私は和歌山県和歌山市にある室町時代から続くお寺の家系に生まれました。600年以上続く寺ということもあり、他の家庭と比較するとルールに厳しい環境で、5歳から毎日1時間半は読み書きをして、テレビゲームは水曜日に1時間と決められていました。

一方で、家庭を離れた学校では自由を謳歌しており、何でも器用にこなせたため常に仲間の中心にいました。小学生から始めたサッカーでは初めて1年で市の選抜に選ばれ、高校から並行して始めたバンドでは、それまで文化部だけで行われていたライブに運動部から参加することで100人以上の方に来場してもらうことに。勉強も、好きではないものの、そつなくこなして成績は悪くない。根拠のない自信を持ちつつも、家庭で褒められることはほぼありませんでした。そんな影響もあってか漠然とではありますが、将来はルールに縛られず「人と違うことをしたい」「何者かになりたい」と考えていました

しかし、何か一つにコミットするという訳ではなく、これといった領域が定まらないない状況。高校を卒業後はなんとなくの流れで県外の国立大学に進学しました。大学では、部活に入ってそれしかできないことを恐れて、サークルやバイト・学生団体等を並行で掛け持ちし、様々な分野でチャレンジをすることに決めました。社会人サッカーに参加したり、音楽レーベルのヴォーカルのオーディションを受けたり、ニューヨークに語学留学をしたり、活動の幅を広げていき、いずれもそれなりの成果を残すことができました。

しかし、色々な領域に挑戦するも、自分が満足するフィールドが見つからず、将来の方向性を思い悩むようになりました。取り組んでいる大学の研究の意味も見出せず、徐々に出席しなくなり、ちょうどこのタイミングで留年が決定しました。何をやっても人並み以上にはできるものの、ただそれだけであり、何も生み出していない。「あれ、自分ってただの器用貧乏じゃないか」と感じてしまったんです。