生活の中で、美しくアイコンとなるデザインを。理想を追えない葛藤の中で訪れた転機。

【another life. × team RICOH THETA特集】1回のシャッターで、取り囲む全ての景色を簡単に撮影することができる360°全天球カメラ「RICOH THETA」を生み出したチームの特集です。2人目はデザインに携わる河さん。プロダクトデザイナーに憧れ、制作に熱中していた美大生活過ごしていた分、入社後は自らの理想を追いかけられない葛藤もあったとか。そんな河さんの人生を大きく動かしたのは、社会人2年目に訪れた転機でした。

河 俊光

こう としみつ|RICOH THETAのデザイン
株式会社リコーにて、1回のシャッターで、撮影者を取り囲む全ての景色を簡単に撮影することができる「RICOH THETA」のデザインに携わる。

※この特集は株式会社リコーとの協力でお届けしました。

現在、リコーは、YRPユビキタス・ネットワーキング研究所と共催した「RICOH THETA」のアプリケーションまたはガジェットを開発するオープンコンテスト「RICOH THETA デベロッパーズコンテスト」を開催中です。
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美術系予備校で開けた可能性


僕は、愛知県に3兄弟の次男として生まれました。兄が2個上、弟が5個下ということもあり、幼少時代は年の近い兄とは一緒に遊ぶことが多く、兄の友達も含め、年上の人のしていることにアンテナを張っている、少しませた子どもでした。

中学では兄の影響で野球部に入り、野球に打ち込む日々を過ごしました。 監督が厳しかったため、部活に明け暮れていましたが、その反動で、中学3年の引退後は一気に遊び始めるようになりました。

高校に進学してからも、部活には入らず友達と遊んでいました。そして高1の夏に初めての通知表をもらうと、当然のごとく成績は良くないものでした。

しかしそんな中、美術だけは昔から安定して成績が良かったんです。小学生の頃から単純に絵を描くことが好きで、 集中してコツコツ個人作業をすることが向いていたんですよね。色々な方面で兄弟の影響を受けてきましたが、美術への関心は自分特有のものでした。

そんな背景もあり、漠然とデザイン関係の道に進みたいと考えるようになり、親との会話で冗談半分で、「美大に行ってみようかな」と話をしたことがありました。すると、ちょうど美術系の予備校の夏期講習の時期だったこともあり、そこに試しに行ってみるかと聞かれたんです。

正直、興味はあるものの、不安や緊張もありました。しかし最終的には、新しい世界への関心が勝り、高校1年の夏、美術系予備校の夏期講習への参加を決めました。

実際に通ってみると、1・2年の内は基礎講座で、もとから通っている人も僕のように新しく来る人も、幅広く集まっていました。そして初めて授業に参加してみて、面白さは感じたものの、他の人とのレベルの違いを実感しました。

そこで、悔しさもあり、もっとうまくなりたいと強く感じるようになりました。また、実際に短い期間ではありましたが、その講習の期間だけでもかなり自分のスキルが上がった感覚があったんです。そのため、夏休みが終わってからも、その予備校に通うことに決めました。

高校1・2年の間は週3日通い、先生と話をする中で、卒業後は美大に進学しようと考えるようになっていきました。また、2年生の時に受けた紙立体の授業で、自分は立体造形に関心があるし向いていると感じたんです。

ちょうど、ケータイデザインの全盛期だったこともあり、生活の中で日常的に触れるもののデザインに関わりたいと漠然と考えるようになり、 将来はプロダクトの道に進もうと、自らの目標が明確になっていきました。

そこで、高校を卒業後は、武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科に入学を決めました。

制作に没頭した大学時代


僕が入った学科は、インダストリアルデザインだけでなく工芸も含めた7専攻で構成されていたのですが、最初の1・2年は全員同じ授業を受け、2年後期に専攻を決めるカリキュラムとなっているため、木工や陶磁など、工芸志望の同級生と仲良くなり、ものづくりに対する考え方がどんどん広がっていきましたね。

そして、2年後期からはインダストリアルデザイン専攻に進み、とにかく制作に没頭する日々を過ごしました。授業で出た課題に対し、デザイン案を考え、模型を作り、プレゼンするためのボードを作りという作業が必要だったのですが、朝から晩まで大学に入り浸り、無限に時間をかけてでも自分の理想としているデザインを作ろうとしていましたね。学校自体の立地が小平市の郊外ということもあり、都心に出かけるのがおっくうだという面もありましたが。(笑)プロダクトの中でも白物家電等にはあまり興味がなく、カメラや車など嗜好性の高い消費者向けの商品のデザインに魅力を感じていたんです。

そこで、卒業後は元々デジカメを使っていたことから関心を持った株式会社リコーに就職を決めました。

インハウスデザイナーの葛藤、理想との間のフラストレーション


入社してからは、デザインセンターというプロダクトのデザインを行うチームに配属になり、コピー機のデザインに携わるようになりました。

実際に働き始めると、学生時代とのギャップの大きさに驚きました。学生時代は、自分の理想を全て注ぎ込んだ制作を行っていたのに対し、会社内にはもちろん制限もあり、自分の意見を通すための交渉力や説得力も必要となります。そのための勉強はしていなかったこともあり、非常に新鮮でしたね。

また、扱うプロダクトがビジネス向けの商品ということもあり、開発スパンが長く、製品ラインナップの外観を横串で統一しているため、デザイン自体の自由度もそこまで高くありませんでした。そんな背景から、入社してしばらくは葛藤する日々を過ごしました。

自分の好きな形状にしたいと思いつつ、ルールにのっとらなくてはいけないというジレンマがあり、もう少し自由にやりたいと思い悩む日々を過ごしました。製品の一貫性を考えればそれがベストであることはわかりつつも、どうしても出てくる自我と戦っていましたね。

加えて、そんなフラストレーションを抱きながらも、自らプレゼンをしてデザインの提案を勝ち取らなければいけないということもあり、モチベーションのコントロールに苦しみながら仕事をする日々が続きました。

「将来のアイコンに」という理想を込めたデザインコンペ


そんなモヤモヤを抱えて過ごしていた2年目の春、社内で新しく発表される、360°撮影できるカメラのデザインコンペが開催されるという話を耳にしたんです。

「これはチャンスが来たな」と思い、飛びつくように応募を決めました。消費者向けで且つ新規性の高いカメラということもあり、本来やりたかったデザインに近く、非常にモチベーションが高かったですね。

本業と並行の準備ではありましたが、なるべく効率的に仕事を終わらせて時間を作るようにし、コンペに出す案に注力しました。そして、自分自身がリコーに憧れを抱いたように、絶対的なアイコンとなるデザインをしたいと考えたんです。

今はまだ世の中にない製品であるものの、将来、市場が伸びていった先に、「360°のカメラといったらこのカタチだよね」というものを作りたいと思ったんですよね。そのために、メイン機能が一番映える造形で、極力少ない線で構成される外観を意識してデザインを考え続けました。

例えばカメラや車など、子どもが絵に描けるようなプロダクトは、必要な機能を残して洗練され尽くした結果の造形だと思うんです。だからこそ、そんな姿に近づけるように必死にデザインを磨き続けました。

するとある時、ついにこれだというデザインを生み出すことができました。自分が描いていた理想を、カタチに落とし込むことができた感覚があったんです。

その案でコンペに参加した結果、最終候補3案に選出され、モックアップでの選考の結果、僕の考えたデザイン案が採用されることに決まりました。

決まった時は本当にテンションが上がりました。運もあったと思いますが、2年目で大きなチャンスを掴むことができ、また、自分のやりたいことを突き詰めた結果を評価してもらうことができ、すごく自信にもなりました。

生活の中の美しさを追いかけるデザイナーに


このコンペ以降、通常業務でも自分の提案に対する気持ちの持ち方が変わった気がします。入社したての時は自分の提案に対し、「これで良いのかな?」と思っていたのが、自信がついたこともあり、自分が良いと思うものを良いと言えるだけの心ができたような感覚があります。

そうして、2013年9月に360°撮影できるカメラ、「RICOH THETA(シータ)」のリリースを迎えました。もちろん発売後すぐに購入しましたが、(笑)自分でカタチを考えたものが、自分の手の中、そして他の人の手の中にあり、日常的に使われる可能性があるということは、本当に感慨深かったですね。

その後、THETAのプロジェクトへの参加は一区切りを迎え、現在は、再びコピー機のプロダクトデザインに携わっています。どの分野の製品も学ぶことがたくさんあるので、とにかく勉強していきたいですね。

民藝運動を興した思想家の柳宗悦が、用美相即(用途に即した廉価な日用品にこそ健康な美が宿る)という言葉を用いていましたが、コピー機も紙詰まり処理やトナーボトル交換など、ユーザビリティの集合体であるという点で考えると、この思想に通ずるものがあると思います。

これからは、製品ジャンルを問わず、利のためでなく用のためとなるプロダクトデザイン開発に携わっていければと思います。

2015.05.18

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