浅野 理可さんの人生インタビューを最初から読む

そうだ!私が造ればいいんだ

大学に入ってから、人生で初めて日本酒について勉強しました。それまで、酒蔵で生まれたからといって、特に何かをして来たわけではないですから。お酒の味を覚えたのも、この頃からですね。同じ学科の先輩が知り合いを集めて、蔵の跡継ぎばかりで飲んだりもしていました。すべての経験がとても新鮮でした。

大学時代は、立ち飲みもできる酒屋で4年間アルバイトをしていました。そこには、お酒好きな常連さんがたくさんいらして。最初は楽しく話しているだけで良かったのですが、私が蔵元の娘だと分かると、だんだん、実家のお酒について訊かれるようになるんです。「どういうコンセプトなの?」「どういう気持で造っているの?」と。

私は家の酒造りに関わっているわけではないので、全く答えられません。最初は「杜氏さんに聞いておきます!」と答えていましたし、心の中では答えられなくて仕方ないなと思っていました。

しかし、訊かれる回数が増えていくと次第に、自分の知識が乏しいことや、答えられないことに悔しさを感じたりもするようになって。「また答えられんかったわ」「答えられたらもっといろんな話ができるのに」と。

そんな時、お客さんから「自分で造ればいいじゃん」と言われたんです。最初は、女性が酒造りをしているなんて聞いたことがなかったので、「私でもできるんですか?」と聞いちゃいました。すると、最近は女性の蔵人も多いからと言われ、そういう選択肢があることを知りました。

それで、ある日のアルバイト中に、「酒造りをする」と決意したんです。お酒に込めた気持ちを語るために、自分で蔵人になればいい。そう思ったんですね。お客さんの前で宣言すると、みんな応援してくれました。お客さんに喜んでもらえるのが嬉しくて、期待に応えたいって思いましたね。

実家を継いで、しかも酒造りをすると決めたので、4年の時には酒造りの研究室に入り、山形の酒蔵の息子さんとペアを組みました。泊まり込みで麹を作ったり、毎日学校に行って発酵の具合を見たりと仕込みをするんです。2人とも面倒くさがりだったので、毎日何かをする大変さも感じましたが、ドキドキワクワクしながら酒を造っていましたね。

働き始めて感じたプレッシャー

シェアして応援