テレビが生み出す共感で、モノの価値を高める。試行錯誤の先に見つけた、地方創生という大義。

テレビ東京で、ネット通販と連動したテレビ番組『虎ノ門市場』『厳選いい宿』のプロデューサーを務める吉澤さん。田舎で生まれ育ち、唯一の娯楽であるテレビに夢中だった吉澤さんが、実際にテレビ局で働く中で見つけた大義とは。お話を伺いました。

吉澤 有

よしざわ ゆう|テレビ東京プロデューサー
テレビ東京のプロデューサーとして『虎ノ門市場』『厳選いい宿』の制作に携わる。

田舎から抜け出したい


茨城県の片田舎で生まれました。畑ばかりで、信号がひとつしかない町です。コンビニはおろか、酒屋以外に店もない、相当な田舎でした。

物心ついた頃から、早く田舎を抜け出したいと思っていました。周りからはちょっと変わった子だと思われていた気がします。気が合う友達もいなかったので。

町には娯楽がない、友達もいない。そんな環境の中、唯一の楽しみがテレビでした。特に中学に入った頃から、深夜テレビ番組にハマりました。すべての放送が終了した後に映るカラーバーを見ないと落ち着いて眠れないくらい、テレビに夢中でした。

僕が15歳の頃は、深夜番組の全盛期でした。専門家を呼んで、相当マニアックなテーマを扱う知的教養系の番組が流行っていたんです。チョコレート商戦を源平合戦に例えて解説する番組とか。自分の行動範囲には無いものばかりだったので、画面に映るもの全てが新鮮でした。

テレビの向こう側の広い世界と、僕が住む、あまりにも何も起こらない田舎とのギャップが大きくて、地元から出たいという気持ちがどんどん強くなっていきました。

高校時代は無我夢中で勉強しました。田舎から出るためには進学するしかなかったからです。大学に落ちたら地元のダンボール工場で働くしかないと思い込んでいたので、必死でした。楽しいことはほとんどなかったですね。

将来は、テレビ番組の影響で科学者になりたいと思っていました。アインシュタインのドキュメンタリー番組を見て、俺が宇宙の謎を解くんだって、やる気満々でしたね。大学は理系に決めました、でも家が貧乏だったので国立大学のみという条件で進学しました。

真実を伝えるのがかっこいい


工学部で画像工学を専攻し、画像解析やカメラの半導体の開発などを学びました。大学の授業は想像していたよりも面白くなかったので、勉強よりも写真部の活動に熱中するようになりました。ちょうど湾岸戦争の頃で、地球の裏側で起きている戦争がリアルタイムで日本に中継されるのを見て、「真実を伝えるのってかっこいいな」と感動したんです。

ロバート・キャパのような戦場カメラマンに憧れ、「第二次世界大戦を伝えた一枚」について、部員達と熱く語っていました。アルバイトでも写真関係の仕事をしたりと、とにかく写真漬けの毎日でした。写真に魅了され、将来の夢は科学者からジャーナリストに変わりました。

大学4年生の頃、世間は就職難真っ只中だったので、大学院に進学して就職活動の時期をずらすことにしました。大学院はしっかり勉強しないと卒業できないので、本腰を入れて勉強するようになり、研究室で過ごす時間が増えました。

そのときに、コンピューターにどっぷりハマりました。研究室には、自分では手が出ないほど高価な、何百万もするパソコンがあったんです。インターネットにも繋がっていました。カラープリンターもデジカメもあって、そういう機械をいじるのが楽しくて、遊び場にいるような感覚で研究室に入り浸っていました。

就職活動ではジャーナリストを志望し、新聞社や通信社、テレビ局などを受けました。その中でご縁があったのが、テレビ東京です。ちょうどITバブルが最高潮の時期で、テレビ東京では情報職という職種採用を行っていたんです。インターネットに特化した、専門性の高い職種でした。この職種ならコンピューターの知識も活かせると思い、入社を決めました。

夢のようなのガラケー黄金時代


入社後は3ヶ月の研修を経て、インターネット部という部署に配属になりました。インターネットビジネス事業のために新しく作られた部署で、自分で希望を出して配属になりました。

主な仕事は、番組の有料サイトのコンテンツ開発でした。ちょうどiモードがリリースされて、ガラケー向けのコンテンツ配信が始まった頃です。会社としても「これはいける」と、相当力を入れていました。アナウンサーの待ち受け画面とか、着ボイスとか、とにかく売れそうなものは全てコンテンツにしました。

ウハウハな景気だったので、番組で一回告知をするだけでものすごい人数がサイトの有料会員になってくれたんですよね。効果がすぐに見えるのが楽しかったです。

学生時代に憧れていたジャーナリズムからは遠い仕事でしたが、やりがいを感じていました。これからのテレビを作っているという実感があったからです。「これからはテレビとネットが融合する」と言われていた時代で、時代の最先端に関われることにワクワクしていました。

入社して1年も経たない頃、インターネット部はテレビ東京ブロードバンドという子会社として独立することになり、立ち上げメンバーの一人として新会社に出向することになりました。売り上げは右肩上がりの絶好調、マザーズに上場する直前までモバイル配信を担当しました。

旅とグルメで地方を元気に


子会社で4年間モバイル配信の責任者を務めたあと、本社のコンテンツビジネスのセクションに移動し、新規事業の立ち上げを担当しました。ネットで話題になっているコンテンツを番組で取り上げて、その権利を頂いて、出版化、映像化、ゲームソフト化する権利ビジネスです。

新規事業を続々と立ち上げていたのは、モバイル配信の黄金時代が終わりかけていたからでした。スマートフォンの登場によって、モバイル事業は夢のような好景気から、地獄のような不景気へとジェットコースターのように急降下していたんです。原因は、ガラケーからスマートフォンに変わり、コンテンツの競合プレイヤーが多くなったことでした。魅力的なコンテンツが多すぎて、テレビ局のサイトが全く優位に立てなかったんです。

稼ぎ頭だったモバイル事業が斜陽になり、DVDも売れない。売り上げを確保できる事業を生み出すため、新規事業を試行錯誤している最中に、リーマンショックが起きました。弱り目にたたり目で、危機的状況に陥りました。マスメディア、特にテレビは景気の影響を真っ先に受けるんです。ゴールデンのCMも埋まらない、番組スポンサーもつかない。社員の給料も上がらないくらいの大不況でした。

これから30年以上この会社で働くのに、このままではお先真っ暗だという危機感におそわれ、今まで以上に新規事業開発に全力で取り組むようになりました。

そんな流れの中で始めたのが、地方とグルメをテーマにした新規事業でした。地方のグルメ食材の、ネット通販です。

テレビ東京は昔から、旅番組やグルメ番組が目玉だったので、そういった「テレビ東京らしさ」を活かした事業を立ち上げたいという想いで生まれたのが、特産品のネット通販でした。

地方の食材を販売することで地方を元気にするのが目的でしたが、立ち上げ当初は、全く売れませんでした。「ネット通販ってこんなに売れねーんだ」と思いましたね。販売単価は安い、数量も限られる、賞味期限もあったりで、通販の中でも食品はすごく難しい商材なんです。売り上げゼロの状態が1年ほど続いたときは、これは相当ヤバい事業を始めてしまったと思いました。この事業のために社員が集められて、初期投資もして通販サイトも作って物流の連携もして、それなのに売り上げほぼゼロですから。

どうにか売り上げを伸ばすために、旅番組のCM15秒をもらって商品告知を始めました。例えば、那須高原の特集をした番組の最後に栃木牛のお取り寄せを紹介するように、番組に関連した商品の情報を流したんです。

15秒のお知らせでは効果が全然ありませんでしたが、このやり方に可能性を感じていたので、もう少し長い枠を作ろうということになりました。こうして、5分間の番組枠をいただいて、「虎ノ門市場」という番組を始めました。

試行錯誤の先に見えた大義


番組は、5分間の生産者ドキュメンタリーで、食材が作られた背景や生産者の想いを紹介し、最後にネットでお取り寄せできる構成でした。見て終わるのではなく、実際にお取り寄せして口に入れることによって、テレビを見ることと食事をひとつの体験に繋げるのが狙いでした。

最初は「もっとわかりやすいテレビショッピングの方が売れるだろう」とか「生産者ドキュメンタリーだから売れないんじゃないか」とかいう批判もありました。

しかし、事業を立ち上げた当初から、番組のコンセプトは「旅とグルメで地方を元気にする」だったので、生産者のストーリーを伝えたいという軸は変わりませんでした。上司からも「やがてみんなついてくるから大丈夫だよ」と言われ、信じて番組を続けていきました。

僕自身、現状では結果が出ていなくても、続ければきっと上手くいくという仮説が自分の中にありました。信念に基づいた仮説を証明するためなら、今がどんなに辛くても踏ん張れます。番組と連動したネット通販は他局でも例が無いし、最先端のものを作っているやりがいもありました。

5分枠の番組を続ける内に、少しずつファンがついてきて、番組枠が30分に拡大しました。徐々に売り上げも伸び、東日本大震災がきっかけになって注目度が上がりました。原発事故の影響で、社会全体が食の安全を重視するようになり、番組の反響が大きくなったんです。生産者の顔が見える番組として作っていたので、社会の流れとマッチしました。

この頃から、番組を作る上で意識するものが変わっていきました。番組のコンセプトである「地域創生」に対するビジョンが、より鮮明になったんです。日本各地に足を運んで、実際に生産者と顔を合わせて話をして、彼らの食材に対する想いを届ける。込められた想いを知ることによって、食材や生産地に対する視聴者の意識は変わります。その変化こそが、地方創生の第一歩になると思うんです。ただ売ることだけが目的ではなくて、地方に眠っている良い食材を守ることにテレビの存在意義があるんだと改めて感じました。

テレビだからできる地方創生


現在は番組プロデューサーとして、『虎ノ門市場』と『厳選いい宿』の制作を担当しています。番組は毎週月曜から金曜の帯番組になりました。

通常であれば、番組を作る上で一番重要なのは視聴率ですが、虎ノ門市場では放送を見たあとのアクション、つまり実際にお取り寄せをしてくれた人数を、とても大切な指標として捉えています。視聴者が特産品を購入するきっかけをつくること。それが我々ができる地域創生だと考えているからです。

そこに対するテレビの強みは、共感を生み出す力だと思います。過去にあった事例だと、普通なら冬に売られるみかんを夏に販売したことがあります。まだ青いみかんと、それを育てる生産者の映像を夏に流し、購入してくださった方には、生産者から毎月みかんの様子を知らせるお便りを送るんです。そうすると、購入者の方はまるで自分が育てたかのような感覚で、冬にみかんを受け取ることができます。半年見守ってきたみかんと、スーパーの果物売り場で初めて見たみかんとは、価値が違うんですよね。

真面目な生産者の姿勢が共感を呼び、モノの価値を上げるんです。共感を生むことによってモノの価値を高めることが、テレビができるモノの売り方だと思います。「あの人から買いたい」と思わせるようなコンテンツによって、視聴者の意識を変えていくこと。それが地方の食材や文化を守ること、ひいては地域創生に繋がるのではないかという仮説を、我々は持っています。

テレビという影響力が強いメディアに関わる以上、売れればいいやという目先の利益だけを追求するのではなくて、その先の大義を意識する必要があります。「虎ノ門市場」という番組の大義は、地方創生に対してテレビがどのように貢献できるかを、10年20年かけて実証していくことだと思います。

地方創生というテーマに対して、様々なアプローチがありますが、共感から始まる地方創生はあまり行われていないような気がします。どうしても、新しい名産品や観光地を作る方に向いてしまう。必要なのは、今あるものに磨きをかけて、その魅力を伝えることだと思うんです。それこそがテレビの強みだし、なすべきことだと思います。

田舎へのコンプレックスを持っていた自分が地域創生に関わる仕事をするようになったのは、宿命というか、運命だと思うんですよね。やっぱり自分が田舎育ちだからわかることって、あるんですよ。

盛り上げようと思っても盛り上がらない村の空気とかね。「なんでこうしないの?」って言っても「いや、それはね」って断られるんですよ。みんな家族経営でやってるから、他所からわからない人連れてきても上手くいくはずがないって田舎の人が思うのもすごくわかる。

そういう背景を知っている自分だからこそ、想いを伝えるコンテンツ作りにはこだわれると思っていて。田舎での18年の生活のなかで、なんとなく感覚的にわかってることが活かされるかなって感じますけどね。

あとは、個人的に一人の親として、子供たちのためにも、田舎の暮らしを伝える必要はあると思っています。例えばうちの娘は東京生まれ東京育ちなので、地方の生産者のこととか、農家や漁師の暮らしだとか、理解できないと思うんです。

そういうものを、自分の子供にも体験させてあげないと、何年か経ったとき、俺と娘がちゃんと会話が出来ない気がするんです。感性が違いすぎて。うちの子だけではなくて、今の時代の都会育ちの子どもはほとんどそうでしょう。そういう意味でも、地域の情報発信は自分ごととしてやらなければいけない仕事だと思っています。

随分長く色んなところを取材してるので、全国の生産者の方からぶどうやら松茸やら季節の食材を頂くようになって、なんだか人生経験が豊かになったような気がします。テレビ番組って、1クール2クールで終わってしまうことが多いんですよ。視聴率が悪かったらそこでおしまいになるし、スポンサーがつかなかったら打ち切られるし。そんな中で、10年近く番組をやらせてもらってるのはありがたいと感じますね。

2017.09.18

ライフストーリーをさがす
fbtw

お気に入りを利用するにはログインしてください

another life.にログイン(無料)すると、お気に入りの記事を保存して、マイページからいつでも見ることができます。

※携帯電話キャリアのアドレスの場合メールが届かない場合がございます

感想メッセージはanother life.編集部で確認いたします。掲載者の方に内容をお伝えする場合もございます。誹謗中傷や営業、勧誘、個人への問い合わせ等はお送りいたしませんのでご了承ください。また、返信をお約束するものでもございません。

共感や応援の気持ちをSNSでシェアしませんか?