日本発マラリアワクチンで、世界中の命を救う。努力と運が重なり、定年間近に始まる次の人生。

大阪大学微生物研究所にて、マラリアワクチンの研究・開発を行う堀井さん。幼い頃から憧れていたフルート奏者から一転、遺伝子分野の科学者の道へ。そんな堀井さんが、科学者として生き残るために研究を続ける中で出会った、人生を変える研究テーマとは?

堀井 俊宏

ほりい としひろ|マラリアワクチンの研究・開発
大阪大学微生物研究所にて、難治感染症対策研究センター 分子原虫学分野 感染症国際研究センターのセンター長を務める。

※本チャンネルは、TBSテレビ「夢の扉+」の協力でお届けしました。

TBSテレビ「夢の扉+」で、堀井 俊宏さんの活動に密着したドキュメンタリーが、
2015年9月13日(日)18時30分から放送されます。

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フルート奏者から一転、遺伝子を扱う科学者志望に


私は大阪府枚方市に生まれました。小さい頃から、家の中でピアノが鳴っている家庭で育ったことから、私も楽器を始めるようになり、中学生になってからはフルートに打ち込むようになりました。演奏することが大好きだったので、将来はプロのフルート奏者になりたいと思いがありましたね。高校生になってからは音大を目指すため、受験に必要なピアノも本格的に習い始めました。

ところが、ある日、ピアノの先生から「君は音大に行かないとしたらどうするの?」と聞かれ、なんとなく「大阪大学を目指します」と答えると、「そちらにしなさい」というアドバイスをいただいたんです。私が目指していたフルートの世界は、世界のトップ数人しか単独で演奏会を満員に出来ないような状況で、秀才では無理、天才でなければいけない環境だったんです。元々プロ奏者を目指す大変さは理解した上で挑戦していましたが、そのアドバイスを受けて、音楽以外の道を目指すことに決めました。

そして、私が進路として選んだのは、大阪大学理学部生物学科でした。元々物理や数学は非常に得意で、直感的に問題を解いてしまい、あまり勉強をしたことがないようなタイプでした。ただ、やはり物理の分野にも天才がいることが分かっていたので、あえて生物の分野に進むことにしたんです。生物は多様であるため、例えば、「離島にしかいないコオロギの研究」という区切ったテーマであれば一番が取れるのではないかという思いがありました。

実際に大学に進学してからは、引続き阪大オーケストラでフルートは続けつつ、生物学の中でも特に遺伝学の分野に注力をしていきました。生命の根幹は全て遺伝子であるため、その大本に携わりたいという思いから分子遺伝学の研究室に入り、遺伝子組み換えの研究や実験を行いました。元々、楽器の影響もあってか手先は起用だったので、実験には自信があり、やっていても楽しかったですね。

また、学部の卒業を控えても、就職等の選択肢は一切無く、将来は遺伝子の分野で科学者になろうということも決めていました。小さな頃から、手塚治虫さんの『鉄腕アトム』に出てくるお茶の水博士のイメージから、色々な職業の中でも一番賢そうな印象があり、科学者には特別な憧れがありました。例えば、お医者さんですら、誰かが生み出したものを用いて治療等を行うのですが、科学者であれば、自分にしかできないことを追求して人に認めてもらえるような気がしたんです。だからこそ、遺伝子というテーマももってこいの分野でした。

偶然出会ったマラリアの研究


学部の卒業後、同じく大阪大学の大学院にて修士・博士と進学していくと、私が研究していた遺伝子や分子生物学の分野は、他の研究でも活用されるメジャーな技術となっていきました。

そして、推薦をいただき、博士課程を中退して大阪大学で助手を始めると、お世話になっていた小川先生という教授から、「海外で勉強してきたら?」とアドバイスをいただき、アメリカのダートマス大学に留学をすることになりました。また、小川先生の親友のアメリカ人の科学者がマラリアという感染症の研究をしており、DNAを扱える人材がほしいとのことなので、紹介したいという話をいただいたんです。

技術には自信があった私は、「マラリア」と言われてもなんのことか分からなかったのですが、高待遇で呼んでいただけたこともあり、アメリカに渡ることを決めました。後で図書館で調べて、「へえ、病気なんだ」と知るくらいでしたね。

そして、32歳のタイミングで現地で研究に参加してからは、マラリア原虫の遺伝子を分析し、「SERA5」という遺伝子を含む、2つの遺伝子を見つけ出しました。元々、2年かけて取り組むミッションだったのですが、3ヶ月で見つけることができたため、早々と目標を達成することができました。

その後、2年留学して34歳のタイミングで日本に戻り、再び大阪大学に戻って分子生物学の研究を進めていると、37歳の時に、微生物研究所という組織の教授が定年退職することになり、そこの主任助教授を任せていただくことになったんです。ダートマスでマラリアのプロジェクトに携わっていたため、この役職の白羽の矢が立ち、自らのラボを持ってしまった手前、「マラリアの研究を続けるしか道はないな」と思いましたね。研究者として生き残っていくために、テーマを決めたような感覚でした。

それからは、自ら発見したSERA5等の遺伝子の分析を進めていったのですが、正直、先の見えない状態が続きました。他の研究者からも、「なんでその研究をしているの?もっとメジャーなことをやればいいのに」と言われるほど注目がされていない領域だったのですが、地道に打ち込む日々を送りました。

43歳、全てを変えた疫学調査


その後、43歳のタイミングで、病気の原因と思われる環境因子を設定し、その因子が病気を引起こす可能性を調べる統計的調査である「疫学調査」を、マラリアの流行国ウガンダで行いました。

元々、マラリアの病原体の原虫は何度も何度も感染して、様々な種別を持つ遺伝子多型という特徴があり、ワクチンを作る障壁となっていたのですが、私たちが研究していたSERA5という遺伝子は、調査の結果、どの病原体にも共通で含まれていることが判明しました。加えて、このSERA5に対して抗体を持っている人は、マラリアを罹っていないというデータも得ることが出来たんです。つまり、私が見つけた遺伝子に対する抗体を作ることで、マラリアが事前に予防できるのではないかという仮説が浮かんだのです。

正直、全く予想をしていなかったので、あまりに劇的な結果でした。驚きながらも「ああ、これは勝った」と思うと同時に、「いつもお賽銭を張り込んでおいてよかった」と感じるほど、良いテーマに出会えた感覚がありました。その後、動物検査でも有益なデータを取ることができ、本格的にワクチンを作ることに注力し始めました。

とはいえ、技術面や研究を進めるという意味では決して楽な道のりではありませんでしたね。臨床実験のためにワクチンを開発しようとしても、効くかどうかの証明がしきれていないため、医薬品の基準で作ってもらうことができない状況でした。

それでも、研究を応援していただいていた財団法人阪大微生物病研究会理事の高橋理明先生(故人、大阪大学名誉教授)という方の尽力もあり、なんとかワクチンメーカーの協力を得ることが出来、基礎研究から臨床実験に橋渡しをすることができました。

それからも結果は良いものが出続け、他の研究も切り、この研究一本に絞っていくようになりました。元々、分子生物学の経験がある自分だからこそSERA5を生成することができ、他の研究者にはできないことだからこそ、一層力を注ぐようになりました。その背景を持っている自分がこのテーマに出会ったからできる研究だったんです。個人的にも、マラリアが流行するアフリカが段々近しいものに感じられるようになっていきました。

還暦から始まった次の人生


現在はこのマラリアワクチンの実用化に向け、フェーズ3という実証試験を実施する直前まできています。ここまで進んでいるのは数グループで、日本では私一人という状況です。

とはいえ、正直、私がここまで進むことができたのはラッキーであるという面も大きく、研究していた分子生物学の技術を生かして見つけた遺伝子が、非常に重要なものだったという点が大きいです。

マラリアは、発症してから5日で人が死んでしまい、エイズ・結核とともに三大感染症として、毎年100万人以上が亡くなっています。原虫自体は3000~4000万年前からあるものなのですが、現在はアフリカを中心に流行しています。

元々、東南アジアも流行地域だったのですが、生活水準が上がると、原因となる蚊への対策をできるため、被害も減っていくという、典型的な貧困病です。現在、アフリカではマラリアの対策のために、現地の方の収入の4分の1も支払っている状況なので、一刻も早く予防ワクチンを開発したいという思いです。

私たちの研究はマラリア原虫のアキレス腱です。残りの実証試験を通過し、販売許可が下りるまで早くてあと3年。ちょうど、私が定年を迎える歳なので、成果として形にしたいという思いがあります。

元々、科学者として生き残るための選択を続けた結果、このテーマと出会うことができました。「この仕事に携わっていて、サボれる理由はどこにあるんだ」という位価値のある研究で、運もあり宝の場所を見つけた以上、世に出さないと恥ずかしいというくらいの気持ちですね。

人が定年を迎えるような年齢で、次の人生が始まったような感覚があります。これからの新たなスタートのために、全力を尽くした上で、最後はどうしても運の部分があるので、またお賽銭をあげに行こうかと考えていますね。

2015.09.07

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