漫画家がもっと輝ける世界をつくりたい。 熱意を持って取り組めることを仕事に。

大手通信企業の人事担当として採用業務を担うかたわら、新規事業である漫画家と企業をつなぐプラットフォームの開発に取り組む坂東さん。子どもの頃から、新しいことに挑戦するのが好きで、社内の新規事業提案に4度挑戦。これで最後と決めて提案した新規事業のテーマとして、漫画を選んだ理由とは。お話を伺いました。

坂東 裕太

ばんとう ゆうた|株式会社ドコモCS関西
1991年生まれ。2014年、神戸大学経営学部卒業後、株式会社ドコモ・モバイルメディア関西(現・株式会社ドコモCS関西)に入社。法人営業を務めた後、総務担当としてオフィス構築を実施。2021年に人事育成担当に異動し、採用・ダイバーシティ推進活動を行う。同年、ONE JAPANにて専業漫画家を増やすためのプラットフォームを提案。現在、同事業の開発を進めている。

人とは違う新しいことが好き


愛知県名古屋市に生まれました。子どもの頃から絵を描いたり、ものづくりで遊ぶことが多かったです。みんなとちょっと違ったことや新しいことをするのが大好きでした。

例えば、図工や美術の時間には、みんなとは違う工具を使ったり、独特な色を入れたり。木工の授業では、鎖のようなものを組み立てて、立体的な作品をつくったこともありました。そんな僕の作品を見て、先生や友だちは大絶賛してくれました。「発想力がすごいな」と褒めてもらい、ますます自信がつきました。

小学校高学年のとき、授業の一環で作品を作る機会があり、はじめて漫画を描きました。漫画を読むのはずっと好きだったものの、描くのははじめて。漫画づくりは、絵はもちろんのこと、ストーリーを組み立てたり、演出を決めたり、すべて作者が担います。自分ですべてを創造するプロセスに面白さを感じるようになりました。

中学生の頃、漫画家を題材とした漫画に出会ってからは、漫画家になりたいと思うこともありました。その漫画では、苦しく、大変な職業であることが描かれている一方、すごく熱くて。自分もこんな人になりたいと憧れましたね。とはいえ、漫画の道を選んで成功するイメージを描くことができず、本格的にチャレンジすることはありませんでした。

大学の進路について考える時期になり、今一度将来について考えました。漫画家の夢を叶えるならば、美大がベストです。でも、自分にはそこまでの画力もないし、漫画家として成功するのは狭き門。美大は無理だと自己完結してしまい、将来のためになりそうな経営学部に進学しました。

想いが実現に至らず、苦しい日々


就活では、漫画関係の仕事ができればと思い、出版業界を志望しました。しかし倍率が高い業界ということもあり、うまくいきませんでした。想いが漠然としていて、しっかり目標意識を持てていなかったのも一因だと思います。

出版以外ならば、どんな仕事がいいだろうと考え、思い浮かんだのは「世の中に新しいものを生み出すこと」でした。子どもの頃からずっと新しいことが好きでしたし、それを仕事にしたいと考えたのです。だれもが持っているスマートフォンを扱う会社であれば、多くの人の手に届くサービスを自分の手で生み出せるのではと、スマートフォンを扱うIT企業に就職しました。

最初に配属されたのは、企業向けにスマートフォンやソリューションを提案する、法人営業部でした。仕事を覚えて成果を出していくことに必死な中、入社前に思い描いていたような、新規事業に関わる機会をつくりだすことは難しかった。同僚は良い人ばかりで楽しい職場ではあったのですが、人と話すこともそこまで得意ではなく、営業の仕事を楽しめていない自分に気づきました。
漫然と過ごす日々に、自分のキャリアを見つめ直す時間は増えていきました。いつしか、漫画家として生きていきたいという夢が再燃しました。この頃にはデジタル上で漫画製作が可能になっていたので、休みの日は時間を忘れて漫画に集中。仕事以外の時間はほぼ漫画に費やし、自信作を出版社に送りました。しかし、良い返事がくることはありませんでした。

ならば社内で新しい挑戦ができればと、自社の新規事業コンテストにも3回応募しました。普段の業務とは違って、新しいことにチャレンジするのは面白かったですね。しかし、毎年150件ほどの提案がある中で、活動が許されるのは上位5チームのみ。毎年参加しても採択されず、道はなかなか開けませんでした。

足りなかったのは本気の熱意


そんなとき、総務部に異動が決まりました。職場改革として、コロナ禍も踏まえたオフィスづくりを担当することになりました。自分の中の、新しいものを生み出すことへの熱意に、火がついた気がしました。

まずは、現状のオフィスの課題を抽出することから始めました。そこで分かったのは、現状のオフィス設計では、ウェブ会議のために広い会議室を専用することが多発していること。リモートワークやウェブ会議が増える中、本来やるべき会議ができず、無駄が発生していました。

そこで電話ボックスのような個室空間や、配信環境を充実させたウェブ会議利用に特化した新しいオフィス空間を提案しました。かつデザイン性や使いやすさにもこだわったオフィスの構想です。絵が描けることも、施工会社さんと話し合う上での強みになりましたね。

できあがったオフィスは、周りから絶賛されました。評価も上がり、自信にもつながりました。仕事ってこんなにも楽しいんだと、はじめて思いましたね。

そして近づいた、自社の新規事業コンテスト。僕にとっては4回目の挑戦です。今度こそ成功したいと思い、テーマを決める前に、まず過去3回の失敗要因の分析をしました。

考える中で、これまで失敗した一番の要因は、自分がやりたいという思いが足りなかったからだと気づきました。どれも課題感はあったし、面白かったのですが、本気でやりたい、絶対に解決せねばならないという熱意はありませんでした。

ならば、自分にしか出せないアイデアで勝負したい。頭に浮かんだのは「漫画」でした。

それまでも、大好きな漫画を扱いたいとは思っていました。でも漫画は自分にとっての聖域。それで失敗したらいよいよ後がなくなると、一歩踏み出せずにいたんです。でも、今回は4回目。最後の挑戦として、漫画をテーマにすることに決めました。

成功できない、現代の漫画家たち


まず考えたのは、漫画制作で使うツールの開発でした。漫画には多くの工程があります。デジタルツールが発達したとはいえ、すべてを網羅できているわけではありません。漫画家さんにとっては必要だけど、現状サービスとして提供されていないツールがあるのではと考えたのです。

しかし、漫画家向けにアンケートを実施したところ、制作補助ツールへのニーズはあまりないことがわかりました。その代わりに、ほとんどの漫画家が困っていることが「収入が少ない」ことだと知りました。

僕よりもずっと画力があって、努力をしている人たちですら、成功できずにいる。なんて厳しい世界なんだと、歯がゆい気持ちになりました。同時に、なんとか漫画家の課題を解決したいという思いが強くなりました。

そこで、収入面にフォーカスしたアンケートを再度実施。どんな仕事をして、どれくらいの収入を得ているのか調査しました。そこで分かったのは、出版よりも、企業から案件をもらっている人たちが収入的にも安定していることでした。

僕の感覚では、スマートフォンでの漫画アプリなども増えているので、出版の道は昔より開かれているように見えていました。だから、華やかな成功を手にする漫画家さんが増えているように感じていたのです。しかし、たくさんの漫画があっても、売れるのはごく一部。たとえ連載が決まっても、成功者といえるほど売れる漫画家さんは一握りなのだと分かりました。

逆に、出版をしていなかったり、出版物がそれほど売れていなくても、収入的に安定している漫画家さんがいました。その人たちは、企業の広告PR漫画を制作していたのです。その状況を知って、まずは生活の安定のためにも、漫画家が企業からの制作を請け負うのがいいのではと思いました。

中には企業案件で注目を集め、ファンを増やす漫画家さんもいます。企業案件で実績を積むことが、漫画家さんが創作に打ち込むための第一歩になるのではと思ったからです。

しかし、漫画家の多くはどうやって企業とつながればいいか分かっていません。企業も、漫画を活用することの価値を感じているものの、自社にあった漫画家を探すことに難しさを感じていました。そこで漫画家と企業を直接つなげるマッチングプラットフォームをつくれば、双方にとってウィンウィンの仕組みができるのではないかと考え、提案しました。

この提案が無事採択され、新規事業として取り組むことが決まりました。周りにも「よくやったな」と褒められて、すごく嬉しかったですね。同じ部署の人たちも、本来の業務に穴を開けてしまうことになるのに、応援してくれて。とてもありがたかったです。

本格的な活動が決まり、事業案をより磨きたいと思い、大企業の若手中堅社員の実践コミュニティ「ONE JAPAN」の大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE」に参加しました。同じく新規事業を志す同期80人との出会いも、すごく刺激的でしたね。

漫画家の需要があるか、さまざまな企業の方にヒアリングできたのも、参考になりました。最初のキャリアで法人営業を経験していた時に培ったヒアリング力がここで活かされたと感じました。全ては繋がっていくんだなと。さらには、同じく自社から参加していたメンバーが、事業開発に協力してくれることになって。仲間ができて、事業の実現がさらに一歩近づきました。

そしてCHANGEではファイナリスト5組に選ばれ、さらに、自社の新規事業コンテストでは、最優秀賞を受賞。自社幹部が集まる会議で結果報告する機会までいただきました。いつしか自分がコントロールできないほどに、コトが大きくなりました。今までなかなかうまくいかずにモヤモヤしていましたが、成果を一つひとつ積み重ねていけば、環境はどんどん変わっていくのだと実感しました。

日本の漫画文化をさらに発展させる


現在は、ドコモCS関西の人事育成担当として、採用活動やダイバーシティ推進活動を進めるほか、新規事業として、漫画家と企業をつなぐプラットフォームの開発に取り組んでいます。

漫画は出版だけでなく、企業のPR・マーケティングにも活用されるようになっています。実際、専業で稼げている漫画家の多くは、企業との取引で生計を立てています。一方で現在、漫画家と企業をつなぐ専門のプラットフォームはありません。マッチングの場として提供することで、困っている漫画家や企業の助けになればと考えています。

僕は、漫画家は素晴らしい職業だと思います。いわば、ひとりで映画をつくっているようなもの。脚本から演出、出演まですべて作者が決めます。ここまですべての領域に秀でたスキルを求められるクリエイターはなかなかいません。

しかし、漫画家は収入面で見ると、輝いていないといっても過言ではありません。日本で漫画を描いている人は数十万人以上いると言われていますが、そのうちプロとして活躍しているのはほんの一握り。商業誌連載をせずSNSなどで活躍する漫画家も増えていますが、その多くは本業を別に持ちながら漫画を描いている方々です。専業になっていないからといって才能がないわけではありません。僕自身、新規事業を進める中でたくさんの才能あふれる漫画家さんと出会いました。

この人たちが自分の夢を諦めることなく、もっと活躍できる社会にしたいんです。最終的にめざすのは、漫画家が輝く世界をつくること。プラットフォームはあくまで手段でしかありません。まずは第一ステップとして、収入面を安定させる。それにより漫画家の地位が向上し、漫画家として生計を立てる人が増える。漫画家人口が増えることで、さらに面白い漫画がたくさん生まれる。そんな世界を漫画家さんたちとともにつくれたら、すごく嬉しいですね。

また、最近では日本の漫画がどんどん衰退し、海外の縦読み漫画に押されている現状があります。日本発の文化であった漫画がどんどんなくなっていくのはさみしく思います。漫画家が輝く世界をつくった結果、世界に日本の漫画文化をもっと発信していきたいです。

もちろん、僕自身が漫画家になる夢も諦めたわけではありません。今は新規事業に手一杯でなかなか描けていないですが、これも近いうちに必ず実現したい挑戦です。これからも、新しいものを生み出し続けていきたいです。


2022.02.25

インタビュー・ライティング | 林 春花
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