「産後の心身ケア」を伝え広めたい。在学中に出産した私が決めた、人生の優先順位。

産後女性の心身ケアプログラムを行うNPOを運営する吉岡さん。東京大学大学院在学中に子どもを授かった吉岡さんが、育児と仕事を並行する中で見いだした、人生の選択における優先順位とはどのようなものだったのでしょうか?お話を伺いました。

吉岡 マコ

よしおか まこ|産後女性の心身ケアプログラムを主催するNPOの運営
産後ケアの重要性を啓発するとともに、
産前・産後の女性に向けた、産前・産後のボディケア&フィットネスプログラムを開発・研究・普及し、
プログラム提供者の養成を行う、特定非営利活動法人マドレボニータの代表を務める。

特定非営利活動法人マドレボニータ

身体を動かすことで得た「解放感」


埼玉県、入間市に生まれ育ち、ばりばりの進学校の女子校に通っていました。
特に、高校になると、女子校特有の雰囲気が息苦しく感じたこともあり、
高校2年生の時に、1年間オーストラリアに留学をすることに決めました。

その留学プログラムはAFS(アメリカンフィールドサービス)という、
戦争を無くすための目的で設立された歴史ある団体だったのですが、
その活動の主旨を聞いて、「こんな私でも世界平和に貢献できるんだ」という驚きがありましたね。
純粋に自分のためだけでなく、「世界のためにやる」という考え方にワクワクする自分がいました。

そんな風に、自分のためだけではなかったからこそ、留学生活はつらいことも多かったですが
さまざまな葛藤を乗り越えた1年間だったという手応えがあり、納得感をもって帰国しました。

日本に戻ってみると、高2の三学期。受験勉強に没頭する日々に切り替わりました。
それからは集中して勉強に取り組み、志望していた東京大学の文科Ⅲ類に進学しました。

実際に入学してからは、映画や演劇等の授業が充実していたこともあり、
芸術系に関心を強めていきました。
また、舞台やダンスなどの影響で、自分自身身体を動かすことに興味を抱くようになったんです。

実は、小学校まで走るのが速く運動が好きだったのですが、
中高になるとなんだか自分の身体が自由に動かないような感覚になり、
体育の時は保健室で休むようになっていったんですよね。

そうやって、自分の身体がうまく動かないことが嫌だと感じていたからこそ、
大学で運動を始めてからは、精神的にすごくすっきりしましたね。
なんだか解放されたような気がして、気持ちがよかったです。

そんな背景から、文学部の美学芸術学という比較的自由度が高い専攻だったこともあり、
「身体論」をテーマに卒論を書き、もうちょっと勉強したいという気持ちから、
卒業後は大学院に進学することに決めました。

ちょうど、周りでIT系の起業を行う学生などが出てきたこともあり、
就職しなくても道はあるような感覚があったんですよね。
あわよくば運動生理学の研究者になろうかな、という気持ちもありました。

24歳、在学中に迎えた出産


ところが、実際に大学院に進学してみると、いまいちしっくりこなくて…。
生命環境科学科で身体運動科学を専攻していたのですが、
研究対象が漠然としていたこともあり、研究のための研究になってしまい、
このまま修士論文を書いてドクターに進むのが本当に良いのだろうか?と悩んでしまったんです。
漠然とですが、大学院を辞めようかとも考えるようになりました。

そんなことを考えていた24歳のある時、付き合っていたギリシャ人の彼氏との間に子どもが出来ました。
正直、大学院に対して前向きでなかったこともあり、子どもを産んで、ギリシャで暮らそうと思ったんです。

勉強不足・認識不足だったこともあり、子どもを産むことを甘く考えていて、
産んだ次の日からバイトに行けるくらいの認識でした。

ところが、実際に子どもを産んでみると、それまでの甘い考えは全て覆されました。
物理的に学校に通うことができない状況だったため、大学院は中退することになり、
かといって何をするか決まっていなかったため、アルバイトをすることにしたのですが、
それも難しかったんですよね。

加えて、パートナーとの関係もうまくいかなくなってしまい、
産後の一番大事な時期を一緒に過ごすことができず、
2人のパートナーシップも崩壊してしまいました。

また、それ以前に身体がぐらぐらで、体調的にも優れぬ日々が続きました。
赤ちゃんは可愛いけれど、体調が悪いと、我が子のことを可愛いと思えなくなってくる。
身体のツラさにくわえて、そういう精神のツラさも加わって、幸せなだけでない産後の現実を体感しました。

産後の気づきから教室を開く


それからは、何か仕事をつくらなきゃと考えるようになったのですが、
自分自身の身体の調子が良くないこともあり、「自分にはリハビリが必要だ」と思い、
妊娠中に習っていたマタニティヨガを再開しました。
しかし、ヨガは単身でやると集中できるものの、
赤ちゃんがいると、とても集中なんかできなかったんです。

そんな時、友人からバランスボールをプレゼントしてもらい、
そのボールを使ってトレーニングを始めてみたのですが、
ずっと弾んでいるだけで運動になるし、なにより、赤ちゃんを抱えてボールに乗っても、
ずっと機嫌がいいことに気づいたんですよね。

少しステップ等を作って続けてみると、自分の体調が良くなっていき、
段々と、教室等をやったら、同じような産後の女性にニーズがあるんじゃないかと感じました。

そこで、「産後のボディケア&フィットネス教室」という名前で教室を開くことにしたのですが、
いざやってみると、集客が大変でしたね。
チラシを作ったり、助産師さんに紹介をいただいたりするのに加え、
新聞社に手紙を書いて送ってみたりもしました。

すると、一社、内容に共感いただけた新聞記者の女性から取材をしてもらい、
記事にしてもらえることになったんです。
その記事を見て教室に申し込んでいただける方もいて、影響力は大きかったですね。

しかし、それでも自分1人が食べていくだけの集客を継続的に行うことはとても難しいことでした。
そこで、教室を続けたいという思いを抱きながらも、
一旦、生活のために就職をすることに決めたんです。

人生の優先順位


それからは、医療系の出版社の契約社員として働き始めました。
医療系ということもあり、それまでの学問の積み重ねを活かすことも出来ましたし、
やりがいもありました。
しかし、その環境で正社員になれる保証はなく、キャリアが見えにくいことに段々と不安を感じるようになったんです。

そこで、3ヶ月働いた頃から求人情報誌を読み始め、
正社員につながりそうな仕事を探すようになりました。

ところが、そんなことを繰り返していたある時、
ふと、

「私何しているんだろう?」

と思ったんです。
改めて考えてみた時に、自分にとって大事なのは、
「正社員になること」ではなく、子どもを夕方早い時間にお迎えにいけること、
そして、自ら切実に憤りや課題感を感じたことに取り組むことだったんです。

それが、私の人生の中での優先順位でした。

また、実は、出版社の仕事を始めた後も、昔の新聞の記事を読んだ方から問い合わせが来ることが度々あり、
やっぱりニーズがあるんだよな、という感覚を強く抱いていました。

そんな背景もあり、出版社を辞めて、フィットネスクラブのアルバイトとして週5日働き、
水曜日だけはまた産後ケアの教室を再開することに決めたんです。

生活を切り替えてからは、月16万円程度の収入でしたが、
子どもと過ごす時間は以前より断然増え、半年休んだ教室も、満席でスタートすることが出来たんです。

それからは、インターネットの拡大もあり、ありがたいことに口コミ等で産後の女性が数多く参加していただけるようになり、
教室の枠を増やしたり、他のインストラクターの養成を始めたりと、
アルバイトのウェイトを減らしていき、転職から2年程経ったタイミングで、
ついに教室一本で運営していくことになりました。

実際に、参加した方からは、
「本当にこういうものがほしかった」と言ってもらうことも増え、
自分たちの取り組みに、納得感を持てるようにもなっていくと同時に、
ここは産後ケアの現場の最前線、研究の場でもあるんだという自負も持てるようになっていきました。

年間5万人が受けるプログラムへ


その後、2007年からはNPO法人マドレボニータとして、改めて活動を始め、
現在はプログラムの運営に加え、質を保ちながらより多くの方に提供するためのインストラクターの養成、
プログラムの効果測定や新しいサービス開発のための研究開発にも力を入れています。

プログラムに関しては、赤ちゃんと一緒に参加する120分間を通じて、
身体のリバビリ、メンタルケア、自ら家でもできるセルフケアの伝授を1セットに、
4回で完結するプログラムを12の都道府県で運営しています。

あまり知られていないことなのですが、
産後は内臓に傷が残っているため、全治一か月の生傷を負っているのと同等で、
そこからの回復のための1カ月間の休養、そしてそのあとは身体を動かすリハビリが必要なんです。

また、身体だけでなく、私自身が直面したような、
人生や仕事、パートナーシップについても、出産を機に考える点が多々あると思うんです。
しかしながら、そういった話題をちゃんと話す機会がないため、
なんとなくもやもやしたまま、時間が過ぎてしまう、というのが現実です。

マドレボニータのプログラムでは、そこを、見て見ぬ振りしてやり過ごすのでなく、向き合う。
実際にプログラムを受けたことで、身体の調子がよくなったとか、
パートナーとの関係性が良くなったとか、イライラしなくなった等の話をいただけるのは非常に嬉しいですね。

現在、教室の受講生は年間で6600人となったのですが、
それでもまだ全体の出生数にくらべたら小さな数です。
だからこそ、行政や企業や医療などさまざまなステークホルダーとの提携等を広げていくことで、
将来は、2020年までに、出生数の5%である、5万人にプログラムを提供したいと思っています。

そのためには、産後ケアの重要性を妊産婦だけでなくそのパートナーにも伝えていく必要があると思うので、
リアルな教室以外の手段も含め、より多くの方に伝えるべく、啓発活動にも力をいれています。
母親の健康状態は、子どもの育ちにも大きく影響します。
産後の問題は、これまでずっと当事者の自己責任とされてきましたが、これは社会の問題。
社会全体で産後を支えるような社会を目指して、より多くの方に伝えていきたいですね。

2014.10.24

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