大好きな陸上を仕事にしていきたい。
自分の姿を通じて子どもに夢を描かせたい。

「やりたいことをやっている姿を子どもに見せたい」と話す寺田さん。選手として15年以上陸上を続けた末、選手ではなく教える道に進んだ背景には、どんな気づきがあったのでしょうか。お話をうかがいました。

寺田 克也

てらだ かつや|小学生向け、ダウン症の子供向け「かけっこ」スクールのコーチ
成田市にて小学生向け、ダウン症の子供向け「かけっこ」スクールのコーチを務める。

もっと速くなりたい


小さいころから野球と水泳をやっていて、走るのが得意でした。中学校では得意な走りを活かすために陸上部に入部し、種目は100m走と200m走にしました。

走るのが得意と言っても市内の大会で少し目立つ程度で、有力選手というわけではなかったですね。ただ、大会に出る度に自己ベストを更新していくのが楽しく、全国大会に出たいという気持ちよりも、もっと速くなりたいと思い、日々練習に打ち込みました。

そして、中学3年のときに県大会に出ることができたんす。このとき、親とか応援してくれている人がすごく喜んでくれて、それが嬉しくて高校でも陸上を続けたいと思いましたね。

千葉で生まれ育ち、地元の強豪校である成田高校に入りたいと思っていたら、たまたま成田高校の監督が県大会の試合を見てくれていて、なんと推薦をもらうことができたんです。高校でも陸上を続けるために、頂いた推薦で高校に進学することにしました。

インターハイ優勝


高校は強豪校だったので、部活の中で僕が1番タイムが遅かったですね。最初は中学と同じ種目でチャレンジしていたのですが、とてもじゃないけど試合に出れるようなタイムじゃなかったんです。

そこで、1年の夏に400m走に種目を変更することにしました。元々、持久力を付けるためのトレーニングは得意だったので、これならいけるんじゃないかと思ったんです。

すると、予想以上の結果が出て、秋の国体出場を決める選考会で優勝し、国体の千葉県代表選手に選んで頂き、出場した国体でも中3・高1の部で準優勝することができました。

これにはさすがに驚きましたが、先生の指導法が良かったんだと思いましたね。その先生は毎年最初に、どの大会で、どんなタイム・結果を出すか目標を明確にするように指示をするんです。そしてそれを達成するために、次の大会までにするべき練習の提案などをしてくれていたのです。自分で決めた目標だから、努力して頑張れましたね。

その後2年ではインターハイ出場を逃したものの国体では4位になり、3年のインターハイで個人で優勝し、大会期間中に怪我などのトラブルがあったものの、沢山の方々の協力のお陰で4×400mリレーでも優勝しました。また、高校のチーム自体も総合得点1位という結果を収めることができたんです。

そして大学は陸上推薦で、強豪の日本大学に進学しました。

陸上への未練


しかし大学では全然結果が出せませんでした。インターハイ優勝の実績もあったので、天狗になっていた部分もあったんだと思います。心のどこかに慢心があったので、思うような記録も出ず、周りはオリンピックや世界選手権に出場する選手ばかりだったので勝てませんでしたね。

高校時代の記録は抜けなかったのですが、過去に縛られてもしょうがないので、今の記録をどこまで伸ばせるか考えて陸上に取り組むようになりました。

いつかオリンピックや世界選手権に出たいと思っていたのですが、結局、大学2年のときに全日本インカレで4位になったのが一番の成績でしたね。

大学4年のとき、まだまだ陸上を続けたいと未練もあり、陸上が続けられる企業に就職活動をしていたのですが受かることができず、最終的には大学陸上部のコーチの紹介で、大学の臨時職員として働かせて頂きました。大学の仕事をしながら、仕事後には陸上部で学生と一緒に練習をする生活でしたね。

正直、描いていた未来とは違うという気持ちもあったのですが、オリンピックや世界選手権に出たいという未練があり、陸上を続けることができたのはうれしかったですね。

2年間働いた後、高校時代の友人から千葉県の釣具メーカーを紹介して頂き、有り難い事にその会社で陸上を続けることができました。

気持ちの整理


陸上選手として会社に入ってからは、半分仕事、半分陸上という生活だったので、それまで陸上しか知らなかった私の価値観は大きく広がりましたね。

今まで競技場の中でしか生きてこなかったので、自分が知らなかった生き方をしている方々がいて、学生時代に競技場の外に目を向けて、こういう方々に会いに行くということしていれば良かったなと、少しだけ後悔もしました

特に「やりたいこと」をやる生活をしている人たちとの出会いが、自分の中では衝撃でしたね。サーフィンが好きで海の近くに住んでいて、波の状況で好きな時に海に出て、その合間に仕事をやって生活する人もいて、こんな生き方があるんだと純粋に憧れを抱きました。

このように色々な経験をしながら、実業団での陸上は3年続けました。

オリンピックや世界選手権には程遠い成績だったし、若い選手が自分より良いタイムを出していて焦ることはありましたが、目標を目指すことができたのがありがたかったですね。

最後は全日本実業団の試合で、4×400mリレーで優勝することができ、気持ちに整理がついたので引退することになりました。

引退後も、引き続き社員として雇ってもらえることになり、そのまま働き続けました。

やりたいことで生きる姿


そして2014年6月末、7年ほど働いた会社を辞めることにしました。仕事は楽しかったし学べることもあったのですが、もともと「陸上をやりたい」という気持ちで入ったので、仕事自体が「やりたいこと」ではなかったんです。僕にしか出来ないこと、やるべきことが他にあるんじゃないかと思いました。

また、子どもがいるのですが、やりたいことをやっている父親でいたいと思ったんですよ。自分の好きなこと、得意なことを仕事として生きている姿を見せてあげることで、子ども達も夢を描けるんじゃないかなと思うんです。

そんな思いがあり、実際にやりたいことで生活している人が近くにいて、自分のしたい生活を具体的にイメージをすることができたので、会社を辞めると決意できました。

今は、地元を中心に子どもに陸上を教える「かけっこ」スクールを手伝いながら、ダウン症の子どもたち向けの「かけっこ」スクールを開いたりしています。

走ることがきっかけで、子どもたちが陸上に限らずスポーツに興味を持ってくれたり、先生ではない立場として物事に取り組む姿勢などを学んでくれたら良いと思います。

こうやって、自分が好きなことである陸上を通じて生きていく姿を子どもたちに見せ、彼らが夢や目標を持てる世界にしていけたらいいなと思います。

2014.08.07

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成田市にて小学生向け、ダウン症の子供向け「かけっこ」スクールのコーチを務める。

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