東京都杉並区に生まれました。中高は私立の女子校に通い、明るく、特に悩みのない、そこそこ勉強する学生でした。父や塾の先生など、周りの大人から「好奇心を狭めてはいけない」と言われて育ち、社会問題に関心がありました。かといって何か行動を起こしていたわけではありません。将来のビジョンもなかったですね。

大学は国際基督教大学に行きました。海外に関心があったのと、真面目に勉強する環境だったことが理由です。リベラルな雰囲気で、多様な価値観を認める人が多く、社会問題に関心を持つ人もたくさんいましたね。

ぼんやりした自分を恥ずかしく感じることもありました。とはいえ、周りと比べて秀でたものがないことをコンプレックスに感じるようなことはありませんでした。結局、飲んでばかりの呑気で楽しい生活でしたね。

大学卒業後、富士銀行(現:みずほ銀行)に入社しました。色々な産業と接することができることや、社員が生き生き働く点に惹かれました。父が企業戦士で楽しそうに仕事をしていたので、働くことが楽しみでしたね。

しかし、働き始めてからは、ダメダメの社員でした。真っ直ぐ印鑑が押せないし、研修中に眠くて起きていられない。支店では「いらっしゃいませ」の声が、まるで品のない八百屋のようだと言われました(笑)。

役立たずで先輩に迷惑をかけましたが、たくさんのチャンスをもらいました。手をかけて育ててもらい、仕事には前向きでしたね。

入社3年目、国際交流基金に出向しました。自分から手を挙げての異動です。特定非営利活動促進法(NPO法案)ができた翌年で、日本の市民セクターを伸ばすためにアメリカのNPOとの交流を作るプロジェクトでした。「色々な分野に触れられる」銀行の利点を活かせるという意味で、出向にはずっと関心がありました。

出向先では、魅力的な人にたくさん出会いました。皆あまり愚痴らないんです。自分でその仕事を選んで働いている人が多くて、サラリーマンとは違う世界でした。意義のある仕事を、その意義に満足してやっている人はすごく素敵だなと思いましたね。

アメリカのNPOと仕事をするのも勉強になりました。気合いで仕事するだけじゃなくて、色々なやり方があるんだなと思いましたね。社会問題と事業性の折り合いのつけかたに関心をもちました。NPOにもビジネスにも興味があり、その中間のような仕事ができないかなと感じたんです。出向先で仲良くなった人たちに、恥ずかしくない仕事をしたいなと思いましたね。