地域や伝統の魅力を、ITで支えたい。やっと巡り会えた、私が本当にしたかったこと。

最短2分で、驚くほど簡単に オンラインストアがつくれる「STORES.jp」等を運営する株式会社ブラケットにて、アパレルブランドのオンラインストア立ち上げ支援を行う林さん。テレビ局の記者や税理士など、様々な手段から日本の伝統や地域の魅力を伝えることを志した林さんが、ITに感じた可能性とはどのようなものだったのでしょうか?

林 幸葉

はやし しは|アパレルブランドのオンラインストア立ち上げツール運営
最短2分で、驚くほど簡単にオンラインストアがつくれ「STORES.jp」等を運営する株式会社ブラケットにて、
アパレルブランドのオンラインストア立ち上げツールの管理・運営を行う。

株式会社ブラケット
STORES.jp
Shoes of Prey

伝統技術の継承を支えたテレビへの感動


私は岐阜県に生まれ育ち、地元の中学・高校に通いました。

小さい頃から洋服や雑誌に関心があり、ファッション誌はジャンルを問わず読みあさっていました。
また、お洒落に気を使って、仕事もしっかりこなしてという、
所謂キャリアウーマンだった母は、子どもの頃からの憧れでしたね。

その後、高校を卒業後は、東京の大学に進学しました。
ぼんやりとしたイメージではあったものの、記者になりたいという思いがあり、
文学部の歴史社会学科というところで勉強をすることにしたんです。

しかし、上京してからは遊んでばかりの日々でしたね。(笑)
東京では出会う人が皆すごく面白く、自分がいかに井の中の蛙だったか思い知らされました。
水商売に務める人から企業の社長まで、とにかくたくさんの友人ができました。

そんな生活をしていた折、大学の文化人類学のインタビューの一環で、
ある伝統工芸に携わる親子のお二人にお話を伺う機会がありました。
そこで、伝統工芸の後継者となった息子さんにお話を聞いてみると、

「高3まで父親のことを、『家にいて引きこもっていて、楽しくなさそうだ』と思っていたのが、
急に職人ブームで親がテレビ番組に引っ張りだこになり、
それからテレビにでる親の姿を見て憧れるようになった」

と仰っていたんです。
しかも、親御さんの技術は他にできる方がいないものだっだと。

その話を聞いて私は、

「テレビってすごいんだな」

と感じました。
そのブームがなければ、一つの伝統技術が途絶えてしまっていたかもしれないのに、
テレビの力でそれを防ぐことができたことに、驚きを感じたんですよね。

元々、中学生の頃から複数回海外留学に行っていたこともあり、
日本の伝統工芸や文化に関心をもっていたからこそ、
そんな魅力をクローズアップするような仕事がしたいと考えるようになり、
大学を卒業した後は、地方のテレビ局で働こうと考えるようになったんです。

悩んだ末に決めた就職


そこで就職活動の時期を迎えると、実際に地方のテレビ局を受けて回りました。
しかし、他の業界での内定はいただきながら、結局テレビ局とはご縁が無かったんです。
そこで、就職をしようか否か迷っていると、悩んでいることを感じてか、
会計事務所を営む父から、「税理士の勉強をしてみてはどう?」と声をかけてもらいました。

それまで資格等を考えたことは無かったのですが、
よく考えてみると、税理士は裏方ではあるものの、
結果的に地方の中小企業や産業を支える仕事でもあるな、と感じたんですよね。
そこで、卒業後は法律系の大学院に進学し、勉強を行うことに決めました。

そして、名古屋に戻り、大学院に進学し資格の勉強に没頭する日々を送りました。
東京の学校に行ってしまうと勉強しないとわかっていたので、
環境を変えて、税理士の勉強に集中しようと努めました。

しかし、大学院の卒業が近づくと、再び将来の進路に悩んでしまったんです。
名古屋で資格の勉強を行うだけでなく、もう一度就職活動をして、地方のテレビ局に挑戦したいという気持ちもありましたし、
もう一度、東京に戻りたいという気持ちもありました。

本当に、ギリギリまで悩み、全国の良い占い師を探すほどでした。(笑)

最終的には、東京に行きたいという気持ちが勝り、
もう一度就職活動をし、テレビ局ではなく、大手IT系の会社に営業職として内定をいただきました。
正直、名古屋ではバイト先のアパレル企業から正社員の話をいただいており、
そこで働きながら資格を勉強を続けることも迷いもありました。
しかし、税理士の方から、これからは税理士をやるにも営業等を経験している方がいいというお話を伺い、
それならば一度就職して、営業として会社を知ろうと気持ちが固まったんです。

26歳の転職、ITに感じた可能性


実際に働き始めると、仕事は楽しかったですね。
やらなければいけないことが目の前にあり、それに打ち込む毎日でした。
しかし、企業の主要業務でない部分のアウトソーシングを請け負う営業だったため、
1年ほど働くと、会社の末端部分しか見られないことに違和感を感じるようになったんです。
元々就職をした目的からも、事業の仕組みを1から10まで知れるようなところで働きたいと感じるようになりました。

すると、ちょうどそんなタイミングで知人づてに、株式会社ブラケットという会社を紹介されたんです。
ブラケットは、「Shoes of Prey」という、オーダーメイドの靴をオンライン上で購入できるサービスと、
「STORES.jp」という、誰でも簡単にオンラインストアを作ることができるサービスの2つを運営しており、
私は「Shoes of Prey」のマネージャーの募集お話を聞かせてもらったんです。

元々、小さい頃からファッションに関心があったため、事業内容はもちろん、
何より、会社の方々とお会いする中で、この人たちと働きたいと感じたんですよね。
特に、取締役の方に出会い、初めて母以外の女性で「こんな人になりたい」と思ったんです。

そんな背景もあり、今度は全く悩まず、直感で26歳の転職を決めました。
また、自分の担当ではなかったため、周りには伝えなかったものの、
「STORES.jp」のサービスを初めて見た時、

「色々な地方の方々を応援することは、インターネットでもできるのかもしれない」

と感じたんですよね。

実際に入社してからは、右も左も分からぬ状態だったこともあり、
関わるサービスを有名にしようという一心で仕事に打ち込みました。

「私は、本当に、こういうことがしたかったんだ!」


その後、会社が株式会社スタートトゥデイのグループ会社になり、
2014年1月から、私はZOZOMARKETという、
デザイナーやクリエイターが集まるマーケットプレイスの運営に携わるようになりました。

そこで、出店してもらうための営業等を行う中で、
ある時、蛇革に漆を塗ったデザインの商品を販売している会社に携わる機会があったんです。
普通、漆は器等に使われることもあり、アパレルに展開したそのブランドは海外でも注目を集めていました。

そんな風に伝統技術を生かした会社の販売支援に携わることができ、

「私は、本当に、こういうことがしたかったんだ!」

と、強く感じましたね。

もしかしたら自分でも役に立てるのかな、という感覚を得て、
大きなやりがいを感じました。

その後、2014年の4月からは「STORES.jp PRO」という、
規模の大きなアパレルブランドが、自社のECサイトを作る仕組みに携わるようになり、
現在は企業への営業から機能改善などを全て行う、マネージャーとして働いています。

先のような伝統技術に関わる企業だけでなく、
今後はより多くのブランドがオンライン上で売上を伸ばすことに貢献したいですし、
例えば、地方のMADE IN JAPANブランドが世界に広がっていくようなお手伝いができたらと考えています。

また、将来は自分でも副業でお店をやってみたいなという気持ちもあります。
まだ形は具体的には考えていませんが、こちらも地方や伝統などの切り口を含むものにしたいですね。

2015.01.29

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