黄砂の研究から、大気微生物の未来を切り拓く。「その瞬間」のために続ける自分との戦い。

金沢大学にて、黄砂に含まれる大気微生物の研究を行う牧さん。地道な作業の繰り返しがほとんどの中、一歩一歩積み重ねた先に開ける「その瞬間」のために研究を続けていると話します。「この分野を突き詰めたい」と感じるテーマにどのように出会い、将来は何を目指すのか、お話を伺いました。

牧 輝弥

まき てるや|黄砂に含まれる大気微生物の研究
金沢大学理工研究域の准教授として、黄砂に含まれる大気微生物・バイオエアロゾルの研究を行う。

※本チャンネルは、TBSテレビ「夢の扉+」の協力でお届けしました。

TBSテレビ「夢の扉+」で、牧さんの活動に密着したドキュメンタリーが、
2015年7月12日(日)18時30分から放送されます。

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突き詰めて考えることを生業としたい


私は奈良県に生まれ、地元の小学校に通った後、中学受験を経て京都の私立校に進学しました。自分では受験に関心がなかったのですが、地元の中学がやや荒れていたことに加え、母の薦めもあり塾に通ってみると、勉強をゲーム感覚で楽しむことができ、結局そのまま受験をすることになったんです。

中学に入ってからは理科部に入り、植物を育てたり、化石を採りに行ったりすることに夢中になりました。元々、小学生の時から理科が好きで、将来は理科系に進みたいという思いがあったんです。特に、幼なじみに親が医者を務めている友人がおり、彼から聞く話にとても関心を抱くようになりました。例えば、人の手にはたくさんの菌がいるという話にはとても驚きました。目には見えないものの、彼の家にあった本の写真も見せてくれて、新たな世界が広がっていったんです。なんというか、「あれ、そうなん?」という不思議さや違和感が興味に変わっていき、彼が次々持ってくる話に、どんどんのめりこんでいきました。

自分自身、そういった違和感を抱く瞬間が非常に好きで、ぼんやりとですが、将来は研究の道に進みたいという思いも抱くようになりました。「考えることを生業にしたい」という感覚があったんです。その考えは高校生になるとより深まっていき、特に「突き詰めて考えること」にこだわるようになっていきました。だからこそ、学問的に極めるところまでいかない受験勉強は嫌いでしたね。

また、研究がしたいという思いは抱きながらも、何を対象とするかについては曖昧な状態でした。プラモデルが好きだから工学部を受けてみようと思ったり、海賊のアニメに憧れて水産学部を考えたり、わりといい加減に決めましたね。(笑)というのも、高校時代の理科の先生から、「ある分野を極めようとすれば、違う分野に必ず波及していく」という話を聞いており、こだわる必要は無いなと感じていたんです。結局、祖母の家が京都にあったこともあり、京都大学の農学部水産学科に進学を決めました。

そんな選び方だったこともあり、案の定イメージと現実は異なりました。最初は授業も教養分野が多く、中々専門的な領域に進まないことに加え、講義の内容を受けても学問の全容を掴み辛く、正直、ちょっとつまらないなと感じていました。そう思ってしまうのは、基礎学力が無いからでもありましたが。

逆に、大学生活の前半はサークルに力を入れていました。「東洋拳法燃える男会」という格闘技の団体に所属していたのですが、ここが非常にユニークだったんです。真面目にふざけるというような雰囲気で、鴨川を裸足で走って戦うような集まりだったのですが、自分と同じように違和感を大事にして真面目に考える人が多かったため、色々な考え方に触れてより柔軟になっていきました。格闘技一つとっても、考え抜いて究めていく「研究」があり、どんなことにでも当てはまるんだなと感じましたね。

その後、4年生になってからは研究室の配属を迎え、海洋微生物を研究テーマとすることに決めました。吉永先生という師に魅力を感じたことに加え、昔から研究といえば顕微鏡のイメージを浮かべていたので、そうすると微生物が一番近いなと感じたんです。

自ら決める、「研究の喜び方」


しかし、実際に研究を始めて感じたのは、「思ったより地道だな」ということでした。例えば、最初はひたすら何かを分類するような作業を続けるものの、それをしたからといってすごいことが言えるわけではないんです。自分がしている作業の意味を理解することすらままならぬ状態で、その結果から何が言えるのか考えることは非常に難しかったですね。私の研究は瀬戸内で赤潮に含まれる微生物の研究をしていたのですが、頻繁に発見があるわけでなく、一つ一つ積み重ねていくことは非常に長い道のりに感じられました。

ただ、それでも途中で止めることはなく、博士課程まで行くことは決めていました。ずっとやり続けていればどこかで何か開けるんじゃ無いかと信じていたんです。「あれ?」と思える日が来るはずだと。

また、先生から教えられた「研究とは自分たちで喜び方も決めるものだ」という考えにも支えられていました。例えば、「もしこのデータが出たらすごい」と先生に言われて研究をしていく中で、実際にそのデータが出て、本当に大きな達成感を得たことがありました。それは自分と先生の中での指標でしかないものの、こういう喜び方もあるんだなと新しい気付きでしたね。それが社会と何かの形でつながった時に、より大きな喜びに繋がるような感覚もありました。

学部を卒業後は、大学院の別の研究室で、同じく赤潮の研究を続けました。雰囲気としてはのんびりとした研究室でしたが、自由である分能動的に考える非常にしっかりした研究室で、先輩方から「複雑なことをいかにわかりやすくシンプルに考えるか」ということを学びました。また、自らの知識をつけるためにひたすら論文を読み込むようにもなりました。

その後、 大学院時代に学生結婚をしたため、仕事をしようと考え、知人の紹介で神戸大学のポスドクとして働き始めました。研究テーマは植物分野になり、それまでと一転しましたが、地道な努力を続けた先の「あれ?」という違和感を探すことに喜びを感じていたので、テーマが変わることに抵抗はあまりありませんでした。さらに、その後すぐに金沢大学の工学部で助手のポストが空いたという話を聞き、京都大学出身の先輩教授のもとで、ヒ素についての研究を行うようになりました。どんなテーマに取り組んでいても、研究の価値観は自分で作り、「やった!」と感じる瞬間が1年に1・2回は必ずありましたね。

「バイオエアロゾル」との運命の出会い


金沢大学で研究を行っていると、ある時他の教授から、「大気微生物についての研究をしてみないか?」と声をかけていただいたんです。「バイオエアロゾル」という、微生物や動植物の細胞の破片が大気中に放出されたものについて扱う研究でした。元々、水中や地中の微生物の研究に比べて、大気中は実験の難しさもあり研究者が非常に少ない状況でした。しかし、私は学生時代に海洋微生物の研究を行っていたため、これまで学んできたことを置き換えることができるという意味では、研究的に備えがあったんです。

そのため、話をもらった時は、まさにドンピシャな分野だと感じ、「これしかない!」という感覚でした。それまでは研究分野を広くとらえていたのが、この時ばかりは、全力でこの分野にシフトしてもいいんじゃないかと感じました。それくらい、運命に近い出会いでしたね。

そして、その教授からの誘いで中国の敦煌を訪れ、大気微生物の中でも、黄砂に含まれる微生物の研究を始めることに決めたんです。大体気流の関係でバイオエアロゾルが舞い上がる場所は決まっており、高くまで飛ぶのは砂漠地帯の粒子なんです。黄砂の場合は、タクラマカン砂漠当たりの粒子が上空数キロまで舞い上がり、日本まで飛んで来て、重力で地面に落ちていきます。運ばれる量が多い分、付帯している微生物の数も多いので、注目したんですよね。

そんな背景から、私は、黄砂にどんな微生物が含まれており、それが運ばれたことで生態系にどんな影響を与えるのかをメインテーマに絞り、研究を始めました。

自分との戦いを経てたどり着く「その瞬間」


研究は大気中から微生物を採ってくる所から始まります。そのために、飛行機やヘリ・気球を使って大気中の粒子を直接採取するんです。そして、地上に戻って来た後に、それらを培養・DNA解析したり、粒子を顕微鏡で覗いて研究を進めていきます。ここで、少しでも他の大気との混同による汚染が入ってしまうと実験結果にノイズが出てしまうので、それをどう防ぐかの工夫は非常に注力しています。

そんな風に技術的にも簡単ではないため、研究者の数は少ないですが、黄砂内に含まれる微生物のもたらす影響は非常に多岐に渡ります。まずは微生物生態学への貢献が非常に大きく、解析しにくい生物であるからこそ、非常に注目を集めています。特に、雲の上には栄養もあるため、大気中に舞い上がった状態で増殖することも含めた生態系を発見できればと考えています。

また、気象学にも影響を与えており、大気中の微生物が雲を作るという説もあります。雲の中の水を集める粒子として微生物が最適なのではないかと言われており、気候変動の原因になっているのではないかとも言われています。それらが解明されることで、地球温暖化の予想にも役立てることができます。

その他にも医学や農学・水産・畜産学にも影響を与えており、例えば、落ちて来た微生物に含まれる菌のうち、かびの一種をマウスの鼻につけると、アレルギーを増悪することが分かっていますし、落ちた先で動物や植物に起こる病気の一部は微生物が原因だと考えられています。実際に、これまでの成果として、食中毒菌や動植物の病原菌と疑わしき菌を黄砂の中から発見しています。

また、ネガティブな影響を及ぼすものだけでなく、黄砂の中には納豆菌が含まれていることも分かったため、実際に大気中から採取した納豆菌から納豆を製造し、「そらなっとう」として協力企業と販売も行いました。

正直、毎日研究を進める中で、つまらないことの方が分量として多いです。でも、「やり続ければ何かあるんじゃないか」というノリで続けているんです。例えば、ずっと実験を続けていると、ある時マニュアルの規定の濃度と入れる分量を間違えてしまう時があります。しかし、そんな時に、それまで出なかった反応が出て、結果的に発見に繋がることがあるんです。その瞬間は全身の力が抜けるような感覚で、それから数日は高揚した気持ちが続き幸せな一時となります。

自分の中でこれができたらすごいというルールを決めて、その課題設定をクリアする。それだけのことなのですが、思い通りに達成できた瞬間が本当に嬉しいんです。段々とその規模を大きくしながら、「その瞬間」をより大きく味わうことが原動力ですね。

元々、研究者でなければ、芸術家になりたいと考えており、今も油絵を描いていますが、研究と芸術は似ている気がします。自分との戦いを突き詰めた先に、イメージが形になる瞬間がなんとも言えないですね。

将来は今の研究が「バイオエアロゾル学」という学問になり、学会を開けるまで昇華させたいと考えています。それが微生物の世界の未来につながると思いますし、何より、そういった世界をすごく楽しみに感じています。

2015.07.06

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