私の父親は、長野県で美術館を経営していて、幼い頃からその姿を見ていました。
絵画は一つとして同じものはなく、それぞれに奥深い価値が有るものだと語る父をとても尊敬していましたし、
加えて他の人にはできない仕事をしている父の姿に憧れていました。

しかし、そんな父の姿を見ながらも美術の道に進まずに、
小学校の頃からずっとスポーツが好きで、高校ではバレーボール部の活動に打ち込んでいました。

その後大学受験の際に進路を考えるにあたっても、美大に行こうか悩んだ時期もありましたが、
将来企業に就職するのに潰しが効きそうな、一般的な大学の経済学部に進学することに決めたんです。

大学入学後も、高校時代の友人と一緒に体育会のバレーボール部に入部し、夏にはビーチバレーの試合にも出るなど、
毎日練習に明け暮れていました。
その時私はチームメンバーにもとても恵まれていて、大好きな仲間と一緒だからこそ、毎日の厳しい練習も堪えることができました。
さらに大学3年になると、一つ上の先輩である4回生に次期主将という重役を与えられ、それまで以上に練習に打ち込んでいきました。

その後就職活動を迎えましたが、バレーボール漬けの大学生活を送っていたからか、
ただ漠然と、"成長産業に関われたら" という思いでIT商社に進むことに決めたんです。

ただその時も、いつか自分も父親の仕事を手伝いたい、父親のような自分にしかできない仕事がしたいと考えていて、
いつかは自分でそんな仕事をするのだろうなとぼんやり考えていました。