神社や神職を身近な存在にしたい。日常にある信仰の心を大切に。

東京都港区にある愛宕神社で神職として働く松岡さん。宮司の娘として生まれた松岡さんにとっては、小さな頃から身近な存在だった神社や神職。長い歴史のある神社・神道も、時代の移り変わりに合わせて、新しい方法を取り入れた方がいいとお話しされる背景とは。お話を伺いました。

松岡 由里子

まつおか ゆりこ|禰宜(ねぎ)
東京都港区にある愛宕神社で禰宜として働く。

神社の娘がキリスト教系の学校に


東京都港区にある愛宕神社の宮司の娘として生まれました。神社の世界では、男性にしか仕事を継がせない家もあるのですが、私の家では、姉と私のふたりの娘が神職になるように育ててくれました。

幼い頃から大祭式などは手伝っていましたし、子供用の装束を作ってもらっていました。お祭りの意味はよく分かっていませんでしたが、大切な式典なんだなと感じていましたね。将来は神職になるのかなと、何となく思っていました。

普段から、よくお社で遊んでいました。当時は自由に焚き火をしても良い時代で、落ち葉を拾い、銀杏や焼き芋を焼いて、参拝者の方におすそ分けしていました。日本の原風景というか、自然の残っている景色が目に焼き付いていますね。

内気な性格だったので、小学校に入る前はいじめにあうことがありました。宗教がベースになっている学校ならいじめはないだろうという親の配慮で、キリスト教系の私立の小学校に通いました。

キリスト教に憧れたこともありましたが、私にはキリスト教よりも神道の方がしっくりきていましたね。感覚的なのですけど、何となく。

神道は、宗教ではなく、「道」なのですよね。キリスト教や仏教のように死後の世界のために生きている間に徳を積もうとするものではなくて、今をどう生きていくかを考えるというか。一神教ではないので、英雄を祀った神様もいれば、自然を祀った神様など、いろんな神様がいます。愛宕様は火の神様です。

神道では、人間が生活する中で必要なもの、目に見えないものに手を合わせるのですね。例えば、雨は生活する上で、降り過ぎたら困りますけど、降らなすぎても困りますよね。そういった自然など、人間の手ではどうにもできないことを大切にする。そういうのが信仰心なのですよね。その考え方が、私にはしっくり来たのだと思います。

講習を受けて、神職になる


神職を目指す人の多くは、大学の神道学科に通うのですが、私は違いました。小学校から大学まで同じキリスト教系の付属校に通って、文学部でフランス文学を学びました。

ただ、夏休みなどを利用して神職の養成機関に通い、資格を取りました。神職になるための資格を取るように親から言われていました。神社本庁という、日本全国の神社を包括する宗教法人が定める神職の資格です。

資格としては、上から順に、「浄階(じょうかい)、明階(めいかい)、正階(せいかい)、権正階(ごんせいかい)、直階(ちょっかい)」と、階位が定められていて、最初は一番下の直階の資格を取ります。それで、愛宕神社の神職として登録して、時間がある時に社務(神社での仕事全般)を手伝いながら、神社本庁の講習を受けて上の階位の資格を取るのです。

大学在学中に権正階までは取りましたが、卒業後は一旦就職しました。一度は会社で勤める経験をしたかったのです。数年働いたら神職の仕事に就こうと思っていました。

不動産デベロッパーに入り、事務職として働きました。パソコンの使い方とか、書類の整理の仕方とか、ちょっとしたことでも色々な学びがありましたね。神社以外の仕事を見てみることで、それまでとは違う視点が身についたと思います。

不動産デベロッパーでは2年ほど働きました。その後、神社が少し忙しくなってきたこともあって、会社を辞めて神職に就くことに決めました。

神様へのご奉仕


神社の仕事は、神様に祈りを捧げることと、お社を守ることです。毎日お社を開けて、お参りに来られた方への対応やご祈願、御守などの受け渡し、お祓いごとや結婚式のご相談など、色々な仕事をみんなで分担します。お祭りの時期には、他の神社にお手伝いにもいきます。

資格を持っていても、ご祈願の仕事をすぐにできるわけではありません。まずは、社務所の中で、書類を整えたりする仕事から始めました。会社で働いた経験が早速活きましたね。

ご祈願の時は、宮司である父の補佐として関わりましたし、父が外のお祭りに行く時にはついて行き、所作や心構えなどを勉強させてもらいました。父から何かを教えられるわけではないのですが、父の後ろ姿を見て学びました。

神社にとって、お祭りは大切な行事です。お祭りは神様へのご奉仕です。神様をおもてなし、喜んでいただくことで、その地に暮らす人々に福をもたらしていただきます。

おもてなしとは、平たく言ってしまうと、家にゲストの方をお招きするようなものです。家にゲストの方を呼ぶ時は、家の掃除をして出迎え、まずは美味しいものを召し上がっていただき、その後に相談ごとなどをお話して、気をつけて帰ってもらいますよね。神様をお迎えすることも、同じように解釈しています。

お祭りの中でも、各神社で1年に1度か2度行われる「例大祭」が特に重要です。例大祭の時には、神様に最大のおもてなしをするために、多くの神職が集まります。神職同士がそれぞれの神社にお手伝いに行くのです。その時は、最も正式な装束を着ますし、挙動の一つひとつに、最上級のおもてなしの心が込められています。そこでの先輩方の心構えや動きを見て、勉強させてもらいました。

30歳を過ぎる頃になると、私も自分でご祈願をするようになりました。

時代にあったツールで神社を身近に


神社は、「お祝い事」と密接につながっている場所です。お子さんが生まれた時や七五三など、人生の中で喜びがある人生儀礼とつながっています。喜びがある瞬間に携われるありがたさを感じながら仕事をしています。

ただ、時代の移り変わりと共に、神社に足を運ぶ人は少なくなってきているように感じます。お社を守っていくという観点からは、管理・運営は大切なことです。あくまで信仰の場なので、信仰から逸脱しない範囲で新しいことを取り入れることも大事です。

愛宕神社では、少しでも多くの方に神社を身近に感じてもらうために、WEBサイト上で、バーチャル参拝をできたり、おみくじを引ける仕組みを取り入れました。また、参拝客の多い正月には、電子マネーでお賽銭をあげられる機械を期間限定ですが置いたりしました。

新しいことを取り入れる度に、同業の方や参拝者の方から賛否両論の意見を頂きます。ですが、時代の移り変わりに合わせて、新しい方法を取り入れてもいいと思います。大事なのは、神様への信仰心を持つことですから。

自分の考え方や信仰への解釈を深めるために、色々な方と話すのが大事です。他の神社の取り組みや考え方を聞くのも勉強になりますが、一般の方から神社や神様、信仰心について尋ねられた時が、一番勉強になるのですよね。神職同士だと、どうしても自分たちの分かっている言葉で話してしまいます。色々な方に伝えるためには、どうしたら分かりやすいのかと考えながら言葉にするので、自分の中でも解釈が少しずつ深まるのです。

神職を神格化してはダメです


現在は、愛宕神社で禰宜(ねぎ)として働いています。父は引退して、姉の夫が宮司になりました。

休みはほとんどありませんので、仕事としてはハードなところもあります。信仰心がないと続かない仕事だと感じます。一般企業の仕事と違い、何かの仕事をしたからといって、成果や成長といった目に見える形ですぐに何かができるようになるわけではありません。

普段仕事の成果を感じづらいので、参拝してくださる方とお話をした時、「愛宕さんにお参りして良いことがありました」「ずっと来たかったんです」などと言ってもらえたりすると、すごく嬉しいのですよね。

多くの方に神社に足を運んでいただくために、神社としてメッセージを発信しよう、「言挙げ」をしようという流れがあります。「言挙げ」というのは自分たちの考え方や信仰心を、言葉にして発信することです。以前は、お寺さんで説教をするのとは違って、神社ではあえて言葉にして一般の方に何かを話すことはしなかったのですが、今はメッセージを積極的に発信しようとしています。

ただ、いざ言挙げをするなら、自分の中に確かなものがないと、何も伝えることができません。40歳を超えましたが、子供の頃に想像していたほど大人になれていない感覚があります。自分が子供の頃に接していた大人と比べて、知識もないですし、重みのある話ができないのですよね。

自分を成長させるために、経験を積むこと、書物を読むことが必要だと感じています。先輩方は神道に関する書物を読み、自分なりの考え方を掘り下げて学んでいるのですが、私には勉強がまだまだ足りません。いろんな知識を得て、かみ砕いていかなくてはと思います。60歳までには、ちゃんとした大人、「この人に話をしたら解答をもらえる」と思ってもらえるような、人生経験を語れる人になりたいです。

とにかく、多くの方に神社に足を運んでもらえるようにしたいですね。愛宕神社ではなくて、地元の神社で良いのです。神社は、森があって、清らかな所です。そこに行ってお参りして手を合わせるだけで、気持ちが晴れると思うのですよね。

まずは地元の神社に行ってみて、興味を持ったら他のお社にも足を運んでもらえると嬉しいですね。神社で手を合わせることが日常になると、通りを歩いていて鳥居を見つけたら、一礼をしていただけるようになるかもしれません。神社が身近になるのは、そういうことの積み重ねが大事だと思います。神道は一神教とは違い、ご自身が生活している中での心の拠り所となるものだと思ってもらいたいですね。

神職に対して、格式張って声をかけづらいと思うかもしれないですが、何かあれば気軽に聞いてください。もちろん、忙しくて対応できないこともありますが、話しかけていただくのはとてもありがたいことです。気兼ねなくお声がけいただければと思います。もっと身近な存在と思ってもらいたいですね、神社も神職も。

神職はあくまで神様をお迎えし、みなさんとの仲を執り持つ人であって、神職が神格化されてしまうと、変なことになってしまいます。意外と皆さんがお持ちのイメージとは違いもあって、話をしてみるとそのイメージが崩れていくかもしれないですね。神職も神社の外に出れば普通の人ですし、お酒を飲みながら色々な話もしていますからね。一方で、そういう人たちが、お祭りの時は襟を正して、真剣に神様をおもてなしている姿を見て欲しいですね。

日常の中で神様を感じていただき、神社に気楽にお参りして、身近に感じてもらえたら嬉しいです。

2016.03.28

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