自分にしかできないものを創りたい!僕が選んだ介護・医療業界での起業。
介護・医療業界で経営を始めて6年目の安部さん。もともと業界に興味がなかったのに、なぜ大学卒業後すぐに起業されたのでしょうか?お話を伺いました。
安部 諒一
あべ りょういち|高齢者施設、その他介護保険関連事業、クリニック、カフェの経営
設立6年目の介護・医療ベンチャーの社長として、住宅型有料老人ホームmusubiと介護保険関連事業、カフェの経営を行う。
2014年5月に2棟目とクリニックを開設。
新卒採用では毎年1000名のエントリーを獲得。
今後は「高齢者の生活を演出する」をコンセプトに高齢者に関わる様々な事業展開を構想する。
大阪府東大阪市の住宅型有料老人ホーム「musubi」
気づいたら社長を目指していた
僕の家は経営者一家で、父と祖父が経営者でした。
また、4人兄弟の長男だったので、幼い頃から経営者ということを意識させられてきました。
ご飯を食べる時に、食べるのが遅いと仕事ができないと言われたり、
父が海外でしつこく値切っているのに対して、「もうええやん」と言うとお前は経営者としてどうとか言われたり、
日々の何気ない会話に経営者云々というのが多かったんですよね(笑)
ただ、そんな環境にいたので、気づけば小学生の時には将来の夢は、
「安部会社の社長」と書いていて、ぞっとしましたね。
ずっと経営者になるという前提で動いていましたし、
その他大勢に見られたくないという思いが強い子どもでした。
その後、高校時代はサッカー部でキャプテンを務めていて、
やるからには特別な舞台である全国大会に出たいという思いが強く、
周りにも厳しいことを言う、どちらかというとトップダウン型のリーダーでした。
しかし、そういった強制感を出すスタイルは失敗で、
リーダーがいない時にメンバーが自ら動くことができなくなってしまったんです。
そういった背景もあり、大学ではリーダーシップについて考えるようになりましたね。
特に、サッカーサークルのキャプテンと、アルバイト先の店長に影響を受けました。
サークルは部活とはそもそも目的意識が違うので、
その中でメンバーのモチベーションを上げていく姿や、
普通は嫌々でやるアルバイトで、スタッフのモチベーションを保ち、楽しく働く環境をつくっている姿を見て、
人が付いていく理想のリーダーシップ像はこれだと思ったんです。
内定を辞退して起業
その後、就職活動の時は、3年以内に起業すると決めて会社を見ていました。
そのため、もし大手企業に入ってしまうと、良い収入や待遇を捨て切れないかもしれないと思ったので、
あえてもうすぐ潰れると言われていたベンチャー企業に入ることを決めました。
しかし、就職活動を終えた大学4年生の時に、
祖父が経営していた印刷工場をつぶして、次の事業として老人ホームを建てることになり、
父からその老人ホームの経営をやってみないかと提案されたのです。
突然のことで、最初はあまり実感がなく断っていたのですが、
色々と調べていくうちに、介護事業にチャレンジするべきなのではないかと思うようになりました。
特に、福祉学部の学生は1割程度しか福祉の現場に就職しないという事実に衝撃を受けたんです。
調べてみると、それは3年生で実習に行った時に、現場での仕事に悪いイメージを持ってしまうからでした。
実習に行っても、利用者の方に何かあったら責任が取れないので受け入れ施設側も学生には仕事を任せられず、
学生は表面的な仕事しかさせてもらえないし、その背景も説明されないので、
仕事に良いイメージを持てずに、福祉業界での就職から遠ざかっていくんです。
その事実を知り、日本は先進国で1番の高齢者率なのに、
若者が介護の現場で働きたくないと言っているようでは未来はないのでは、と危機感をもったんです。
また、介護業界での起業は、知識も資金もいるので難しいんですよね。
だからこそ、条件に恵まれている自分にしかできないことがあるのではないかと思い、
内定を辞退し、老人ホームの経営をすることを決意しました。
正直不安しかなかったですし、お先真っ暗でしたが、
なんとかなるという思いもありました。
泥沼からのスタート
その後、まずはホームヘルパー2級の資格を取り、
同じタイプの住宅型老人ホームで3ヶ月間働き、経営や現場のことを勉強させてもらった上で、
2010年9月に「musubi」をオープンしました。
最初は入居者さん2人にスタッフ13人からスタートしましたが、
1年で52床を満室にしないと潰れてしまう計算だったので、
伴ってスタッフも1年で50名に増えました。
しかし人は増えるもののマネジメントは非常に難しく、
1年半で100人以上のスタッフが辞めていったのも事実です。
介護の現場は24時間動いているので時間をとってみんなでミーティングもできず、
スタッフ間のコミュニケーションも難しく、モチベーションを管理するのが難しいんですよね。
色々な派遣会社を使って多くの人を採用しても、すぐに人が辞めてしまうので、かなり厳しかったですね。
それでも、初年度の年明けから新卒採用を行い、
翌年に5名の新卒社員が入社することが唯一の希望で、それがあったから頑張れました。
また、老人ホームは人の命を預かっているので、緊急時の対応や感染症対策など、
病院のような仕組み作りや、コンプライアンスの整備なども必要で、これも大変でしたね。
未整備の部分が多いとスタッフも不安になるし、
中途のスタッフから、いくらでもあら探しされる点になってしまうので、かなり難しかったです。
そんな様々な問題が起こる中、マネジメントする自分が最年少だったということもあり、
まさに泥沼でしたね。
しかし、逃げるという選択はありませんでした。
そもそも就職をしなかったため転職という選択肢はなく、
事業も売却できるようなものではないので、とにかく何が起きてもやるしかなかったんです。
ある意味そこが強みで逃げずに踏ん張れましたね。
人と人をむすぶ空間
現在は、musubiがオープンしてから4年経ち、
自分たちにしかできない会社を創るために、3つのことを軸に取り組んでいます。
1つ目は介護業界のイメージを変えるために、クリエイティブ表現をしっかりとやっていくことです。
そのため、ロゴやデザインなどにもこだわっているし、現場で使われる言葉や服にも気を遣い、
介護業界のイメージを良くできるようにこだわりをもっています。
2つ目はサービスの質を高めることです。
介護業界には、「介護のサービスの質が高い会社といえばこの会社」というところがまだまだ少ないと思っています。
私たちはその立ち位置を目指していて、
「高齢者の生活を演出する」という事業定義のもと介護・医療だけではなく、
衣食住、全ての質を高めることを目指しています。
病院などでも同じですが、介護施設への不満は、圧倒的に食に対してが多いんですよね。
「食べる」という楽しみは、生活する上でとても大切なんです。
どれだけ介護や医療が良くても食事が美味しくなかったり、
食べる環境が悪かったら長くは生活したくないですよね。
そのため僕たちは一流ホテル出身のシェフを中心に食事を作り、
食事制限のある方でも満足いただけるよう努力しています。
3つ目は人財育成ですね。
結局、質を高めていくためにはどんなに良い仕組みを作ってもそれだけではダメで、
そこで働く人が大事になってくるので、人の採用や育成、風土づくりには力を入れています。
事業を開始してすぐに新卒採用を始め、
人材獲得が難しい業界ではありますが、現在では毎年1000名以上のエントリーを獲得するようになりました。
また、それに加えて「musubi」の名前に象徴されるように、
地域の人とつながって、入居者さんが地域コミュニティから隔離されていると感じないような解放的な場所づくりもしています。
そのため、まずは地域の人に知ってもらい、地域に溶け込めるように、
カフェを併設したり、夏祭りやワークショップなどの地域の人に来ていただけるイベントを開催しています。
最近はクリニックが併設された「musubi」の2棟目も完成しました。
これにより、入居者さんだけでなく、
地域の人が外来診療を受けに来ることで、また色んな人が自然に集まれる空間を目指しています。
自分たちにしかできない価値を創出したい
今後は、「高齢者の生活を演出する」という事業定義の中で、
高齢者の生活の質を高められるような、様々な事業を展開していきたいと思います。
1つは「musubi」を業界のロールモデルとしてのブランドが確立されるよう、
サービスの質をより高めていきたいと思います。
介護・医療業界の1つの完成形として、
日本中、世界中の人が文化や人財を研究しに来るような会社にしたいですね。
また、地域との繋がりを強めていくことで、在宅医療の分野でも強化していければと考えています。
日本では8割の方が病院でなくなっているのですが、今後は自宅での看取り率は高まってきます。
その際に高齢者が安心して生活できる地域創りが大切ですし、
自分たちが地域の介護や医療に貢献できるような存在になりたいと思っています。
さらには高齢者の生活の質を高めるという文脈で、
高齢者向けの旅行業や介護施設で提供する食事のための農園をつくったり、
高齢者向けの用具をメーカー的なサービスも展開していけたらなと。
高齢者向けの商品は、デザインがちゃんとしたものが少ないので、
介護現場で使うものも含めて、 高齢者向けのデザイン性が溢れる商品を作る事ができればと思うんです。
こんな風に、高齢者の生活の質を高めることを軸に色々とやっていき、
将来は、「あの会社って老人ホームから始まったんだ」と言われるぐらいでもちょうどいいかなと思っています。
人と同じことをしていても意味がないので、
今後も自分たちにしかできないやり方で、 高齢者の生活を少しでもより良いものにしていければと思います。
2014.09.18