東京で生まれ育ちました。小さい頃から物事に対する好き嫌いがはっきりしていて、自分に関わることに対して、こだわりが強かったですね。服にもこだわりがあって、幼稚園の頃、着たくない服を出された時は、拒んでパンツ姿で外に逃げるほどでした。

両親は数学の教師です。親から勉強しろと言われたことはなく、私のしたいことを自由にさせてくれました。

小学5年のとき、親の影響で硬式テニスを始め、中学時代はテニスに明け暮れました。高校は部活ちゃんとできる学校を選び、テニス部に入りました。ところが、高校に入ってすぐに3年生が引退し、2年生がいなかったため、部員は1年生だけになってしまいました。しかも、顧問の先生はほとんど顔を出しませんでした。そんな中、私が部長に選ばれたんです。

もともと責任感が強く、学級委員を任されるようなタイプでした。みんなが納得できる意見に収束させて、段取りよく物事を進めるのが得意だったんです。

顧問不在で、1年生だけのテニス部でしたが、みんなで話し合って都大会優勝を目標に掲げました。週に6日練習し、お互いに教え合ったり、チームが一丸となれるように目標をシェアしたり、レギュラーではないメンバーが率先してマネージャーをやってくれたり。部長として、部員の得意な部分を活かしながら、目先の試合に勝つためではなく、引退までに優勝することを念頭に取り組みました。その結果、無事に高校3年生の引退試合で優勝することができました。チームで挑んだ団体戦だったこともあり、すごい達成感がありましたね。

部活をやりきったあとは、腰を据えて進路について考え始めました。大学では、天文学を学びたいと直感で思いました。小さい頃から、プラネタリウムにが好きだったんです。いろんな星があって、夢がある。数学と物理が得意だったこともあり、天文学部に進もうと高校3年の時に決めました。

でも、天文学を仕事にしたいと思って決めた進路ではありませんでした。外に出て人に会ったり、新しいことを吸収するのが好きだし、その時々で興味があることにチャレンジしたかったので、自分は研究職には向かないと感じていたんです。

将来の仕事には繋がらなくても、一度は天文学を勉強してみたいという気持ちが強く、4年間だけトライしようと決め、天文学部で名を馳せる仙台の大学に進学しました。