自然豊かな原風景を残した発展を。
礼文を切り取る写真に込める想い。

礼文島で写真家として活動する宮本さん。国内外を渡り歩く中で東京に暮らし続ける違和感を抱き、子どもが生まれることをきっかけに礼文への移住を決めたそうです。礼文の原風景を娘世代に残したいと語る背景にはどんな思いがあるのか、お話を伺いました。

宮本 誠一郎

みやもと せいいちろう|写真家
北海道の礼文島で写真家、自然ガイド、環境アセスメントの調査などの仕事を行う。

国内外を飛び回った20代


千葉県柏市で生まれました。家の周りは森や林に囲まれていて、通学路には田んぼも畑もあるような場所です。小さい頃から自然の中で遊ぶことが多かったですね。木の上に基地を作ったり、ターザンのように木から木へ移動したり、カブトムシを採るのが楽しみでした。

勉強はあまりせず、外で遊んでばかりでしたね。特に、遠くに出かけることが好きでした。中学の時には親戚が住んでいる四国を電車で一周して、高校に入ってからは同じ四国を自転車で一周しました。

新しい発見があるのが楽しいんですよね。こんなところあるんだ、ここは絶景だなと、どこに行っても新しいものばかりで、旅をする時は何もかも楽しかったです。

高校卒業後は、海外含め色々な場所に行きたいと考えていました。テレビ番組などで見る世界への漠然とした憧れが大きいですね。海外に行ける仕事に就こうと、船乗りを志望しました。

しかし、商船会社に電話をかけてみると、商船学校以外の普通校からは入社できないと言われてしまって。最初の挫折でした。

最終的に、自衛隊なら船に乗れるじゃないかと思い、海上自衛隊に入隊しました。配属は機関科の電機員という職種で、休みもあって金銭的にも安定した生活を送ることができました。

働き始めてから、趣味で写真に関心を持つようになりました。もともとは旅行先を探すためにパンフレットなどの写真を見ていたんですが、北海道富良野の写真を見ていて、自分でも撮ってみたいと思ったんです。自衛隊では休みに外泊ができないので、趣味の旅行ができない分、仲間とサーフィンやテニスをしながら写真を撮ることが多かったですね。

2年ほど働き、自衛隊を除隊しました。単純に業務に飽きてしまったのが大きいです。機関科なので外に出ることがほとんどないんです。日の当たる場所で生活したいと思い、環境を変えました。

辞めた後は何で食べていこうか悩みましたね。本当は写真に関心があるけれど、一本で食べて行くのは難しい。結局、海外で働けると知り合いから誘われて、通信系の会社で働くことに決めました。

新しい会社の仕事は、電話局の内部システムを工事すること。1ヶ月で機械の使い方を覚えると、いきなり1年間エジプトに出張することになりました。

戸惑いはありましたけど、嬉しかったですね。給料が保障されて海外で生活できる。サダト大統領が暗殺された年で不安定な環境でしたが、私は何が起こっているのかよくわからぬまま過ごしていました。

その後もケニアに2年滞在したり、北米を転々としたり、出張後の休暇では国内を旅行して回ったりもしました。

娘に自然豊かな原風景を見せたい


色々な場所に足を運ぶ中で、ずっと東京に住むのはどうなんだろうという疑問を持ち始めました。個人的にケニアの環境がすごく自分にあっていたので、父が定年退職したら一緒にケニアに移住して、向こうで農場でも買おうと話をしていたんです。

ところが、父は定年後すぐに亡くなってしまいました。サラリーマン生活をずっと続けて死んじゃったらおしまいだよな、と思いましたね。好きなことをやって生活した方がいいんじゃないかな、と。

32歳になり、娘が生まれてからは、どこで子育てをするかという観点も加わりました。私の原風景が生まれ育った地元の森だったので、東京で育てるのは嫌だったんです。都会は望めばいつでも行ける場所。娘の原風景になるような自然の中で育てたいと思いました。

ただ、私の地元の柏もそうですが、昔は自然が広がっていても都市開発が進むと森がなくなってしまうんですよね。実家に帰って森だった場所に住宅ができているのを見て、「あれ俺の生まれたところこんなとこだったっけな」と思ったこともあります。

だからこそ、なるべく開発されないような場所を考えた結果、北海道と沖縄が思い浮かびました。特に北海道の礼文は娘が生まれる前年に旅行で訪れていて、島の活気に惹かれていたんです。沖縄から北海道まで自転車で旅行していたのですが、漁師さんが魚を持っていけと声をかけてくれるんですよね。そんなことは他の場所ではありませんでした。

事前に下見をして、いい所だと伝え続けていたので、奥さんと大きな相談をすることもなく礼文への移住が決まりました。

最初は、夏は礼文に住んで冬は沖縄で住もうと考えていたのですが、子どもの病院なども考えると一箇所で住んだ方がいいということがわかり、礼文で暮らすことに決めました。先の印象に加えて、個人的にエジプトにいるときに体調と気候が合わなかったこともあり、北のほうがいいというイメージがあったんです。

憧れだった写真家として食べていく


礼文では、以前から憧れながら挑戦できずにいた写真家として生計を立てたいと考えました。できるか分からないけれど、5年以内に1冊自分の本を出版するという目標を立てたんです。

つても何もありませんでしたが、アルバイトをしながら地道に写真を撮り続けようと決めました。アルバイトはスナックや工務店、スキー場のスタッフにプールの監視員と幅広くやりましたね。残りの時間は島を回って写真を撮っていました。

実際に撮り始めると、一定の手応えがありました。住んでしまえば、旅で来た写真家よりもいい写真が出せるような感覚が持てたんです。礼文の魅力を外に発信していきたいという思いも強くなりました。

結果的に3年目に1冊、5年間で4冊の本を出すことができました。観光ブームに乗れたのが大きかったですね。

撮った写真は出版社に売り込みに行ったり、絵葉書を作って地元のお土産やさんに置いてもらったり、札幌と東京の写真プロダクションに預けたり、旅行会社のパンフレットに使ってもらったりして生計を立てていました。私たちの前の世代のカメラマンとは違ってギリギリ生活できる程度の収入でしたが、なんとか写真だけで食べていけるようになりました。

礼文が暮らしやすい環境だったのも大きいですね。東京にいた頃から収入は半分程度になりましたが、生活費も下がります。たくさん貯金ができるわけではないですが、東京よりも生活は楽ですね。

東京でやりたいことはやりつくした感覚があるので、島の暮らしに物足りなさを感じることもありませんでしたね。むしろ、家の裏の歩いていける距離にスキー場があって、いつでも思う存分滑れる環境があって、こんないい所はないなと。吹雪く日もありますが、その時は外にでなければいいだけで、私にとってはとても良い環境でした。

30代が家族連れで移住してきたということもあって、島の人たちには歓迎してもらえました。商工会の青年部に入ったことで、地域での人間関係も広がっていきました。

その後、2007年頃から、自然ガイドの仕事もするようになりました。写真を撮る中で植物などに詳しくなったことがきっかけです。

山歩きをする旅行者の方にいろんな説明をして礼文の良さを伝えられるのは楽しいですね。できるだけ、団体客ではなく個人客の方に丁寧に説明をできるようにしていました。通り過ぎるだけの観光ではなくて、礼文島をちゃんと知ってほしいという思いが強かったですね。

島を原点に戻す写真


今は写真の仕事のほかに、自然ガイドの仕事、植物に詳しくなったことで、環境アセスメントの調査などもしています。今力を入れているのは、写真を使って自然環境の問題を伝えて、保全の啓発するような環境読本を作ることです。

写真を撮って礼文の魅力をアピールすることで着実に観光客は増えたのですが、その分山が荒れてしまったような現実もあるんです。多くの人を受け入れるために山を削って道路を広くしたり、人が来ないような奥地の自然の魅力を伝えたことで、今まで隠れていた場所が観光地になったり、自然環境が変わってしまいました。

これは自分たちに責任があるんじゃないかと思いますし、娘に原風景を残したいという目的とも相反してしまうんです。気づけば私が島に来た頃から、環境も島の人の気持ちも変わった部分が多いなと思います。

昔の状態に戻すことはできなくても、昔に近づけたい。そのために写真を使っていきたいなと思うんです。

具体的には、島の人に、今自然環境で起きていることを改めて伝えたいと考えています。意外と中の方が気づきにくいからこそ、写真を通じて原点に戻る意識が生みだせたらと思うんです。

礼文の観光は勢いをつけて拡大したので、島のサイズに合わない規模になっているんじゃないかと思います。個人的に、受け入れる観光客の倍くらいは島民がいないと環境を守りながら成長することはできないと思うんです。「自分の島」という認識を持つ人が多い状況では、荒れ方も変わると思うんですよね。だから私個人としては移住者が増えるのは賛成です。

こんなことに共感してもらうためには、その考え方で食べていけることを伝えるしかないと思います。需要と供給が一致していれば自然を壊さないでも回るということを身を以て発信していきたいですね。

今は保育料から高校までの授業料まで無料になり、私が移住して来た時よりも子育てをするのにいい環境になっています。仕事の部分さえなんとかなれば、前よりもいい島になっている感覚はあるんです。

だからこそ、これからも娘世代に原風景を残しながら島が発展していくような活動をできればと思います。

2019.08.08

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