誰もが「考える力」を養うことができる社会に。再び立ち上がる、被災地から踏み出した一歩。
人々の考える力を養うため、Webメディア向けに人工知能を搭載したコメントシステムを提供する佐藤さん。大学中退、JAXAでの勤務を経て独立し、人の英知を養うために事業を行う背景にある思いとは?お話を伺いました。
佐藤 由太
さとう ゆうた|人工知能を搭載したコメントシステム運営
人工知能を搭載したコメントシステム「QuACS(クアックス)」を運営する、クーロン株式会社の代表取締役社長 兼 CEOを務める。
生きている間に成し遂げたいこと
私は茨城県日立市で生まれ育ちました。小さい頃から読書やゲームをしたり絵を描いたりすることが好きで、自ら何かを考えて創りだすことに関心がありました。また、『ナショナルジオグラフィック』や『ネイチャー』を読むことも好きで、世界中で起こっている出来事や、宇宙についての記事にも興味を持っていました。
そして、そういった報道に触れていると、次第に、世の中で起こっている問題に対して何かしたいという思いを抱くようになったんです。それらの問題は、人とお金を分配するだけでは解決しないし、政治でも変えられないものなのかもしれないという感覚がありました。
そこで、長い時間をかけて衣食住・教育のインフラの抜本的な整備を行うことで人々の生活水準が変わるのではないかという思いから、自分でどうにかお金を稼いで、その富を施策に分配しようと考えるようになりました。手段として明確に何をするのか決まっている訳ではないのですが、生きている間に、そういったことを成し遂げたいと考えたんです。すると、ちょうどそんなタイミングでビル・ゲイツ氏が引退して財団を作るという話を聞き、すごく悔しさを感じました。これでは完全に後追いになってしまうと。
そんな志を抱えながらも、学校の勉強に関しては高校3年生の途中から意味を見いだせなくなってしまいました。学校に通うことは楽しいし友達もいて皆勤賞をもらっていたのですが、突然学校に行かなくなってしまったんです。親には申し訳なかったのですが、単純に学校の勉強に面白さを感じられず、家でネットゲームをしているほうが楽しかったんですよね。
ところが、そのような日々を過ごす間に気づけばセンター試験1ヶ月前を迎え、周りからもそろそろヤバいぞと言われるようになっていきました。私自身、もっと猶予期間がほしいという思いもあり、大学には進学したいという思いがありました。高校までは敷かれたレールがあったものの、卒業後はそのレールが無い。そうなった時にどうするのか決まっていなかったんです。
そこで、なんとか1ヶ月で大学に行けないかと考え、センター試験の3科目だけで受験できる学校を志望することに決めました。また、大学に入ってからはディズニーランドで働きたいという思いがあったので、千葉県にある大学に進学することに決めました。
元々、高校時代にYouTubeでディズニーのショーやライブエンターテイメントを見ていてすごいなと感じており、『海を超える想像力』という書籍などを通じてディズニー・テーマパークの裏舞台を垣間みたことで、お客様を喜ばせる仕組みについてすごく興味を持ったんです。自分も当事者として携わってみたいという思いがありました。
3.11と「考える力」の必要性
大学では情報科学を専攻したのですが、高校の終盤とは打って変わり、毎日授業を受け、教授にもよく勉強していると褒められていました。しかし、夏休みにディズニーランドでアルバイトを始めてからは、全く学校に行かなくなってしまいました。憧れていた環境で働き始めたことで、「こっちの方が面白いじゃん」と感じたんですよね。
私は「ミクロアドベンチャー!」や「プーさんのハニーハント」等でゲストの対応やアトラクションの操作をしていたのですが、キャスト全員がいかにしてゲストに喜んでいただくかを真剣に考えており、「お客様に喜んでもらうことってこんなに面白いんだ!」と感動しました。
そんな背景もあり、結果的には大学1年生で3度留年。新入生という立場が使えて出会いもあるため、途中からはわざと留年をするようになりました。しかし、ようやく面白いと思えた同学年が見つかり2年生に進学するも、バイトに明け暮れたために再び留年に。もうそろそろいいんじゃないかという思いから退学を決めました。
その後は、プログラミングが出来、小さい頃から宇宙が好きだったこともあり、ご縁があり、JAXAのプロジェクトに携わることになりました。そのプロジェクトは、アジア太平洋地域宇宙機関会議のセンチネル・アジアプロジェクトというもので、人工衛星を使い、地球の写真を撮って画像処理を行うような業務に携わっていました。
元々コンピューターが好きだったこともあり、めったに触れることのできない機械に触れられる環境は桃源郷のようでしたね。災害や土砂崩れが起こった時にその状況をいち早く知る手助けにも繋がるため、仕事のやりがいも感じていました。22歳から始めて、2・3年周期のプロジェクトだったのですが、ずっと続けていきたいと考えていました。
ところが、2011年3月11日、プロジェクトの休みで実家にいた26歳のタイミングで、東日本大震災が起こりました。家が壊れて電気がなく風呂にも入れない、地獄のような毎日で生きるのに必死でした。食べ物も水も無くなりながら自衛隊の車両も来ず、本当に大変でした。
そして、高校の時から考えていた課題感がいよいよ強くなっていき、「何かを抜本的に変えなければ」と考えるようになっていきました。人がたくさん亡くなり、人が作ったものが破壊されてしまったこの状況で、もう一度復興するのに、もちろんお金や労働力は必要。しかし、もう一つ、この環境から立ち上がるために人間の英知、つまり「考える力」が必要なんじゃないかと感じたんです。
過去の災害や戦争を乗り越えることができたのも考える力があったからで、民衆レベルの学びや議論が国を帰る原動力になってきました。だからこそ、この力を養うことができれば世界中の問題を解決できるという思いがありました。
そんな背景から、思い切って3月30日に自らメディアを立ち上げました。
読者との対話でメディアが急成長
私が始めたのは「ガジェット速報(現:GGSOKU)」という、家電やスマートフォン等のニュースを取り上げ、その下でディスカッションができるコメント欄を設けたメディアでした。元々自分がその分野が好きだったことに加え、日本の家電産業が弱っていたことも一つの要素でした。
インターネットの普及により、2000年以降多くの人が情報を能動的に触れるようになった一方で、2010年代頃からはインターネットに流通する情報量が増えすぎてしまったことで、テレビのように受動的に情報に触れる傾向が生まれてきました。そのため、もっと考える力を養わないと英知や文化が衰退するという思いから、メディア上のディスカッションに力を入れて運営を始めたんです。
そこで、まずは日本の電化製品の現状をコラム記事にして、それをテーマにディスカッションが起こるような仕組みを築いていきました。ディズニーでの接客で培ったフィロソフィーを利用して、なんとか読者の方に楽しんで帰ってもらう工夫を尽くそうと必死でした。
とはいえ、自分でメディアを立ち上げることも初めてだったので、毎日コンテンツを作ることは大変でした。途中から家電の展示会にも行くようになり、取材の大変さも感じるようになりました。また、海外からの情報を取り上げることも多いため、深夜であれ2時間おきにタイマーをかけて起き、新着の情報があったら記事を書くということを繰り返しました。1年半以上睡眠を連続して取ることがない、まるでゾンビのような生活でした。
それでも、読者の方からフィードバックをいただけることが本当に嬉しく、時に辛辣な意見をいただくことがありながらも、丁寧に接していると分かり合うことができ、接客業に通ずる部分があるなと思いましたね。「管理人」として読者の方と対話を繰り返すことで、メディア自体急激に育っていき、「ガジェット速報」を立ち上げてから約1年6ヶ月の時点で1,520万の月間PVに到達することができました。
しかし、次第に一つの記事に対しての数百件のコメントが投稿されるようになると、盛り上がりはありつつも機能不全を起こすようになってしまったんです。家電と関係の無い政治やナショナリズムの議論まで起こってしまい、心地よく滞在して議論してもらうためにはテコ入れが必要だと感じるようになっていきました。
そこで、自然言語処理や機械学習の技術を用いて、メディア運営をしながら新たなコメントシステムを構築することに決めました。
メディアを取り巻く環境の変化と、大きな決断
しかし、より高付加価値なコメント機能の開発に取り組んでいく中で、世の中にある変化が起こり始めました。スマートフォンアプリでの情報収集が主流になることで、コンテンツを作るメディア側が報われにくい潮流が起こっていることに、危機感を感じるようになったんです。議論が起こるためにはその発端に「種」が無ければいけないため、その「種」の一つである「記事コンテンツ」を育む仕組みを取り巻く環境が変わっていくことに、なんとかしなければと考えるようになっていきました。
逆に、自社メディアは、コメント欄を活かした運営を行うことで愛読者が根付き、コアなファンが増え、ビジネス面でも好影響をもたらしていました。そこで、なんとかその流れを他のメディアにも提供できないかと考え、自社向けの高機能のコメント欄ではなく、メディア向けのコメントシステムに方向転換をすることに決めたんです。
それからは、あえて開発を全てストップさせ、新聞社や雑誌社など、Webメディアを運営する方々に自分たちの理念や考え方を伝えて回りました。最初は電話やメールにも反応をして頂けない状況でしたが、「コンテンツホルダーを主役するための取り組みを一緒にしませんか?」と、一社ごとに説得して次第に応援していただけるようになっていったんです。商品も出資もない状況で、理念とビジネスモデルと簡単なデモだけで営業に周り、1年間オフィスに寝泊まりし3日に1回しか風呂に入らないような生活を過ごしました
すると、なんとか応援していただける方が見つかり、資金の調達も行うことが出来、ようやくサービスを開始するための環境を整えることができたんです。そして、大学時代、3度目の1年生で出会った仲間やライターとして出会った仲間と共に、新たなスタートを切りました。
誰もが英知を養うことができる社会へ
会社を立ち上げてからは、「QuACS(クアックス)」という人工知能を搭載したコメントシステムをリリースしました。このサービスでは、メディアの記事の下に数行のコードを埋め込むだけでコメント欄を作ることが出来、IDの登録をせずに、コメントを気軽に入力することができます。
メディアにとってはユーザーが記事に対してコメントをすることで、消費型のニュースから滞在型のニュースに変化を促すことができます。実際に、コメント欄が無い場合に50秒だったセッションあたりの滞在時間が、11分まで伸びるというケースも起こっています。
元々、メディアはコメント欄を設置したいという思いはありながらも従来のコメント欄は、荒れてしまう恐れがある上に管理コストもかかり、設置するのが難しい状況でした。しかし、「QuACS」では、フェアプレイアルゴリズムと呼ばれる、人工知能を搭載しており健全な場の運営を行うことができます。
読者の方にとっても、ID登録や名前が不要なのでコメント投稿のハードルも低く、快適なディスカッション空間を創りあげるように心掛けています。私たちは、人工知能を使って言論統制をしたいわけではなく、ディスカッションをよりアクティブに行うための仕組みとしてサービスを提供しています。
そして、そういったサービスを通して、長期的には文化とデジタルがもっと仲良くするためのお手伝いをしていきたいという想いがあります。これまで、IT企業はコンテンツホルダーに対してどこか上から目線で、人を集めたもの勝ちのような風潮もあったと思います。しかし、議論の種が活性し続けるためにも、水道管のようにITと文化の間を取り持つような存在になっていきたいと考えているんです。
そうすることで、長期的には、国境や経済的な事由に関係なく、誰もが英知を養う機会を得られるような社会を作っていきたいと考えています。そのために、まずは「QuACS」をはじめとした「Quelon」の事業に注力し、最終的にはゲイツ財団のような活動をしていきたいですね。
2015.09.22