新しい時代の中で、作品の価値を最大化する。編集者からエージェントになった理由。

作家と同じ立場で寄り添い、作家・作品の価値を最大化するため、作品を世に広めていく仕組みづくりに挑戦する、株式会社コルク創業者の佐渡島さん。「時代の変化」を敏感に感じ、最適な形で作品の価値を高めていく背景のお話を伺いました。

佐渡島 庸平

さどしま ようへい|作家と作品の価値を最大化する
2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。
『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、
『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』などの編集を担当する。
2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。

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物語の中の世界が好き


私は東京で生まれ育ちました。小さい頃から本を読むのが好きで、『指輪物語』や『ナルニア物語』などのファンタジー作品をよく読んでいました。また、小学生になってからはサッカーも始め、本は好きだけど活発でもありました。現実世界よりも本の中にある世界のほうが面白いと感じていましたね。

中学生になると、父親の仕事の関係で南アフリカで生活することになりました。治安が悪く移動手段は車のみな点を除けば外国人である自分たちの生活に不便はなく、日本人学校に通いながら、テニスを日々するような生活をしていました。

この時に、ちょうど南アフリカ初の全人種による選挙があり、ネルソン・マンデラが大統領に選出されるのを間近で見ることができました。まさに「世界が変わっている瞬間」の空気を、その土地にいて肌で感じることができたんです。また、南アフリカにいる人たちも、人種や文化は日本人とは違っても人間としての本質は同じなんだと思いましたね。嬉しい時は笑って、悲しい時は泣くんだと。

そんな生活を送りつつ、勉強は必死にするようになっていきました。日本とは教育環境があまりにも違ったので、このまま帰国したら大変なことになるんじゃないかと危機感を持っていたんです。しかし、教科書をひたすら勉強していたら、思った以上に成績は伸びていきいました。そして中学3年で帰国した後、灘高校に進学することにしました。

本に関わる出版社へ


高校生になっても相変わらず現実世界よりも本の世界が好きで、将来働くことに興味が持てず、大学受験も最初はする気がありませんでした。する気がなかったと言っても、1年だけ「どこにも属さない期間」を過ごした後に進学しようと考えていたんです。

人は生きていく中で常にどこかのコミュニティに所属しています。そうすると、そのコミュニティに「所属すること」を自我だと錯覚してしまうんです。例えば「◯◯高校の自分」「◯◯大学の自分」といった感じに。

私はそれが本当のアイデンティティだと思えなくて、所属に縛られず自分自身について考える時間が欲しかったんです。しかし、最終的には祖母の説得に負け、現役で大学受験をして東京大学文学部に進学することにしました。家族と喧嘩してまで貫きたかったわけでもなかったので。

大学では授業に出るか、家庭教師やコックのアルバイトをするか、といった生活を送っていました。そして、3年で就職活動を迎えた時、やはり働くことに興味が持てなかったので、大学院に進み文学の研究者になる道も考えていました。

ただ、本にかかわる仕事なら面白いかと思い、出版社を受けてみることにしたんです。そうすると、編集者の仕事は作品づくりに貢献できるので面白そうだと感じました。そこで、文芸も扱っていて、かつ出版社の中でも大手なら新人作家が原稿を持ち込み新しい作品に触れるチャンスが多そうだと考え、講談社で働くことにしました。

作家が答えを見つける瞬間


入社してから、すぐに井上雄彦さんや安野モヨコさんなど、ベテラン作家の編集担当としての仕事が始まりました。本物の作家は実力・才能がまったく違い、しかもずっと作品のことを考えていて努力も惜しまない人ばかりで、すぐに、そういった人たちをサポートする事が楽しいと感じるようになりました。編集者として、作家のつくる作品をより多くの人に届けていくのが、自分の役割であり使命なんだと理解したんです。

そんな編集者の仕事は面白く、自分が関わった作品を多くの人に知ってもらえるのは嬉しかったです。また、作家が作品づくりに悩んでいる時に一緒に対話をしていき、作家が答えを見つける瞬間はなんとも言えない喜びがありました。

産みの苦しみを間近で見ている分、悩みぬいて答えを出した部分が実際に連載で世に出てきた瞬間は感慨深かったですね。そうやって『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』など、様々な作品に編集として携わりながら楽しく仕事をしていました。

時代の変化の中での作品


しかし、時代の変化にともなって、私は出版社で働き続けることに違和感を感じてしまったんです。インターネットとスマートフォンの登場により時代は大きく変化していく。その変化の中で経済のルールも刷新される気運を感じていて、実際に作品業界も大きく変わっていました。

それまでは作家が作品をつくった先の「出口」は、書籍にするという、ほぼ一本の道しかありませんでした。しかし、電子書籍、オーディオブック、その他コンテンツなど、作品の活用方法は様々な可能性が出てきたんです。

ところが、新市場はルールが整っていない状態なので、作家はどの方法が最善で適切な価格なのか、なかなか考える時間を割くことができません。一方で、あくまでも出版社に属する編集者は、「本をつくる」ことが仕事です。そのため、どうしても書籍化以外の道を作家に寄り添って提供するのが難しい立場でもあるんです。

そう考えた時、出版社に居続けると時代の変化に敏感に反応できないのではと思うようになっていきました。そこで、10年働いた講談社をやめて、作家と同じ立場に寄り添うエージェントとなるため、株式会社コルクを立ちあげることにしました。

インターネットに最適化する


私たちは、作家のエージェントとなり、作家と彼らのつくる作品の価値を最大化することを目的としています。作家と打ち合わせをしたり、本に限らずどうやって作品を多くの人に知ってもらうかを作家と同じ船に乗って考えていきます。

その中でも特に、インターネットの中で作品の存在感を上げることに注力しています。時代の主流のインターネット上でのコンテンツは、コピー、シェアされる拡散力が重要な中で、作家の作品は著作権の関係もあり、非常に存在感が薄いんです。

そのため、今は「Magnet」という、URLを貼るだけで作品の試読ができ、そのまま同じ画面内で購入までできる仕組みをテスト的に運用を始めています。これならシェアをして拡散することができますし、今までのように「購入は別ページで」といった面倒な問題も解消されます。

さらに、多くの人に面白い作品を知ってもらわなければならないので、読者が新しい漫画を発見できるウェブメディアとして、「マンガHONZ」というレビューサイトの編集長もしています。作家と良い作品をつくり、それを売る場を用意し、作品を知ってもらう、これがインターネット上で作家の作品の存在感を上げていく鍵になると考えています。

新しい時代のルールメーカーに


今はインターネットによって経済のルールが書き換えられている時代で、作家側の人間もそのルールづくりに参加しなければ、作品をつくり続けられる仕組みにならないと考えています。私はまさに作家のエージェントとして、作家の立場でそのルールづくりに関わっていくのが使命だと感じています。それが作家と作品の価値を最大限高めることに寄与すると思うんです。

今後は、さらにインターネット上で、作家を中心に集まるコミュニティができると考えています。野球好き同士が話すと会話が盛り上がるように、作家や作品のファンが集う場ができ、そこに市場が生まれるのです。コンビニで一般の人を対象にしても売れないような作品コラボ商品も、ファンはちゃんとその価値をわかってくれますからね。そのような交流を生むための場をつくっていくのも私たちの仕事です。

人の心を動かす作品の本質は、どこの国でもいつの時代にも変わらない普遍的なものです。この作品の持つ力を最大化するため、時代にあった形で世界中に適切に届けていくことを、これからも続けていきます。

2015.02.09

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