未来をつくる新しいサービスを。会社への恩返しのために、僕にできる挑戦。

株式会社マイナビの新規事業として、地域活性のための農業メディアを立ち上げた池本さん。教師を目指した少年時代、ラグビーに全てを捧げた高校時代、人生を変えた一言。現在のお仕事にたどり着くまでの背景を伺いました。

池本 博則

いけもと ひろのり|株式会社マイナビ執行役員・地域活性事業部 事業部長
株式会社マイナビ執行役員・地域活性事業部 事業部長

こういう人になりたい


徳島県の山川町に生まれました。名前の通り山と川しかない田舎です。秘密基地を作ったり、畑を走り回ったり、家からマヨネーズを持ってきて畑のきゅうりを食べたり、そんなことばかりして育ちました。まさに昔ながらの田舎暮らしでしたね。

5つ上の兄がいて、僕が生まれる前から大きな病気を患っていました。20歳まで生きられるかどうかわからないくらいの難病で、必然的に、両親の関心は兄に向いていました。その影響なのかはわかりませんが、僕はずっと「手間をかけない子でいよう」と考えていましたね。遠慮がちで大人しく、良い子でいるように気をつけていました。

兄だけでなく母も病気がちなうえ、父は仕事が忙しかったので、僕を育ててくれたのは祖父母でした。公務員だった祖父と、生け花や絵画教室をしていた祖母は、常識を大切にする人たちでした。「当たり前のことを当たり前にやりなさい」といつも教わっていました。

小学生の頃は、担任の先生に憧れ、将来は学校の先生になりたいと思っていました。先生は、他人を否定せずに長所を伸ばしてくれる人だったんです。褒めてくれるけど決して甘やかさない。「これはお前の責任だから自分で解決しろよ。出来なかったらやり方は教えてやる」って感じで。そんな姿が、すごくかっこよく見えました。いつか自分もあんな先生になりたいと思いました。

夢を叶えるために、中学に入ってからは勉強に加えて課外活動にも力を入れました。陸上部とテニス部を兼部したり、演劇や生徒会もやってみたり。その中でも、一番影響を受けたのが、商工会議所が中学生向けに主催しているプログラムでした。

そのプログラムは、選抜された中学生が集まり、泊りがけで色々なことを学習するという趣旨でした。そこでは引率の大学生と高校生を「リーダー」と呼んで、彼らと一緒に過ごす中で様々な学びがあったんです。

最初、同じ中学生たちとの集団生活の中で、「なんでこんな大声で泣くの?」とか、「なんでこんなに興奮しながら意見を言い合うの?」「なんでこんなに大声で歌うの?」って、戸惑ったんです。そんな中、リーダー達が中学生をまとめる姿を見るうちに「あ、リーダーってこういうことをするんだ」と肌で学びました。人との関わり方を考える上で、大きな影響を受けましたね。

リーダーは地元の高校生から選ばれるので、リーダーになるために地元での進学を考えました。そんな時、県でも有数の進学校から推薦の話が舞い込んだんです。その高校で、県で初めてのラグビー部が作られることになり、運動部で好成績を修めていた中学生が集められていました。

元々その高校に行きたかったしラグビーも悪くないと思えたので、推薦を受けることにしました。挑戦するチャンスがやってきたと思いましたね。

辞めたら何も残らない


高校に入ってからはラグビー漬けの毎日でした。もうきつくてきつくて、最初の頃は泣きそうでしたね。早朝からホームルームも出ずに朝練して、放課後も夜まで練習して、その繰り返し。毎日倒れるくらい練習して、上下関係も厳しくて、何度辞めようとしたか分からないです。

でも、辞めたら何も残らないと思って踏みとどまっていました。同じように推薦で入学して、途中でラグビー部を辞めた先輩がいたんです。こういう生き方もあるって理解はできたんですけど、自分は最後までやってやろうって思いました。部活を続けていくうちに、ちょっとやそっとじゃ動じなくなったし、苦しい時も諦めないようになりましたね。全国大会に出たり、全日本代表にも選ばれました。

ところが、高校最後の大会で大怪我をしてしまいました。相手のタックルで脊髄を痛めてしまったんです。先陣を切って突進して、叩きつけられて、「でも大丈夫だ」って思って立ち上がろうとしても、足が動かないんですよ。「早く立てよ!」って声援が聞こえるのに、立てなくて。偶然そこにいたお医者さんが「これはあかん!」と言って、救急車を呼んでくれました。

診断の結果、半身不随となってしまい、半年間の入院を強いられることになりました。入院生活の中で、自分は大学に行けるのか、一生寝たきりになるのかなど、色んな不安が頭の中に渦巻いていました。リハビリのおかげで歩けるようにはなったものの、ラグビーを続けることはできなくなりました。

大学は指定校推薦で決めていたんですが、ラグビー部のマネージャーになるか、部活に入らなくても構わないと言ってもらえました。2つの選択肢から、僕が選んだのはラグビーからの卒業でした。

もうこりごりだったのかもしれません。いつも心のどこかでは辞めたいと思っていましたから。やっと辞められると、自分の中で踏ん切りがついたのかもしれないです。

大学では心理学を専攻しました。テストが無さそうという単純な理由でしたが、ラグビーを失った隙間を埋めるように勉強に打ち込みました。意外にも、始めてみたらすごく楽しかったです。

力になることを勉強しないと


大学2年の春休みに、初めて海外に行きました。「アメリカにバスケットの試合を見に行こう」と友達に誘われて、なんとなくその話に乗ったんです。

一緒に行った子は英語を話せたのですが、僕は全然話せないし初めての海外で、雰囲気に圧倒されていました。それで、見るもの全てに対して「すごいな」って言っていたみたいなんです。何でもかんでも、自分で気づかないうちに。

すると、帰りの飛行機の中で友達から言われてしまったんですよね。「同じ人間なんだから、日本だろうと海外だろうと大きな違いはないのに、なに圧倒されてんだよ」「人の可能性はもっと別のところにあるんだから、何かもっと他に見て学ぶことあるんじゃない?」って。

ショックでした。帰りの飛行機でそんなこと言われて、もうブルーになって。なんでこんなこと言われるのかな、と。今までずっとそう思われていたのかと思うと、ショックで。帰りのバスで泣きましたからね。

それで、「何か自分の力になることを勉強しないといけない」と思い始めたんです。友人の言葉に対して見返してやりたいと思ったのかもしれません。言われて初めて、目の前にあることを楽しんでばかりで、未来のことを全く考えていない自分に気づきました。この世の中を自分の手でどう変えたいか、どんな未来を作りたいのかを考えるようになりましたね。

それからは、英語とパソコンを学び、資格を取得してパソコン講師のアルバイトを始めました。講師に加えて、営業もするようになりました。ITバブルの絶頂期で引く手数多でしたし、大学の単位は取り終えていたので、ほとんどの時間をバイトに費やしていました。やりがいも感じていたので、卒業後もこの会社で働き続けるつもりでした。

ところが、4年生の夏にITバブルが崩壊し、会社の社員全員が解雇されることになったんです。残ったのは社長とアルバイトの僕だけでした。社長から「もう1回イチから頑張ろう」と言われたとき、これが本当に自分のやりたいことなのか?という疑問が生まれました。

「少し考えさせてください」と答え、気分転換も兼ねて北海道へ行きました。旅行するうちに「やっぱりでっかく生きよう」と思い、バイト先の会社から離れる決意をしました。自分が生きているうちに何か残したい、形にしたいという気持ちが膨らんで、踏ん切りがついたんですよね。

旅先から帰ってすぐに、就職サイトを開きました。やりたい仕事を明確にイメージしていたというよりも、一人前の社会人として通用する力を身に付けることを考えていました。自分が好印象を持てる会社を探す中で、毎日コミュニケーションズ(現:マイナビ)という会社に目が留まりました。

バイト先から出稿のお願いをしたこともあり、好感を持っていたので、選考に進みました。大学時代は営業に力を入れていた自負もあったので、社長との最終面接では「日本一の営業になりたい」と宣言し、内定を貰うことができました。

当たり前のことを当たり前にやる


入社後、毎日コミュニケーションズの大阪支社で就職情報サイトの営業に配属され、外資系企業の新卒採用を担当することになりました。入社したばかりの頃は自社のサイトをどうやって売り込むか、活用してもらうかばかりを考えていました。でも、本質はそこではないということが徐々にわかってきたました。

採用支援をするためには、クライアントの会社全体を深く知る必要があるんです。どのタイミングで何を学生にアピールして、何人面接してという段取りは決まっていても、そのスキームをこなすだけでは最適な人材は採れません。企業理念やビジネス内容、社風などは、実際に感じることでしか確かめられないからです。採用パンフレットやWebサイトを見ればある程度わかったような気になるけど、会社の本質は実際に顔を付き合わせないと理解できない。それを教えてくれたのはお客さんでした。

営業にやりがいを感じていたし、上司や先輩から学べることも多く、仕事が楽しいと思っていました。そんな矢先、担当していた大企業が採用を止めることになってしまったんです。その瞬間、もうこの会社で自分がやれることは無いと感じて、転職活動を始めました。

働いてみたいと思える会社もあったし、いっそのこと自分で起業しようかとも考えたりもしましたが、結局踏み切れずにいました。周りから言われた言葉に、後ろ髪を引かれていたんです。「お前が辞めたら、このマーケットはどうなるんだ」とか、「あの会社の採用はどうなるんだよ」「まだこの会社でお前が変えなきゃいけないことがあるだろう」とか。情に弱いので、こういう言葉は刺さりましたね。

あとはやっぱり、なんだかんだ言って会社が好きだったんです。1年目でも裁量を持たせてくれたし、なんでも相談できる雰囲気が自分に合っていました。秋採用でギリギリで内定を貰ったので、どこかで恩を感じている部分もありましたね。

そんなとき、東京の業務部長から「こっちへ来い」と、声をかけてもらい、4年目から本社勤務になりました。会社で一番大きなクライアントを担当し、もう記憶が飛ぶくらい働いていましたね。お客さんのオフィスに自分のデスクを置いてもらうくらい、一心同体で採用活動をサポートしました。

東京に来て5年目で部長になりました。すると、途端にお叱りを受けるようになったんです。「お前、わかってない」って。チームのミスを僕が一人でカバーしたことで、「お前がやってどうするんだ」と言われたり。

次第に、仕事のスタンスが変わっていきました。「自分」がなんとかしたり、「自分」の営業方式をナンバーワンにするんだという想いよりも、「みんな」で責任を持って「マイナビ」をナンバーワンのサイトにしたいという気持ちの方が大きくなっていったんですね。

それで、3年後に初めてマイナビが業界ナンバーワンになれたんですね。社内表彰で年間MVPと社長賞にも選んでいただきました。特別褒められたりすることはなくて、ひたすら当たり前のことを当たり前にやってきただけなんです。でも、ナンバーワンやMVPがその先にあったので、どんなに大切なのかを学ばせてもらいました。

与えられたチャンスに挑み続ける


現在は、株式会社マイナビの執行役員として、地域活性事業部を担当しています。地域活性事業部は今年から動き始めた部署で、採用支援の枠を超えた地域活性のためにマイナビができることを手探りしている状態です。

新しい事業を生み出すことはすごく大きな意味があると思っています。10年20年先、今のマイナビのビジネスモデルが劇的に変化している可能性はゼロではないからです。マイナビというサイトが人材業界の中で地位を獲得する過程を、僕自身一番そばで見てきたので、今の認知度やブランドにはすごい価値があると思っています。でも、日本の雇用のあり方は今まさに変わり始めているんです。だからこそ、もしもそうなったときの未来のために、次の軸になるようなサービスを自分の手で生み出せるなら、こんなにやりがいのあることは無いですよね。

そういう想いで、私の事業部が立ち上げたのが「マイナビ農業」という総合農業情報メディアです。地域活性に繋げるという目的で、僕たちが一番向き合って仕事をしたいと最初に思ったのが、農業でした。農業にまつわる情報を色々な切り口で発信することで、何かが生まれたり、繋がる場所になればいいと思っています。

また、就職という枠組みを超えて「キャリア教育」という観点から、若者向けのプロジェクトも運営しています。社会の未来を作っていくのは若者なので、そこにアプローチできるのもすごくやりがいを感じますね。

農業と若者に共通するのは、これからの未来に大きな影響を与える存在であるという点だと考えています。その領域にとって有意義で役に立つサービスを生み出すのって、すごく意味があると思うんです。手前味噌ですが、マイナビというサイトがここまで世の中に浸透していて、ビジネスとして成立しているって素晴らしいことだと思っていて。同じように農業・若者に向けたメディアを浸透させることができたら、すごいですよね。

まずはこの事業を軌道に乗せて、5年後も10年後も、今のメンバーが「この事業部で頑張ってよかったね」と思ってくれるような雰囲気を早く作りたいですね。

僕自身の目標としては、この事業を軌道に乗せたあと、また一山来ると思っていて。そのチャンスを活かせるように、挑戦を止めないように努力し続けたいです。この会社でずっと働いてきて感謝しているのは、任せてもらえることなんですよね。目指すゴールは決まっているんですが、アプローチに関しては裁量を貰えるんです。そういう環境で仕事ができるのを有難く思うし、期待されてる以上は成果を出したいと思います。

2017.11.27

ライフストーリーをさがす
fbtw

お気に入りを利用するにはログインしてください

another life.にログイン(無料)すると、お気に入りの記事を保存して、マイページからいつでも見ることができます。

※携帯電話キャリアのアドレスの場合メールが届かない場合がございます

感想メッセージはanother life.編集部で確認いたします。掲載者の方に内容をお伝えする場合もございます。誹謗中傷や営業、勧誘、個人への問い合わせ等はお送りいたしませんのでご了承ください。また、返信をお約束するものでもございません。

共感や応援の気持ちをSNSでシェアしませんか?