書くことを軸に、今を味わって生きる。 誰かの痛みを和らげる文章が書けたら。

お笑い芸人を起用したウェブ広告の企画に携わる田中さん。打ち込むことを探し、先のキャリアを描いて生きてきましたが、父親の病をきっかけに立ち止まることに。半年間の休職期間を経て、田中さんが見つけた人生の軸とは。お話を伺いました。

田中 あかり

たなか あかり|株式会社リバレント
1995年生まれ。関西外国語大学卒業後、広告代理店に営業職として入社。2019年、アパレル系企業に転職。新規事業の立ち上げメンバーに。2021年、スタートアップ企業にて人材支援に関わる。現在、個人で書く活動を始めつつ、ウェブ広告の企画、制作を担当している。

自分の人生を何に使うのか


宮崎県小林市に生まれました。気が弱くて、大人しい子どもでしたね。空想するのが好きで、よくお話を書いていました。友達と合作で、異世界の物語をつくったり。自分の想像した世界を、形にするのが楽しかったんです。

本もたくさん読みました。特に惹かれたのは、外国の神話や童話です。他人の目を気にしてしまう性格で、常になんとなくストレスを感じていたのですが、遠い世界の話を読むと、現実逃避できました。

自分の人生を何に使うべきかということも、ずっとモヤモヤと考えていました。その背景にあったのは、父の存在です。父は農業をしていましたが、畑が忙しくないときは、何もしていないことがよくありました。そんな父を見て、何か打ち込めるものを見つけて、それに時間を使えばいいのに、と思っていましたね。

だから、私は何か見つけて生きたいと考えました。学校で授業を受けていても、今がもったいないような気持ちがずっとあって。とはいえ、何に打ち込めばいいのかは分からずに、日々を過ごしていました。

仕事を軸に、生きていこう


高校卒業後は、県外の大学へ進学しました。地元では、生き方の選択肢が限られていて、窮屈に感じていたんです。公務員になって結婚するのが一番いい人生だという世界観があって、そこに魅力を感じられませんでした。外に出れば、何か面白いものに出会えるんじゃないかと思ったんです。

留学に憧れていたので、留学制度が整っている学校を選びました。初めて自分の意思で進路を決められたという自信になりましたね。

ところが3年生のとき、留学をするための試験に落ちてしまったんです。打ち込めることを見つけたいと思いながら、サークルも続かず、留学へのモチベーションも下がった状態でした。留学できないと決まったとき、このままでは学生生活で何も成し遂げられないと思いました。

なんとか自分の軸となるものを見つけたい。その一心で、企業のインターンシップに参加することを決めました。インターン先は、ファッションのレンタルサービスを立ち上げようとしているスタートアップ企業でした。

服を仕入れたり、スタイリストをスカウトしたり。地味な作業でしたが、みんなで一つの目標に向かって仕事をする感覚が楽しかったです。サービスのリリースまで、仲間と文化祭に向かって準備しているような気持ちでした。

就職活動をする頃には、仕事を軸にして生きていこうと決めていましたね。やりたい仕事でキャリアアップをして、ゆくゆくは起業をする。仕事中心の人生を描いていたんです。

人生がストップしてしまう


卒業後、広告代理店へ営業職で入社しました。インターンのときの、文化祭前夜のような感覚が忘れられず、みんなで一つのものをつくる楽しさを、もう一度味わいたいと思ったんです。

チームで協力して、数字を達成するのは楽しかったです。しかし、やはりインターンの時のように自社プロダクトを作り、進化させていく楽しさを忘れることはできませんでした。
ちょうどその頃、インターンをしていた会社から「新規事業をやるから戻ってこないか?」と誘われ、転職を決めました。社員10名ほどのスタートアップだったので、この会社で結果を出してキャリアアップしなんとなく先のキャリアを描いていました。

ところが入社して2年ほど経った頃、父親の癌が発覚したんです。私は実家に戻り、家を手伝うことになりました。先が読めない状況だったので、会社も退職せざるを得ませんでした。

仕事がなくなり、住んでいた家も解約して、ゼロの状態に。この先もしかしたら、長い間戦線離脱しなければいけないのでは、という不安、自分の人生が一旦ストップしてしまうような不安がありました。やばいな、という。同時に、父の病気に対する悲しみもあって、2つの感情が交錯して、とても混乱していました。

それから数か月で、父は亡くなりました。本当に、すぐでしたね。お葬式をやることになって、父の友人がたくさん来てくれました。その中で「楽しい、いい人って本当に早く逝っちゃうよね」という言葉を聞いて、あぁ、私は父の一面しか見ていなかったんだと気づかされたんです。父のことをだらしないと思っていたけれど、本当は愛情深く、いろんな人に慕われる人だったんだな、と。

ひと月ほど遺品の整理などをして、その後は急いで東京へ戻り、転職先を探しました。気持ちの整理も付いていなかったけれど、止まっていられないという、キャリアへの焦りが強かったです。

就職したのは、スタートアップ企業に向けて、人材の斡旋をする会社です。前の会社が小規模だったので、もっとたくさんの人と働きたい、もっとキャリアアップできる環境へ行きたい、と考えました。スタートアップを支援することで、いろいろな社会課題の解決に貢献できるのでは、とも思いました。

しかし、実際に働いてみると、自分がやっていることなんて、とても小さく思えて、無力感を抱いてしまいました。

父の死から間もなく転職を急いだこと、結果も出せなかったこと。それらが重なって、心身のバランスを崩してしまい、休職することになりました。

エンタメが救ってくれた


仕事を休んでいる間、小説や哲学書など、本をたくさん読みました。自分が抱えている課題への、解決策を求めていました。

特に父の死と、まだちゃんと向き合えていないという気持ちがありました。考えると悲しくなるので、ずっと考えないようにやり過ごしていたんです。

ある小説で、主人公が亡くなった妻と心の中で会話するシーンがありました。それを読んだとき、亡くなってからでも対話できるんだと、はっとしました。お葬式で父への印象が変化したように、これから私の人生が変化する中で、父と私の関係性は変わっていくのかもしれない。お別れして、忘れようとしないで、向き合い続けてもいいのかな、と。その気づきは、私にとって大きなヒントになりました。

またその頃、網膜剥離が発覚し、緊急入院することになったんです。入院中は、動けないし、何のやる気も起きませんでした。精神的にも体力的にも疲れていて、本を読む力も出ない。そんなときに見始めたのが、お笑いでした。気力、体力がなくても、一瞬でスパっと楽しい気持ちになれる。お笑いを見ていると、嫌なことも辛いことも忘れられました。入院中はほぼお笑いを見て過ごして、先のことは考えないようにしていました。

今まで、仕事中心の人生を生きていくんだと思っていました。キャリアアップして、年収何千万を目指して。強迫観念のように、仕事でイケてる自分じゃなきゃ駄目だと思っていたんです。

でも、仕事のない空白の半年間は、自分の心境に変化をもたらしました。肩肘張って生きなくてもいいんじゃないかと。もっと、今を楽しんでもいい。「将来のために、今これをやっておく」という、長期的な視点ではなくて、今にフォーカスしてみたい。今をもう少し味わって生きてみたいと思いました。

心の麻酔になる文章を書く


今は、お笑い芸人さんを起用したウェブ広告の企画・制作に携わっています。クライアントの要望に合わせて企画を立て、キャスティングをします。芸人さんを活用したさまざまなウェブ広告に、幅広く関わる仕事です。

この会社を選んだのは、好きなお笑いに関わる仕事だからです。先のことは深く考えず、今を楽しむために、好きなものに関係する仕事を選びました。広告が世の中に出たときは、やりきった感触があるし、社会に貢献できたなという実感があって、やりがいを感じます。

同時に、小さい頃から好きだった書くことを、人生の軸にしてやっていけたらと思っています。書きたいのは、エンタメのコラムのようなもの。本やお笑い、映画など、自分を救ってくれたエンタメについて書きたいです。エンタメに触れて変わった気持ち、救われた経験などを文章という形で残せたらと思っています。

そもそも文章を書くことは、エゴじゃないかという思いもあります。何者でもない私が、自分の表現で書いたものを、世に出す。でも、自分が救われた経験が、誰かの役に立つ可能性も、きっとあると思っていて。私がエンタメからもらった解決策が、同じような課題を抱える人の役に立てばいいなという気持ちです。

いずれは、本を出版することも目標の一つです。ただそれは、自身のキャリアのためではなく、本を出版すれば、より多くの人に届けられるからです。

私にとってエンタメに関わる人とは、自分のやりたいことを、やりたいようにやっている人。芸人さんを見ていると、すごくその気持ちの強さを感じるんです。やりたいことに振り切っている生き様、その姿を見ていると勇気づけられるし、元気がもらえます。

そういうエンタメを、今少ししんどい思いをしている人たちに、届けたい。現実の痛みを一時的にでも和らげるような、心の麻酔になる文章を書きたいです。

2022.10.06

インタビュー・ライティング | 塩井 典子
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