社から内定をもらいましたが、ANAの「総合職技術職」という募集職種に惹かれました。総合職と技術職って全然違うのに、それを一つにして募集していたからです。そんな風に、見た目の違う何かと何かを繋げて面白いものを作れる会社なんじゃないかと思い、入社を決めました。

入社後は、航空機の整備を担う部署に配属されました。とても重要な業務とはいえ、一見「華やか」には見えない現場。いずれは経営にも携わりたいと考えていたので、会社の事業の一部分しか見えない自分に、もやもやした思いを抱いていました。

他の部署にはどんな人がいて、どんな仕事をしているんだろう。仕事を責務として捉えて淡々とこなすだけではなく、会社全体のことをより深く知ることができれば、楽しみながら仕事ができるんじゃないか?そう考え、他の職種の人たちに話を聞きに行ったり、飲み会に参加したり、積極的に交流を持つようになりました。

部署の課長も僕と同じような考えを持って、社内のいろいろな部署の人と交流しているタイプでした。忌憚なく意見を交わすうち、僕の考えを深く理解してくれたんです。ある時、課長から「いろいろな企業の人と関われる面白そうな社内公募がある」と教えてもらいました。それは、業種や職種、年齢も様々な人たちが集まり共に暮らす企業寮「月島荘」の入居者の募集でした。僕自身もすごく興味が湧いて応募。入居できることになりました。

「月島荘」は、複数の企業がシェアしている企業寮。多種多様なビジネスパーソンが一緒に暮らしながら、企画を作ったり時には仕事にしたりと、様々な取り組みをしていました。僕は寮ができて2年目で入ったので、すでにいくつかコミュニティが出来上がっていて。溶け込めるか不安でしたが、温かく受け入れてもらい、入居者と仲良くなることができました。

ある日、寮の中での秋祭りのイベントを企画しました。寮内には、自分から積極的に人と関わろうとする人ばかりではなく、あまり顔を出さない人もいます。そういった人たちにも来て欲しいと思い、巻き込むにはどうしたらいいか考えました。全体に告知するだけでなく、個人的にアプローチを続けましたね。

すると当日、普段は出てこない人が顔を出してくれ、企画していたビジネスプランを作るワークショップに参加してくれました。そこで出てきた事業計画書が、すごく面白かったんです。衝撃を受けました。

みんながみんな社交的なわけじゃないから、自分から表に出てくる人は限られています。でも、普段出てこない人の中にも、面白い人はたくさんいるんですよね。まだ知らない面白い人たちと繋がりたい、より多くの人を巻き込みたいという意欲が湧きました。

もっとたくさんの面白い人たちと出会えば、さらに面白いアイデアが生まれるはず。そう思って、主体的に周りの人を巻き込み、イベントを企画していきました。システムデザインに詳しい知り合いを招いてワークショップを開いたり、社内の事業に寮のメンバーから意見をもらって、ブラッシュアップする機会を作ったり。新しい出会いやきっかけが生まれるような場作りに取り組んで、毎日新鮮な刺激を受けていました。

「外の世界」をつなげる


寮での毎日は、多くのつながりが生まれ、常にたくさんのチャレンジをしていたので、「非日常」が続いているような感覚でした。しかし、寮の入居期間は2年間。退去の日がやってきました。

寮を出るときはみんなでパーティーをして、すごく楽しかったですね。同時に、すごく寂しかったです。この非日常から日常に戻ることでチャレンジが終わってしまうような、そんな寂しさを覚えました。

寮を出てすぐ結婚したこともあり、会社でしっかり頑張ろうと気持ちを切り替えました。しばらくは会社の中で、日々の業務に向き合っていました。しかし、一年くらい経つとどこか物足りなさのような感情が芽生え始めたんです。

そんな時、社内で「アバタープロジェクト」という新規事業が立ち上がることになりました。遠隔地から様々な感覚を受け取ることができるロボットを使って、何か新しいビジネスを生み出そうというプロジェクトです。

アバターさえあれば、同じ場所にいながらにして、あたかも移動したかのような体験が可能です。僕はもともと、自分が知っている外の世界を知ることで高校のときのような「感動体験」をしたいと思っていました。それまでは、そんな体験をするためには物理的な移動が重要だと考えていたんです。

でも、アバターのような仕組みを使えば、物理的な移動が必要ないかもしれない。アバターを通して、まだ知らない外の世界とつながることができるなら、本気で取り組む価値があるんじゃないか。そう思ってからは、医療や教育、釣りなど様々な領域で応用できないかと模索していきました。

病気で外出ができない入院中の子どもたちに、アバターを通して外の世界を見てもらう取り組みをしたり、不登校の生徒たちがアバターを通して登校できるようにしたり。企画から、提案営業、オペレーション、調整まで、なんでもやりました。自分で一から案を練って形になっていく過程で、事業を作る面白さを実感しましたね。

地方の魅力を伝えたい


アバタープロジェクトを2年くらいやったところで、事業は軌道に乗り、株式会社化することに。僕もプロジェクトからはいったん離れることになりました。少し落ち着いたところで、また物足りなさを感じ始めて。何かしたいと思うようになりました。

ちょうどその頃、寮生活をしていた時に参加した、大企業の若手中堅有志団体の実践コミュニティ「ONE JAPAN」で、大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE by ONE JAPAN」という新規事業の創出を応援する新しいプログラムが始まることを知りました。

ちょうど新型コロナウイルスが蔓延した影響で、航空業界をはじめとして、多くのビジネスが打撃を受けている頃でした。新しい事業にコストを投じることができない状況ではあったものの、苦境に立たされている地方に何かできないかと頭を悩ませていたタイミング。これは参加するしかない、と思い立ちました。

僕は、学生時代は外の世界をみたくて海外ばかり旅行していましたが、社会人になってからは国内も知っておこうと、47都道府県を巡っていました。その中で、大金を払って海外に行かなくても、日本でこんなに面白い体験ができるのかと衝撃を受けたんです。日本に住んでいるのに、こんなに面白い場所を知らないのはもったいないと感じました。そんな、「日本国内のまだ知られていない魅力を、より多くの人に知ってほしい」というかねてからの想いを、今こそ形にできるのではと思ったんです。

プログラムに応募して、「地方と都心をつなげる」アイデアを形にしていきました。メンターの方からのフィードバックに加え、独自に勉強会を開いて、周りの人からの意見を取り入れていきました。その中で、自分一人では到底思いつかなかったような案が出てきて、どんどん事業がブラッシュアップされていったんです。

一人ですべてを考えて実行するのではなく、人それぞれの得意分野を組み合わせたほうがより良いアウトプットができると気付きました。大企業の中では、丁寧に仕事をして、ミスや漏れなく一回で案を通すことが美学とされている感じがします。でも新規事業では真逆で、いかに人から叩かれて、何回揉まれるかが重要なのだとわかったんです。会社の中での仕事のやり方とはまた違った方法や楽しさを学びましたね。

加えて、プログラムを通じて家族への感謝が大きくなりました。3カ月全力で取り組んだ後に決勝進出になったと報告したところ、妻が「何か良く分からなかったけど、応援してたやつ、それだったんだ!おめでとう!」と言ってくれて。娘がまだ1歳になったばかりで育児が大変な時期なのに、なんだかわからないものに取り組む自分を応援してくれる、無償の愛に驚きました。本当に妻に感謝してます。

最終的には、「地方創生航空券」というサービスを考えました。地方創生事業者、旅行者、航空会社が連携したビジネスモデルです。具体的には、まず空席分の航空券を原価で販売。それを購入した旅行客が行き先の観光地で消費して、地方創生事業者に収益が発生した場合、地方創生事業者から航空会社へ送客料が支払われる、という仕組みです。この案はプログラムの最終選考まで残り、引き続き事業化を検討していこうと取り組んでいます。

感動体験を生み出す


現在は、ANAで航空機の整備に関わる受託や契約関係を担いながら「ANAアバタープロジェクト」も兼任しています。加えて、大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE by ONE JAPAN」で考案した、地方創生航空券の事業化を検討していこうと取り組んでいます。

いまの航空事業は、多くの場合、需要があるところに航空機を就航させています。しかしこれからは、航空会社が能動的に、就航地への需要を生み出すことに、より力を注いでいく必要があると考えています。まだ知られていない地方の魅力を引き出し、地方創生につなげていけたら最高ですね。「地方創生航空券」がその第一歩になればと願っています。

さらに、これは日本だけではなく、世界の国々に対しても同じです。各地で魅力を発掘することでその国も潤うし、世界がつながっていく。そうすれば、世の中をもっと面白くできるのではないかと考えています。

僕が目指すのは、「感動体験」を増やすことです。今自分がいる場所の外に飛び出すことで、知らない景色を見て、知らない人やモノと出会い、心が揺り動かされる。そんな感動体験を、もっと多くの人にしてほしいし、自分自身がしていきたいと思っています。

外の世界へ飛び出す手段は、航空機に乗るようなリアルな移動でも、アバターのようにバーチャル空間を使ってでも、なんでもいいと考えていて。コロナ禍を機にオンラインでのつながりが増え、その良さを身をもって感じました。一方で、やはりその場の空気感や肌で感じる刺激については、まだ技術が追いついていない部分もあると感じています。そこに関しては、リアルの世界での物理的な移動を通した感動体験を追求していきたいですね。

一人では成し遂げられないようなことも、知らない人とつながり、巻き込んでいくことで可能になると実感しています。これからも人と人、人と場所とをつなげて、感動体験を生み出す事業を作っていきたいです。

2020.11.23

インタビュー | 粟村千愛ライティング | 安心院彩
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