私は、北海道旭川市に生まれ育ちました。昔から理系科目が好きで、特に、物事の原理原則を追求する物理に関心がありました。同様に、宇宙の分野にも興味があったので、そういった勉強ができる大学に入ろうかな、と漠然と考えていました。高校3年生になってからは、付き合っていた彼女と遠距離にならないようにと、札幌市内にある北海道大学の物理学部へ進学しようと考えるようになりました。

しかし、実際に受験が始まると、札幌にある大学を目指していると思っていた彼女が、京都の大学を志望しているということを知り、「え、まじかよ」と驚くことに。正直、そこまで北大に思い入れがあった訳ではなかったので、それならもっと宇宙物理学に関して本気で勉強できる海外の大学に進学しようと考えるようになりました。元々、逆張り的に人が選んでいないものを選びたいという思いがあったのに加え、どこか悔しい気持ちもあったので、新しいことに挑戦しようと吹っ切れた感覚がありました。

そこで、知人に留学を考えていることを相談すると、留学斡旋機関の存在を教えてもらったので、その日に資料請求をしました。そして、アラバマ大学ハンツビル校という、NASAと提携で研究をしている航空工学や宇宙物理学に強い大学に入学することを決めたんです。そこまで深く考えぬいた決断ではありませんでしたが、「やらない後悔ならやる後悔」という気持ちで飛び込むことを決意しました。

現地では3ヶ月附属の語学学校に通い、それから大学の授業を受け始めたのですが、最初の1年くらいは楽しいことばかりでしたね。気の合う仲間にも巡り合い、毎日新鮮な日々を過ごしていました。特に、自由に単位が取れたため、速攻で単位を取り切ってしまおうと考え、1年目でオールAで多数の単位を取り、2年目には大学3年生になることができました。

しかし、環境に慣れて英語もできるようになると、モチベーションの停滞期が訪れました。加えて、遠距離だった日本の彼女と別れてしまったことも重なり、大学に行かなくなり、ハマってしまったオンラインポーカーで生計を立てていく日々を過ごすようになりました。それまでとは打って変わって単位を多数落とすようになり、最初に稼いだ単位でなんとか卒業まで至れるような状況でした。 親にお金を出してもらって留学までさせてもらったのに本当にダメ人間の生活になってしまったんです。

また、元々物理の研究者を目指して大学に入ったものの、上のクラスにいる人は四六時中物理のことを考えるような人ばかりで、すごいなあという尊敬の念と同時に、自分は彼らのようになれないなという感覚もありました。そんな背景もあり、将来どうしようかなと振り出しに戻ることになりました。