IT業界のメンタル不調をなくしたい。 仕事に前向きに取り組める社会を目指す。

職場におけるメンタル不調を予防する新規事業を創出している中西さん。会社の同僚たちの突然の休職から、情報通信業界におけるメンタルヘルスの実態に課題感を抱いたと言います。中西さんが目指したい社会とは。お話を伺いました。

中西 洋貴

なかにし ひろたか|富士通Japan株式会社 クロスインダストリービジネス本部
1986年生まれ。琉球大学卒業後、2008年に株式会社沖縄富士通システムエンジニアリング(現・富士通Japan株式会社)に入社。システムエンジニアとしてヘルスケア部門に配属され、電子カルテの導入・開発を行う。業務の中で、情報通信業界におけるメンタル不調の多さを感じ、メンタルケアサービス「Connector」を構想する。2021年、クロスインダストリービジネス本部に異動し、現在は新規事業創出を専任。大企業挑戦者支援プログラム「CHANGE by ONE JAPAN 2021」ファイナリスト

親のレールから外れて、ITの道へ


熊本県熊本市で生まれました。両親は共に医者。2人いる兄も、両方とも医者を目指していて。物心ついた頃から、「自分も医者になるんだろうな」とぼんやり将来を描いていました。

高校生のとき、親が買った家庭用パソコンにのめり込みました。まだまだ家庭用パソコンが普及しておらず、主な情報収集手段はテレビだった時代。インターネットで検索したら、いろんな情報が手に入ることに面白さを感じました。プログラミングなど難しいことはできなかったものの、パソコンに入っているゲームで遊んだりしながら、どんどんパソコンの魅力にはまっていきました。

進路を決める段階になると、悩みました。このまま医者になるのかなと思っていたけれども、敷かれたレールに乗るのはつまらないという反抗心も芽生えて。大好きなパソコンの道に進もうと、情報系を志望しました。両親は、最初は医療系の道を勧めたものの、兄2人がすでに医者の道を進んでいたこともあってか、やりたい道に進んだらいいよと応援してくれました。そこで沖縄にある国立大学に進学しました。

大学では、勉強はほとんどせず、バンド活動に打ち込みました。楽器を弾いたことがない友人に弾き方を教えることからはじまって。楽しくて、充実した毎日でしたね。

また沖縄も大好きになりました。気候も暖かいし、周りの人たちも優しい人ばかり。ずっとここに住み続けたいと思いましたね。そこで大学卒業後は、沖縄にある情報通信系の企業に入社しました。

自分にもっと実力があれば


入社後は、システムエンジニアとしてヘルスケア部門に配属され、病院向け電子カルテの導入・開発を行うことになりました。医学の道から離れたかったはずが、ヘルスケアの道へ。どこか縁を感じましたね。

大学で情報工学を専攻していたとはいえ、仕事で使えるスキルは全然身についていなくて、一から勉強し直しました。毎日がいっぱいいっぱいで、ついて行くのに一苦労でした。でも職場の人たちは、できない私にも丁寧に優しく教えてくれて。辛いときもたくさん相談に乗ってもらい、なんとか乗り切ることができました。

4年目のとき、プロジェクトでチームリーダーを担当している先輩が突然メンタル不調で倒れてしまいました。まだまだ実力も無い私を引っ張ってくれる優しい先輩で、すごく尊敬していました。いつも自分を助けてくれていた先輩。もし自分が一人前のエンジニアだったら、先輩がひとりで頑張りすぎずにすんだかもしれない。自分を責めました。同じような後悔をしないためにも、もっともっと実力をつけなければと猛勉強しました。

ちょうど部署異動があり、仕事内容はプログラミングがメインとなりました。プログラミングはやればやるほど実力がつくし、効率化できるので、仕事がどんどん楽しくなりましたね。周りにも実力が認められ、チームリーダーを任されるようになりました。

横のつながりを使ったしくみが必要


10年目でチームリーダーとしてプロジェクトを成功させようと奮闘していたときのこと、隣のチームリーダーがメンタル不調で出社できなくなりました。いつも仕事を頑張っている人だったのに、突然のことでした。

以前、先輩が倒れたときは、自分が実力をつけてチームに貢献できれば助けられると思っていました。しかし今回、隣のチームということもあって、「大丈夫?」という声かけすらできませんでした。結局、自分ひとりがどれだけ実力をつけても、全員を救うことはできないと気づいたのです。

そのときまず思ったのは、マネジメントが悪いのではないかということ。カッとなって、部長に「頑張っている人を不調に陥らせないようにするのがマネジメントの仕事でしょう!」とかみつきました。でも冷静になると、部長だって頑張っているリーダーをメンタル不調に陥らせたいわけがありません。根本的な原因を改善する必要があると考えました。

まず、情報通信業界特有の問題があります。周りを見渡してみても、情報通信業界はメンタル不調になる人たちが少なくありません。技術が変化するスピードが速くてキャッチアップが大変なこと、残業が多いからなどさまざまな理由が考えられますが、私が一番の原因だと思うのは「キリがないこと」です。

プログラミングもドキュメントも、いくらでも手をかけられます。だからこそ、真面目で頑張り屋の人ほど、どんどん自分を追い詰めてしまい、ふとした瞬間に糸が切れてしまうのです。だからこそ、周りの人たちが「これくらいでいいよ」とサポートしてあげる体制が必要です。

しかし現在の体制は、1人の上司が何人もの部下をマネジメントする形式です。仕事はもちろん、メンタルもケアすることが今の常識となっていますが、上司ひとりが複数の部下に対し、精神状態までも完全に目を行き届かせるのは困難です。上司が部下を見るのではなく、職場の人たちがみんなでサポートし合うしくみをつくることが大事なのではと考えました。

またすでにある制度として、定期的なストレスチェックがありますが、これも不十分だと感じました。年に1回だけだと、その1週間がハードだったら「辛いです」と答えるだろうし、ハッピーな状態だったら「大丈夫です」と答えるでしょう。日常的にチェックできるしくみが必要です。

苦しくなったら、産業医の先生に相談することもできますが、どこかハードルが高く、自分からはあまり行きたくない人も多いように感じます。そもそも仕事が忙しいときは、仕事以外のことに目が行かず、メンタル不調に自分自身が気づいていないこともよくあります。横のつながりで「あの先生と話したらよかったよ、行ってみたら?」と気軽に勧められるような関係ができれば、より有効活用できるのではと考えました。

そして、このようなアイデアを新規事業として立ち上げられないか、頭の中で構想するようになりました。

当事者の声のもと、新規事業を創出


2020年、社内のアイデアコンテストで自らの思いを提言しました。すると優秀賞を受賞。社内で本格的に事業化を進めることになりました。

とはいえ、いままで新規事業開発なんてやったことがありません。しかも担当は自分ひとりだけ。どうしたらいいか分からず、お手上げ状態でした。そんなときに、「大企業の若手中堅社員の実践コミュニティ「ONE JAPAN」主催の新規事業創出などを支援するプログラムを知りました。新規事業創出について、著名なメンターの方々が直接指導してくれると知り、迷わず手を挙げました。

そこでまず言われたのは、「顧客の話を聞きなさい」とのこと。新規事業のアイデアまで考えていたものの、実際に足を動かして当事者の方々の話を聞いたことがなかったことに気づき、愕然としましたね。急いで、メンタル不調で一度休職し、復帰された方たちに対するオンラインでの面談をセッティングしました。

当事者のお話を聞いて気づいたのは、メンタル不調に陥った方々は強くて優しい人たちばかりだということ。ほぼすべての方々が、復帰した後に「同じ思いをしてほしくないから」と、積極的に自分から声掛けしたり、相談の場を作ったりしていました。こうやって、上司・部下関係なく相談しあえるしくみがあれば、もっとメンタル不調に陥る人たちを減らせるのではないかと確信しましたね。

また、こういった強くて優しい人たちからのさまざまな学びや経験を与えられたおかげで、自分が成長し、仕事を続けられてきたことを痛感しました。私自身には、メンタル不調の経験はありません。でも、そばで見てきて、救えずに歯がゆい思いをしてきた私だからこそできることもあるはず。絶対にこの問題を解決しなければいけないという使命感を抱きました。

ウェルビーイングな状態を目指して


現在は、富士通Japan株式会社で、メンタルケアサービス「Connector」の立ち上げに向けて、専任で新規事業開発を進めています。

3つの要素を中心に、サービスを設計しています。1つ目は、自分自身の不調に気づくこと。自分の気持ちを毎日つける日記のようなシステムをイメージしています。とはいえ、自分だけでは気づかない不調もあります。そこで2つ目として、周りの人たちが誰かの不調に気づいたら記入できるようなシステムを作ります。「あの人、今日は元気がなかったな」というふとした気づきを、上司に限らずに同僚も記入できるしくみです。

しかし、他者の不調に気づいただけではどう対処したらいいか分かりません。そこで3つ目として、立場関係なく、相互に支え合えるしくみを導入します。具体的には、オンライン上で同僚にギフトを贈り合えるサービスを検討しています。

対面での仕事が一般的だった頃は、コーヒーやお菓子を差し入れて、「大丈夫?」と声をかけることができたかもしれません。しかしリモートワークが普及した今、気遣いを行動に示すのも難しい現状があります。オンラインで気軽にギフトを贈り合って、お互いが気遣いできるようなしくみがあれば、仕事が忙しくて目の前のことに精一杯になっているときも、ほっと一息ついて自分の状態を見つめることができ、メンタル不調を予防できるのではと考えました。

先日、社内でプロトタイプを作って検証しました。そこで参加者から、「素敵なサービスをありがとう」「嬉しくてあったかい気持ちになりました。安心感につながりました」などの声をいただいて。とても嬉しい気持ちになりましたね。絶対にこのサービスを世に出さなければいけないという使命感がまた強くなりました。

まずはこのサービスを通じて、特にメンタル不調が多いとされている情報通信業界の改善を進めていきたいですね。ゆくゆくはほかの業界にも広げていきたいと思っています。

このサービスの最終的な目標は、人々が「ウェルビーイング」な状態になることです。私が考える「ウェルビーイング」とは、心身が健康で、何か辛いことがあったとしても、前向きに捉えて、充実している状態。今、会社で能力が発揮できていない人も、もしかすると家庭の問題などさまざまな事情が重なっているだけで、支えになる場所があれば、仕事にも打ち込むことができるかもしれません。メンタルケアサービスには、マイナスをゼロにするだけではなく、プラスの価値を生み出す大きな可能性を感じています。

当初は私ひとりではじまったプロジェクトでしたが、社内でメンタルケアに興味のある方々を募集し、今となっては私を含めてコアメンバー3名、周辺メンバー8名でプロジェクトを進めています。ひとりでやっていても「本当にこれでいいのかな」「次はどうしたらいいのかな」とモヤモヤした気持ちになっていたので、チームメンバーとともに開発できるのは、非常に頼りになりますね。周りの人たちと支え合いながら仕事をすることの重要性を実感しています。

今後はサービスを本格的に開発し、社内でテストを実施。そのフィードバックをもとに商品として本格的にリリースしていく予定です。このサービスを通じて、人々がウェルビーイングな状態となり、モチベーション高く仕事ができる状態になるよう、まずは実現に向けて精一杯頑張っていきます。

2022.02.02

インタビュー・ライティング | 林 春花
ライフストーリーをさがす
fbtw

お気に入りを利用するにはログインしてください

another life.にログイン(無料)すると、お気に入りの記事を保存して、マイページからいつでも見ることができます。

※携帯電話キャリアのアドレスの場合メールが届かない場合がございます

感想メッセージはanother life.編集部で確認いたします。掲載者の方に内容をお伝えする場合もございます。誹謗中傷や営業、勧誘、個人への問い合わせ等はお送りいたしませんのでご了承ください。また、返信をお約束するものでもございません。

共感や応援の気持ちをSNSでシェアしませんか?