私は東京で生まれ育ちました。父は、駐在こそないものの、海外出張に頻繁に行っていたので、その姿を見て何となく海外に関心を持っていました。そして、テレビ番組の『グレートジャーニー』を見たり、書籍の『深夜特急』を読んだりして、旅や冒険に憧れを持つようになっていきました。

高校1年生で社会科見学先を選ぶ時も、海外青年協力隊の訓練所で話を聞くことにしました。普段の生活では見聞きしない国での生活や仕事の話は、刺激的でしたね。

その冬に、北海道最北端の宗谷岬まで、ひとり旅をしました。電車を乗り継ぎ目的地までひとりで行くのは、私の中ではちょっとした冒険でした。

ただ、冒険家のように、破天荒な生き方に憧れつつも、それを抑えつける一面もありました。中学受験をして進学校に通っていて、勉強を優先するのが当然だと思っていたんです。

そんな高校2年生の秋、サッカーの練習中に大怪我をしてしまいました。おでこや鼻を粉砕骨折、数ミリずれていたら視神経を傷つけ、失明するところでした。怪我の直後はおでこが腫れ上がってしまい、しばらく目も見えませんでした。

ただ、手術が終わり、家族の声が聞こえたり、祖母に手を握ってもらったりしたことで、「生きているんだ」と実感を持つことができたんです。

その後、サッカー部の練習に復帰できるまでには3ヶ月ほどかかりました。しばらくは勉強もままならなかったので、怪我の後に受けた期末試験はかなり悲惨な結果でした。

それでも、落ち込むというよりも、「生きていて良かった」という想いが強くありました。そして、勉強だけでなく、生きている間にもっと楽しいことをしたいと考えるようになったんです。