カフェを通じて人生が豊かになる場を創りたい。墨田に育てられた私がしたい恩返し。

墨田区東向島で、お客さんの「時間」「空間」「仲間」が良くなる場所を創ることをモットーにカフェを経営されている井奈波さん。ホテルマンを経験して改めて感じた自分の提供したいサービスとは何だったのか、地元への貢献を意識するようになったのはどんなきっかけがあったのか、お話を伺いました。

井奈波 康貴

いなば やすたか|カフェ「東向島珈琲店」の経営
墨田区東向島にある東向島珈琲店を経営しながら、地域を盛り上げるため食のまちめぐり推進事業実行委員会の副委員長を務めるなど、
精力的に活動にしている。

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トップレベルのサービス


私は東京の墨田区で生まれました。

実家が飲食店を経営していたので、よく遊びに行って仕事をしている親の姿を見ていました。
その場で料理を作って直接お客さんに手渡している姿を見て、仕事とはこういうものだと思うようになっていき、
将来はお客さんに直接何かを提供する、サービス業に就きたいと思っていました。

そしてサービス業で働くにしてもまずはトップレベルの世界を見たいと思い、
高校卒業後はホテルの道に進むため、専門学校に進学することにしたんです。

何に対しても、その道の最上級のものを知る必要があると考えていて、
好きだったファッションでも、まずは「最高だ」と感じる服を見に行き、
そこから現実的に自分が購入可能な金額の服を見るといった性格だったんですよね。

専門学校は2年で卒業し、ホテルに就職することになりました。
私はわりと飽きっぽい性格だったこともあり、
毎日違ったパーティーに関わることができる宴席担当に希望を出し、働くことにしました。

仕事はかなり忙しく、土日は毎日2回の宴席があったので、
1回でもかなり神経を使う結婚式等を、毎週末4回行う程でした。
ある時は日曜日に家に帰った後、さらに宴席を準備する夢を見るほど仕事に没頭していましたね(笑)

お客さんと近いサービス


ホテルではサービスとして学べることが多く、
特に質感を含めて、場全体をトータルにコーディネートしていく力は体験しながら得ることができました。

一方、ホテルのサービスは担当毎に仕事が分かれていることに違和感も感じていました。
私は宴席で料理を運ぶ人間だったので自分で最初から料理を作ることはできなく、
自分で作ったものを直接お客さんに手渡しで提供する形のサービスをしたいとの思いが強かったので、
2年半ほどでホテルを辞めることにしました。

ホテルのサービスを「完璧に身につける」日なんて、ある種「道」を追い求めることと同じで一生来ないであろうし、
自分のやりたいサービスの形を探したいと思ったんです。

辞めてからは次の働き口は決めていなく、1ヶ月程ハワイに行くことにしました。
学生時代にハワイに行った時に純粋に好きな気候だと思っていたのに加え、
ホテルの世界にいたことで狭まっていた視野を、もう一度広げたいと思ったんです。

ハワイではコンドミニアムに泊まっていて食事も自分で作る必要があったので、
朝はカフェに行き過ごすようになりました。

カフェでは人を観察しながら過ごしていたのですが、
毎日来る常連さんもいれば、働いている人たちの顔もひきつっていなく、面白い場所でしたね。
また、スタッフ同士が喋っていたり、お客さんと親しげに話していたりする姿を見て、
ホテルではある意味ではありえない光景に驚きましたね。

何と言うか、お客さんとスタッフの距離が非常に近く、それでも場が成り立っていて、
むしろだからこそ醸し出せている空気が非常に心地よくて、こういう仕事の仕方もあるんだと感動し、
自分もこういった場所をサービスとして提供したいと思うようになりました。

一杯の珈琲を極める


それが私にとってはカフェでの気づきだったので、帰国後はカフェを開きたいと思い、
そのためにはまず珈琲を美味しく提供できなければと、喫茶店が集まる神田界隈を回ることにしました。

そこで出会ったのが須田町にある高山珈琲でした。
オーナーの高山さんが入れた珈琲を飲んだ時、その味の素晴らしさに感動し、
この味を自分も提供できるようになりたいと思い、働かせてもらうことにしたんです。

ここでは一杯の珈琲を入れる技術を高山さんに鍛えてもらいました。
ポットに温度計を入れて、一定の温度になってから時間を測り、どうやってコップに注ぐかなど、
本当にきめ細かい作業が必要でした。
しかし、自分では同じことをできていると思っても、出来上がった味が全然違うんですよね。
閉店後も毎日珈琲を入れる練習をして、1年ほどで何とかお客さんに珈琲を出せるレベルになりました。

高山珈琲で2年ほど働いた時に、以前高山さんが店長をやっていたカフェのオーナーの方から誘いを受けて、
店長として別のカフェを任せてもらえることになりました。
ここでは簡単なお店の経理の実務を学んだり、自分でケーキを作ったりと、
また一歩自分でお店を開くための力をつけることができました。

そして2年ほど働いた後、もう1店舗別のカフェで働いた後に自分のお店を出すことに決めて、
アンティークカフェで店長をやらせてもらうことになりました。

ある種、自分のカフェとしてのスタイルは高山さんの色に強く影響されていたので、
それ以外のカフェも見て視野を広げたいと思ったのです。

地元だからこそ生かされる


そして2006年、墨田の東向島で自分のお店「東向島珈琲店」を開くことにしました。

元々は「谷根千」の地域で店を持とうと思い1年ほど物件を探していたのですが、良い場所が見つからず、
またお気に入りのカフェもあり「ここがあれば自分の店は必要ない」と思ってしまい、探す場所を変えていったんです。

そして地元の墨田に戻ってきた時に、改めて何もないことに気づいたんですよね。
カフェも服屋もほとんどなく、自分も学生時代は渋谷や上野まで出ていて、それって寂しいことだなと思ったんです。
生まれ育った墨田を盛り上げることに貢献したいと感じるようになり、
また墨田で1件目に見た物件の隣が公園で、窓から見える景色に惹かれ、東向島でお店を出すことにしたんです。

オープンした時、周りにお店がないこともあり、たくさんの地元の方に興味をもってもらえました。
しかし、特に景観や法律に触れていたわけではないのですが、
初日に来た年配のお客さんに「どういう了見でここに店を出しているんだ」と大声で怒鳴られてしまいました。
その方に、自分が墨田出身でこの地域に貢献したいと思っていることを伝えたところ、
「それなら毎日来るわ」と言ってその日は帰って行きました。

正直、その言葉を信じていたわけではないのですが、その方は本当に毎日欠かさずに来てくれて、
それこそ一日朝昼晩と3回来てくれることもありました。
しかも、実は墨田で有名な雨水再利用の権威の方だったので、色々な人を連れてきてくれて、
「この店には良くしてやってくれな」と言ってくれたんです。
そのおかげもあり、地域の様々な方に来てくれるようになり、非常に有難かったですね。

「時間」「空間」「仲間」


今はお店を開いてから9年目に入り、オープン時から掲げている「時間」「空間」「仲間」が上質になるような場を提供するという理念は、
少しずつではありますが、実現してきている感覚があります。

当店で出会ったクリエイターさんが集まってチームを作ったり、
地元の水族館で大納涼会を開いた時には300名以上のゆかりのある方に集まってもらえたり、
当店をきっかけにつながり合ってもらえる瞬間が増えて、とても嬉しく思っています。

美味しい珈琲や料理を提供することももちろんですが、
そういった人のつながりを創ることが自分の価値だと思っていますし、嬉しい瞬間です。
一杯450円の珈琲を飲むことだけでなく、様々なきっかけを生み出せる場所として付加価値を提供できればと思っています。

また、このお店は地元の墨田で始めたからこそ色々な人に良くしてもらえ、生かされてきた一面も大きいので、
より地元への貢献もできればと考えています。

そのため今は、区の「食のまちめぐり推進事業実行委員会」もやらせてもらい、
区外や海外の人に食の観点から地域の良さを知ってもらうため、情報発信もしています。
そこでできた人脈もまたカフェにも活きてくるので、全てがつながっていますね。

抽出して培養する


そして将来は、この東向島珈琲店という生態系の中にある様々なエッセンスを抽出し、
それを培養していくことで、様々な展開をしていきたいと思っています。
同じお店を2つ創ることはできないので、あくまでこの店舗から派生して色々なことに取り組みたいんです。

その第一弾として、お店で使っている手作りドレッシングを販売することにしました。
オープン当初から食事は安心、安全なものを提供するため、全て手作りにこだわってきました。
ドレッシングも手作りで、有難いことに常連のお客様からの販売して欲しいとのリクエストがあり、
商品として販売することにしたんです。

「下町の小さなカフェのドレッシング」という名前には、美味しいと感じてもらえたら、
「下町の小さなカフェってどこだろう」「へぇー墨田の東向島珈琲店のことか、行ってみような」
と墨田に来るきっかけになる商品にしたいという意図があります。

また、パッケージにもこだわり、墨田で活動されているデザイナーさんに依頼してゆかりのある活版印刷のラベルを作り、
ラベルを貼る作業も墨田の福祉作業所でお願いしています。
当店で生まれているつながりを表現したかったんです。

今後は手作りマヨネーズやレアチーズケーキも抽出して、商品化できればと考えています。
特に季節のフルーツソースをかけて提供するレアチーズケーキは、リピートしてくれる方が多い創業当時から人気のメニューです。
これまで多くのつながりを紡いできてくれたので、ぜひ大事に進めて行きたいと思っています。

そうやって店舗の場所としての価値を高め、様々な人にとって有意義な空間であるとともに、
地元墨田に貢献できるようなお店であり続けたいですね。

2014.10.13

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