生み出したいのは本質的な喜び。仲間とともに、未来を加速させる企てを。

現役東大生で、起業し理系就活生と企業とのマッチングサービスを提供する株式会社POLの代表を務める加茂さん。パーフェクトに見える加茂さんですが、「苦手なことはいっぱいあるし、僕じゃなくてメンバーがすごい」と語ります。加茂さんの事業・組織づくりの原点、目指している自分とは?お話を伺いました。

加茂 倫明

かも みちあき|株式会社POL代表取締役CEO
株式会社POL代表取締役CEO。東京大学工学部3年休学中。 高校時代から起業を志し、国内外3社での長期インターンを経て、2016年9月にPOLを創業。 LabTech(研究×Technology)領域で研究者や理系学生の課題を解決して科学と社会の発展を加速すべく、研究者版LinkedInの『LabBase』、産学連携を加速する研究者データベース『LabBase X』、研究の未来をデザインするメディア『Lab-On』などを運営している。

いたずらっ子のエンターテイナー


京都府京都市で生まれました。幼い頃からわんぱくで、よく外を走り回っていましたね。いたずらを仕掛けるのが好きで、友達や先生に悪さをしては怒られていました。学校から親に電話がかかってくることもしょっちゅうでしたね。でも、目立つのが好きだったし、周囲の人の反応を見るのが楽しくて、いくら怒られても懲りずに仕掛け続けました。

4歳の時、ピアノの上手な母の影響で、ピアノを習い始めました。音楽を聞いたり演奏したりすると大きく感情を揺さぶられるんです。音楽が大好きになりました。

小学校から塾に通って中学受験し、進学校として有名な中高一貫校に進学しました。入ってみると、優秀な人ばかりでしたね。小学校の時は周囲よりも勉強ができたので、上には上がいるんだと圧倒されました。

でも、それで悔しいとは思いませんでしたね。成績が悪いわけではなかったし、みんなが得意な学力で戦わなくてもいいと思ったんです。それよりも、自分には向いてることがあるんじゃないかと感じました。勉強よりも、他のことに打ち込みましたね。

その一つがラグビー部。中学から入部し、練習に打ち込む毎日でした。体が大きくはなかったので、僕が相手とまともにぶつかるとぶっ飛ばされます。でも仲間には、ぶつかっても負けないごつい奴がいるんですよね。ぶつかるのはごつい奴に任せて、僕は司令塔のスタンドオフというポジションとして、サインプレーを作って相手を抜く方法を考える役割に徹しました。ラグビーには明確に役割があって、自分の役割を果たすことで体格によらず価値を発揮できることを学びました。

さらに、文化祭でも出し物の企画をして、クラスを盛り上げましたね。友達と一緒にアイディアを出して、面白いゲームを作ったり、ドッキリを仕掛けたりといろんな企みもしました。あるときは、授業をする先生に対して、クラス全員でドッキリを実行したこともあります。

授業中に僕が「先生、トイレに行ってきていいですか」と聞いて、いいよって言われたら、クラス全員でバッと立ち上がってトイレに行くんです。先生だけポツーンと取り残されて、後ろから「こらー!」と聞こえてきましたね。別の先生には、授業中、教壇の下にずっと一人の生徒を隠れさせておいて、授業終了5分前にいきなりバーンと出てくる、というドッキリを仕掛けました。本当しょうもないドッキリですけど、クラスが一丸となって仕掛けているグルーヴ感がたまらなかったです。いつもあんまり話してくれない子も参加してくれて。自分たちが作ったユニークなものでみんなが笑顔になるのが、すごく嬉しかったです。

友達には冗談混じりに「平成のスティーブ・ジョブズ」って呼ばれてましたね(笑)。でも自分でも、ラグビーのサインプレーや出し物の企画、日々の遊びの企みなどを通して、何か楽しいこと、面白いことを生み出すのに関しては、周囲より得意だなと感じるようになりました。学力には上がいるから、自分にはクリエイティブなこと、エンターテインメントの方が良さそうだなと思うようになったんです。

生きた意味を遺したい


エンターテインメントに携わりたいという思いに加え、高校までピアノを習い続けていたことから、徐々にミュージシャンになりたいと思うようになりました。自分で作曲もしていたし、音楽でぶち上がる瞬間が好きだったので、DJもいいなと考えていましたね。

2年生になった時、祖父が他界しました。初めて経験する、身内の死でした。その時、「いつか自分も死ぬな」と思ったんです。「なんのために生きんねん」と考えた時、死んだ後も何かを遺したいと強く思わされました。生きている間が楽しくても、死んでシュッとゼロになってしまうのは悔しいし虚しい。だから、死んでも「あいつ、生きててよかったな」と思われるような、自分が生きた意義を遺したいと思ったんです。

そう考えると、ミュージシャンでもいいけれど、他の道もあるのではないかと感じました。父の部屋にたくさんあった起業家の伝記を読んでいた影響もあり、ビジネスにも興味が出てきたんです。人に言われてあれこれやるのが苦手な自分に、起業は向いているかもしれないと感じました。さらに、起業したら自分の好きなことを追求して、より多くの人に影響を与えられるんじゃないかと思ったんです。

起業するなら東京に行った方がいいと考え、東京の大学を志望しました。周囲がレベルの高い大学を受けていたこともあって、最難関を受験。一浪の末、目指していた東京の大学に入学することができました。

世界は凹む


大学に入ってすぐ、たまたまインターン先を探せるイベントのウェブ広告が流れてきました。特にインターンしたいと思ってはいませんでしたが、好奇心で行ってみたんです。そしたらなんだか面白そうで、特に出展企業の中でも一番小さい、クリーニングなどのサービスを提供している会社に興味を持ちました。社長の近くで働ける方がいいと思ったんです。その場で一気に社長や役員の方とお話しして、インターンとして働けることになりました。

1年間、社長直下で新規事業を開発するのが、僕に与えられた仕事でした。主に市場リサーチを担当し、海外でのヒット率が高いベンチャーキャピタルや投資家の最新の投資先を調べ、そこに投資した理由や背後のマーケット需要などを分析しました。加えて高齢化や技術革新など今後起きるであろう社会の変化を予測した未来年表を作って、そこから逆算して市場の変化を予想したりもしましたね。ひたすら考えて社長に壁打ちする毎日。最終的にはウェアラブルデバイスが流行ると踏んで、ウェアラブルデバイス用のキラーコンテンツを作ろうと企画開発しました。

結局、事業はうまくいきませんでしたが、遅刻はするなという基本的なことから、物事の本質は何かという深い部分まで、社会人として大事なことをたくさん教えてもらいました。週1、2回社長さんとがっつり議論できたのも貴重な経験で、問いを出されても答えられないことに、考えの甘さを痛感しました。「社長はすごいな」と思いましたし、自分でもやってみたいという気持ちが高まっていきました。

そんな気持ちで、1年生のうちから3、4年生向けの就活セミナーに何度も出席していました。するとセミナーを企画していた会社の社長さんに話しかけてもらい、「実績のある社長が今度シンガポールで新しく会社を作るみたいだから、立ち上げ期に行ってみないか」と誘われたんです。めっちゃ面白そうと思い、二つ返事で行くことにしました。

ビザの都合もあり半年の約束でシンガポールへ。会社の立ち上げ期に参画し、ダイエットのためのサービスを開発していきました。新しいプロダクトを作るときは、「100%正解だ」と自信を持って一個一個の意思決定をすることはできません。正解はなくて、決めの問題なんですよね。しかし、検証やヒアリングをしても決めきれず、時間だけが経っていきました。

何とか、半年の期間内にサービスをリリースすることができました。すると、お客さんから問い合わせが入り、「サービスを使って痩せました」という喜びの声が届いたんです。そのとき初めて、「世界は凹むな」と思いました。それまでは、自分がユーザーに影響を与えるとか、社会を変えるという実感を持っていませんでした。でも、自分がリリースしたサービスを使ってくれる人がいて、しかも喜んでくれている。小さくてもユーザーが、一部の社会が変わったっていうことじゃないですか。自分が社会に影響を与えられるんだという、実感を得ることができたんです。それがすごく楽しかったし、やりがいがあることだと思いました。

一番の課題は、仲間がいないことだよ


日本に戻ると、別の企業でもインターンさせてもらいながら、事業のアイディアを探しました。すぐにでも自分でやりたい気持ちはあったのですが、まだやりたいと思える事業がなかったのです。

事業をするなら、自分が好きで情熱を持てるものがいいなと思い、最初は音楽サービスを検討しました。しかし、以前のインターンで出会った人と久しぶりに話している時に、海外のエンジェル投資家のようなサービスが日本にもあったらいいね、という話で盛り上がりました。海外にある起業家と投資家を繋ぐSNSのようなサービスを、日本でも作りたいと考えたんです。その人と一緒にサービス化を目指して取り組むことにしました。

エンジニアも巻き込んでサービスを作っていたある日、参加していたイベントで、お世話になっていた人から「あの人に相談したほうがいいよ」とある投資家を紹介していただきました。その場では挨拶だけして後日オフィスに遊びに行かせてもらい、自己紹介してからやろうとしている事業をプレゼンしました。

すると「うまく行かないと思うよ」と言われたんです。起業家と投資家を繋ぐサービスには、僕の原体験もないし、強みもない。起業してエンジェル投資家をやっている、スタートアップ界隈で知名度のある人が作るならわかるけど、一学生が作るサービスを企業が使うと思う?と。

しかしその上で、「でも、やったほうがいいよ」とも言われました。やめろって言われてやめても自分自身が納得しないと意味がないし、あとでやっとけばよかったと後悔するくらいなら挑戦したほうがいい、と言うんです。

それを聞いて、すごいなと思いました。普通の投資家はビジネスアイディアを評価するものですが、その人は僕の持っているアイディアじゃなくて、僕自身を見てくれた。それが嬉しかったですし、さらにアドバイスから圧倒的な器の大きさを感じて「おー!」と思いました。

しばらく事業を進めてからまたオフィスを訪ねると、今度は「加茂くんが経営者として成功する上で、一番の課題はなんだと思う?」と聞かれたんです。「ビジネスアイディアですかね?」と言うと、返ってきたのは「仲間がいないことだよ」という答えでした。

人は一人では何もできない。だから経営チームを作るけれど、同じ覚悟を持った経営者が何人いるかでどこまで行けるかは変わってくる。事業と組織は両輪だから、まずは同じくらい覚悟を決めた仲間を見つけることが大事だよ、と。

自分の考えてもいなかった部分を指摘されて、この人は半端ないと確信しました。その優秀さと器の大きさに惹かれて、3回目に会いに行った時は「一緒にやりましょう」と共同創業をお願いしていました。話したのは全部で2時間もなかったと思います。でも、人生で一番いい意思決定だと思っています。

仲間がいるからより速く進める


個人で借金をし、投資家の方にも協力いただいて、まずは創業して投資家と起業家のマッチングサービスの事業化を目指しました。しかしやっているうちにだんだん難しくなってきて、別の事業のアイディアも考えるようになったんです。

そんなある日、理系の先輩が困っているのを目にしました。「研究が忙しすぎて、就活できひん」と言うのです。推薦でいけるあの会社でいいかな、など適当に決めようとしてるのを聞いて、勿体無いと思いました。専門的な研究をしてきているから、もっと自分のやりたいことができる、能力が活かせる職場を選んで就職できたらいいのにと思ったのです。

さらによく考えると、企業側の採用ニーズもあるのではないかと思いました。ビジネスとして成り立つかもしれないと思い、理系就活生と企業のマッチングサービスを考え、投資家の方にプレゼンしました。これなら、僕がやる強みも、情熱もある。事業化に向け走り出すことにしました。

最初は、全部一人でやらなければいけないので生産性が上がりませんでした。僕はかっちり物事を進めるのが苦手なところがあるので、そういう仕事は能率が下がります。仲間を見つけようという気持ちがあったので、最初は大学の先輩に声をかけ、巻き込みました。インターンとして手伝ってくれていた人をそのまま採用したり、以前仕事を一緒にやっていたエンジニアの人が参画してくれたりと、徐々にメンバーが増えたんです。すると、やっていることのスピードがガーンと上がるのを感じました。強烈なチームの力を体感したんですよね。

仲間ができると、全部を自分でやることもないんです。中高の時やっていたラグビーと一緒で、自分の苦手なことは得意な人に任せればいい。パーフェクトじゃなくても、自分ができることで価値を出せばいいんです。僕は細かい苦手なことがたくさんあるから、それはバンバン任せるようにしました。一方で、いい仲間を集めて、仲間が活躍できる環境を整えることを、大事にするようになりました。組織づくりにも力を入れた結果、事業も伸びていったんです。

本質的に人を喜ばせるために


今は、株式会社POLの代表として、「研究者の可能性を最大化するプラットフォームを創造する」ことをビジョンに事業を展開しています。理系学生と企業をマッチングさせる採用サービス「LabBase」のほか、企業と研究者のマッチングサービスも始めています。

全ての科学技術が研究開発から始まっているので、研究者の課題を解決してポテンシャルを解放することができたら、もっと未来が加速すると思っています。だから、意義を持って事業をやれていますね。事業を通してもそうですし、経営者としての振る舞いを通しても、社会をより良くできたらと考えています。

自分の事業を作って、仲間と一緒に進んでいく中で、僕の根底にあるモチベーションは「人を喜ばせること」です。サービス使ったお客さんが喜んでくれることが嬉しいし、従業員が楽しく働いているのもやりがいになります。人生のKGI、最終目標は「幸せ度」だと思うんですよ。どんだけお金持ちになっても、会社がうまくいっていても、幸せじゃなかったら良い人生とは言えないと思います。だから、僕自身も幸せになりたいし、メンバーも幸せにしたい、ユーザーもお客さんも幸せにしたいと思っています。

ただ、幸せは奥深い言葉で、今だけじゃなくて、人生をトータルで見る必要があると考えています。人生トータルで見たときに幸せに繋がる、本質的なものを生み出して、多くの人を喜ばせたいですね。それができたら、自分の生きた意義が遺せるんじゃないかと思います。目の前の人ももちろんそうだし、社会全体で幸せの総和が増えるよう、価値を生み出し続けていきたいです。

2019.12.26

インタビュー・編集 | 粟村 千愛
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