入社してからは、玉川タカシマヤに配属され、食料品売り場で働き始めました。

ただ、私は採用面接の時から言っていたのですが、新店である、新宿タカシマヤの立ち上げに携わりたいと思っていました。新宿タカシマヤは会社の命運がかかったプロジェクトと言われていて、自分が関わらないで失敗してしまったら納得できないと思っていたんです。

そのため、年に2回ある人事面談では、面談シートに新宿タカシマヤ立ち上げで成果を出す人間になるために今期はどんな仕事をしたのかと、目立つように赤ペンで書いていましたね。すると、3年ほどで新宿タカシマヤへの異動が決まったんです。

開店の数ヶ月前、ショーケースもまだなく、土足で入ることも許されない真新しい売場。そこで、各店舗から来た精鋭メンバーが、新しいお店の毎日のオペレーションを考えたり、関わるスタッフを教育したりするんです。意見がぶつかることも多くありましたし、忙しくて休めない状況でした。しかし、会社の命運をかけた新規店開店という、歴史的瞬間を成功させようと、みんながむしゃらに働いていました。

すると、次第に「休めない」ではなく、「休まない」という気持ちに変わっていきました。上司から休むように言われても、そんな気に全くならないんです。そして、仲間との目線も合ってきて、気になることがあっても、すでに誰かがやっている状況になっていました。

そして、1996年10月4日、新宿タカシマヤが開店しました。社員もアルバイトスタッフもメーカーからの派遣の人も、開店時に入り口で整列してお客様を迎えました。そして、開店の音楽が流れてきて、ふと向かいの人と目があった瞬間、私は涙が止まりませんでした。気づけば、私だけでなく、みんな泣いていました。

この時初めて、仕事とは、こんなにも感情が動くものなのだと思い知ったのです。それまでは頭で「かっこいい仕事をしたい」「出世のために動きたい」などと考えていたのですが、そうじゃないものがあることに気づいたんです。

そして、その忘れられない体験の中で、成長を実感していました。特に、ひとりで何かをやるよりも、仲間でひとつのものをつくり上げる方が、よっぽど良い結果になることを知れたんです。

意思決定を行える経営に魅力を感じ始める

入社してからは、玉川タカシマヤに配属され、食料品売り場で働き始めました。

ただ、私は採用面接の時から言っていたのですが、新店である、新宿タカシマヤの立ち上げに携わりたいと思っていました。新宿タカシマヤは会社の命運がかかったプロジェクトと言われていて、自分が関わらないで失敗してしまったら納得できないと思っていたんです。

そのため、年に2回ある人事面談では、面談シートに新宿タカシマヤ立ち上げで成果を出す人間になるために今期はどんな仕事をしたのかと、目立つように赤ペンで書いていましたね。すると、3年ほどで新宿タカシマヤへの異動が決まったんです。

開店の数ヶ月前、ショーケースもまだなく、土足で入ることも許されない真新しい売場。そこで、各店舗から来た精鋭メンバーが、新しいお店の毎日のオペレーションを考えたり、関わるスタッフを教育したりするんです。意見がぶつかることも多くありましたし、忙しくて休めない状況でした。しかし、会社の命運をかけた新規店開店という、歴史的瞬間を成功させようと、みんながむしゃらに働いていました。

すると、次第に「休めない」ではなく、「休まない」という気持ちに変わっていきました。上司から休むように言われても、そんな気に全くならないんです。そして、仲間との目線も合ってきて、気になることがあっても、すでに誰かがやっている状況になっていました。

そして、1996年10月4日、新宿タカシマヤが開店しました。社員もアルバイトスタッフもメーカーからの派遣の人も、開店時に入り口で整列してお客様を迎えました。そして、開店の音楽が流れてきて、ふと向かいの人と目があった瞬間、私は涙が止まりませんでした。気づけば、私だけでなく、みんな泣いていました。

この時初めて、仕事とは、こんなにも感情が動くものなのだと思い知ったのです。それまでは頭で「かっこいい仕事をしたい」「出世のために動きたい」などと考えていたのですが、そうじゃないものがあることに気づいたんです。

そして、その忘れられない体験の中で、成長を実感していました。特に、ひとりで何かをやるよりも、仲間でひとつのものをつくり上げる方が、よっぽど良い結果になることを知れたんです。

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