愛媛県松山市に生まれ育ち、地元の小中学校に通いました。そのまま高校も地元の学校に進学したのですが、女の子にモテることが頭の9割を占めるような、何も考えていない高校生でした。また、やんちゃな性格だったこともあり、2年生の時にあっさり退学してしまいました。

その後は、もう学校にしばられないため、自由を感じました。しかし、そんな生活も一ヶ月ほどで飽きてしまったんです。バイトをしていても、何がしたいか分からないし、大学生とは話が合わない。先がまるで見えませんでした。

そこで、矢沢永吉の自伝『成り上がり』を教科書に、東京に行くことを決めたんです。元々憧れがありましたし、東京に行けば成功するチャンスがあると思っていました。そんな思いと片道の切符だけを握りしめ、16歳の夏に上京しました。

初めての東京はとても新鮮で、人の多さと早さに、どう歩いてもぶつかっていました。(笑)しかし、なんの計画も無く上京してきているので、結局後楽園球場の近くで浮浪者と一緒に新聞紙で寝て、2日目からは、お金がないという現実が襲ってきました。

そこで、住み込みで働けるところを探し、以前からやっていた新聞配達の仕事を始めたのですが、それも辞めて仕事を転々とし、その日暮らしなんていうのも経験しました。

そんな生活を続けた結果、20歳になると行き詰まってしまったんです。結局、松山にいた頃と同じような暮らしだったんですよね。そこで、これは一度仕切り直さなければと思い、一度松山に戻ることに決めました。