私は兵庫県西脇市に、男3兄弟の末っ子として生まれました。元々、祖父が始めた無線機の販売の事業を父が継ぐという自営業の家系だったのですが、将来自分が家業を継ぐような感覚はなく、「やりたいことをやりなさい」と言われて育ちました。

それでも、父は私にとって憧れの対象で、小学生のある時、ITに関心の強い父が家にマッキントッシュを買って来てからは、私もコンピューターに関心を抱くようになりました。

最初はデフォルトのゲームで遊んだり、ペイントで絵を描いたりという程度だったのですが、そのうちに、機械を分解するようになり、中の構造にも関心を抱くようになりました。精密な部品が均等に並ぶ様に美学を感じ、「こういうところまで作られているんだ」と驚きましたね。

その後、中学に上がると、6歳上の兄が会社を立ち上げました。元々親への憧れもあり、自分も何か生み出したいと思っていた分、単純にすごいなという気持ちに加え、にわかに悔しさもありました。

そしてそれ以来、兄が声をかけてくれて経営者のセミナーに同行するようになりました。私も名刺を作ってもらい、ほとんどが30代という中、様々な方と話をさせていただきました。正直、話の中身が分からないこともありましたが、決して私のことを見下さずにフラットに話をしてくれる様を見て、「将来は自分もこんな風になりたい」と考えるようになっていきました。また、ITの領域で事業を起こしている方も多かったので、よりITへの関心は強くなっていきました。

その後、高校に進学してからは、授業に出て部活をして、家に帰ってからはネットサーフィンという生活をしていました。小さい頃から情報収集をする癖が着いており、周りの大人の方と話をするためにも、インプットは意識的に増えていきました。

一方で学生らしい生活も並行しており、靴に砂が入るのがいやだから室内競技を選び(笑)、その中相性の良かったバレー部に入り、部活に熱中していました。ボールを繋いでいくプロセスももちろんでしたが、アタックの機会が多く、自分の承認欲求が一番満たされるような種目だったんです。

そんな学校生活を経て、高校3年生を迎えると、進学校だったこともあり、周りは大学に進学していきました。

しかし、私には大学に進むという選択肢はありませんでした。兄や周りの経営者の方の話を伺う中で、遊んでしまう環境に身を置いてはダメだと感じたこともあり、卒業後はそのまま社会に出ようと、早くから決めていたんです。

そして、関心を持っていたITの領域、経営者の方と話す中で重要だと気づいたプレゼン能力を養うため、幼い頃から好きだったアップルに就職を決めました。