予防医療を考えるきっかけを提供したい。
「病気じゃない」に留まらない攻めの健康とは。

圓尾 和紀さん/予防医療を広める管理栄養士

はてぶ

フリーランスの管理栄養士として、食に関するイベントや、メディアでの執筆を行う圓尾さん。将来の夢なんて持たず、働くことに対してネガティブな印象すら持っていた少年時代から一変し、社会貢献のために早く働きたいと考えるようになったのは、どのような経験があったのか。お話を伺いました。

たまたま目に止まった栄養学

僕は、兵庫県で生まれました。神戸市の端の伊川谷という田舎の街。田んぼや川に囲まれて育ち、自然が大好きで、川で遊んだり、虫取りをして活発に過ごしていました。しかし、中学生になると、周りの目を気にして、なるべく目立たないようになりました。不良も多い地域だったので、いじめられたくなかったんです。

また、将来の夢なんてものはなく、安定している公務員になろうかと思っていました。父が、製薬会社から転職して公務員になったのを見て育った影響もありました。製薬会社時代は、接待などでお酒を飲んで遅くに帰っていました。それが、公務員になってからは安定するようになっていたので、企業で働くことやお金を稼ぐことに抵抗感すら持っていました。

ただ、周りでは大学に進学する人がほとんどだったので、大学には行こうと考えていました。パソコンやゲームが好きだったので、志望していたのは工学部。しかし、オープンキャンパスで、難しそうな数式と向き合っている姿を見て、あまり面白そうに感じられませんでした。

そこで、改めて何を勉強したいのか考えた時、昔から興味から好きだった自然に関わる、科学や生物が頭に浮かんできました。そして、薬学部に進学しようと思い、大学のパンフレットを眺めていました。

すると、その中にあった、「栄養学」の文字が目に止まったんです。薬よりも、食べものや人間の身体の方が、元々の興味には近い。そう考え、地元の大学の栄養学部に進むことを決めました。

入学すると、100人いる同期の中で、男性は15人ほどしかいなくて、「入る学部を間違えたかな?」と思いました。しかし、純粋に栄養学の勉強は楽しく、管理栄養士の資格を取れば、働き口にも困らないと考えていました。

また、その中でも、予防医療に興味を持つようになりました。病気になってからの栄養学を盛んに学んでいましたが、それなら、病気にならないのが一番だと感じていたんです。

自分を変えたくてイギリス留学に

シェアして応援